6話:妹じゃない特別
彼の声には、明らかな怒気が混ざっていた。
男たちは我に返ったのか、ルーカスに向けて剣を抜いた。ぎらりと刃が光る。
「魔女の仲間か。邪魔をするなら容赦は——」
その口上は、最後まで言葉にならなかった。ルーカスが男たちに向かって突っ込み、あっさりとひとりを殴り倒す。残るふたりがルーカスに向かって剣を振り下ろし、左肩を掠めた。赤いものが舞う。
それでもルーカスは止まらない。
ひとりを蹴り飛ばし、路地の端に積んであった木箱の中へと叩き込む。最後のひとりがルーカスの無防備な背に剣を突き立てようとしている。
「駄目……!」
エフィは無様に転がったまま、ホルスターから銃を抜いて、最後の魔力を込めて素早く撃つ。魔力を撃つ銃から放たれた光が男の体を直撃し、剣ごと後方へと吹き飛ばした。
目眩が酷く、もう目を開けていられない。
「エフィ……!」
ルーカスが駆け寄ってくるのが、音でわかった。温かな手で抱き起こされ、ようやくエフィは肩の力を抜くことができた。
「怪我、大丈夫?」
「俺のことなんか、気にしなくていい」
ふわ、と体が宙に浮く。横抱きにされ、そのままルーカスが歩き出した。
怪我のことなど感じさせない力強さだが、負担をかけないように、エフィは彼の首に腕を回す。そうしたら、強く抱き返された。
その腕は、震えていた。
「今度こそ、守れた」
彼のひとりごとが、すぐ耳元で聞こえた。真剣な声色に、胸がぎゅっと握られたように疼く。
「もう、失いたくない」
エフィは目を薄く開けて、回る視界の中でルーカスを盗み見た。彼の表情は強張り、いつもの明るさは失われている。
ルーカスは以前、妹をひとり失った経験があるとエフィは聞かされていた。運命に抗ったけれど、結局、予言された通りに彼女は失われてしまった——
きっと、それを思い返している。エフィは手を伸ばして、彼の頭にぽんぽんと触れた。
(いつもは頼りになるルーカスにも、怖いことはある……)
そんな当たり前のことを、今までよりも強く意識した。
彼を放っておきたくない。
側にいたい。
それが、素直な気持ちだった。
彼の背を、宥めるように優しく撫でる。
「助けてくれて、ありがとう。私、ちゃんとここにいるよ」
エフィがゆっくりと告げると、ルーカスははっと息を呑んだ。それからこちらを見て、泣きそうな顔で微笑んでくれる。
「……ああ」
答える彼の声から、刺々しさは抜けていた。
ルーカスに抱えられたまま、エフィは彼の家に戻ってきた。玄関で出迎えてくれたアリステアはいつもの無表情を僅かに崩し、眉をひそめていた。
「エフィを休ませる」
そんなアリステアを置き去りにして、ルーカスは2階にあるエフィの部屋まで運んでくれた。
端にあるふたり掛けのソファに座らせてくれて、彼も隣に腰を下ろす。
魔力が少しだけ回復していた。もう目眩は消えている。
エフィは手を伸ばし、血に濡れた彼の左肩にそっと触れた。治癒魔法で彼の傷を癒していく。
「どうして、あそこにいるってわかったの?」
エフィが問いかけると、ルーカスは胸ポケットから髪飾りを取り出した。それをそのまま、横にあるサイドテーブルに乗せる。
「これが、路地の入り口に落ちてた」
「あ、私の髪飾り……」
似たアクセサリーはいくらでもあるはずなのに、ルーカスはちゃんとエフィを見てくれていた。
そんな些細なことでも彼の想いが伝わってきて、胸がいっぱいになる。
「見つけて、来てくれて……ありがとう」
エフィが言うと、ルーカスは首を横に振った。
「いや。ひとりで行かせた俺が悪い。何もされてないよな?」
言いながら、ルーカスがエフィの頬に触れた。確かめるように、無骨な指からは信じられない程に丁寧な手つきで、輪郭をなぞっていく。
「う、うん」
答える声が上擦る。
(あったかくて……落ち着く)
だけど、同じくらい落ち着かない。
ふたり掛けのソファで、ルーカスと密着している。今すぐ逃げ出したい衝動と、このままこうしていたい願望のせめぎ合いで、呼吸が苦しくなった。
「ね、ルーカス」
堪えきれなくなったものが、溢れる。
「これも……するのは私だけ?」
「当たり前だろ。まさかアリスにするとでも思ってるのか?」
ルーカスがからかうように聞いてくる。
「あれは失言だったの。忘れて!」
「わかってるって」
笑いながら、エフィの頭を撫でてくれた。その手つきは兄が妹にするそれ。最初にルーカスを兄扱いしたのは自分なのに、説明できないもやもやが湧き上がってくる。
「……なんで? なんでルーカスは、私を特別扱いするの?」
思わず、そんな言葉が口をついた。
「私のことを、妹みたいに思ってるから?」
「違う」
ルーカスが即否定する。
それから、ふっと笑みを消して姿勢を正した。彼がまとう空気が、変わる。
その表情から、目が離せない——
「エフィのことが好きだから」
一瞬、時が止まったかと思った。
いつかの朝と、同じ言葉——でももう、その意味を間違える自分は、いない。
「君と、恋人同士になりたいから。俺の気持ちは、そういう『特別』だ」
「……!!」
息を呑む。
琥珀色の瞳が、エフィを見据える。
真っ直ぐに届いた言葉。真剣な表情。いつもの軽口でも、からかいでもない。本気で彼は向き合ってくれている。
それが、痛いほど心に響いた。
(……だから、なんだ)
今まで彼と過ごした日々が、蘇っては消えていく。
ルーカスはずっと、エフィを守り、支え、隣に立ってくれていた。苦しい時も、側にいてくれた。
それはエフィを仲間だと思ってくれていただけじゃなくて——好きだと、特別な人だと、側にいたいと、思ってくれていたからだった。
それがわかって、じわりと涙が浮かびそうになる。
「ルーカス、あの、私」
彼への答えを思考する前に、咄嗟に浮かんだ言葉が、口から漏れる。
「私………………ごめん、なさい」





こちらが本編です。