7話:はじめての
部屋に、沈黙が落ちた。エフィに触れていたルーカスの手が、ぴたりと止まる。
「……そっか。悪い」
ルーカスが、さっとソファを立った。その顔に浮かんでいるのは、寂しげな笑顔。
「じゃ、俺は行くから。ゆっくり休めよ」
そう言って、彼が背を向ける。こちらから遠ざかるように一歩を踏み出す寸前——
(行っちゃう……!)
エフィも立ち上がった。その広い背中に、自分から飛びつく。ぎゅっと強く抱きしめて、彼が去らないように拘束した。
(私、すごく大胆なことしてる、かも)
そう思ったけど、止まれない。
「エフィ!?」
「ち、違うの。あの……えっと、私、こういうの慣れてなくて、上手く説明できないかもしれないんだけど」
しどろもどろに答える。エフィの気持ちが伝わったのか、ルーカスが力を抜いた。彼は、足を止めてくれている。
だから一度、呼吸を整えてから、言葉を続けることができた。
「ルーカスの『可愛い』とか『素敵』とか、そういう言葉を、今までちゃんと受け止めてこなかったの。貴方の言葉と気持ちを、本気だって思ってなかった。それが、ごめんなさい」
気持ちが伝わるように、少しずつ彼に語っていく。ルーカスの手が、回されたエフィの手の上にそっと重なる。
「私……私も、貴方のことが好き、だと思う」
震える声で、告げる。
「思う?」
返ってきた声は、柔らかかった。
「友達とか、一緒に暮らす家族としては、すごく好き。だけど……男の人として好きかは、わからなくて」
元いた場所では、誰もエフィ自身を見てくれなかった。だから恋なんてしたこともないし、最初から自分には無理だと諦めていた。
でも、好きだと、特別だと言われて、嬉しかった。
これからも彼と一緒に歩いていきたい——素直に、そう思えた。ただ、その気持ちの名前は、まだわからない。
「だから、自分でも知りたい。どうやって、確かめたらいい?」
ルーカスからの返事は、すぐにはなかった。
しばらくそのままじっとしていると、やがて大きく息を吐く音が聞こえてくる。
「そうだな……まず、離してくれるか? 可愛いエフィに抱きつかれて嫌とかじゃないぞ、その、背中の感触がだな」
「感触……?」
エフィは首をひねりつつも、ルーカスを離した。彼が振り向く。その顔は、赤く染まっていた。
「この前、手を繋いだり抱きしめたりしたのは、嫌じゃなかったよな?」
「う、うん」
緊張しつつ答えると、ルーカスがふと真剣な顔になった。
「じゃあ、これは?」
彼の手がエフィの顎を掴んだ。そのまま、顔を近付けられる。あの朝と、同じ距離感。
彼の気持ちを聞いた以上、もうその意味も、これから起こることも、ちゃんとわかる。
「……嫌じゃ、ない」
今、自分の顔はルーカスと同じくらい赤くなっているだろう。目を閉じる。
彼の顔がまた近付いた気配がして、なぜか背筋がぞくりとする。エフィの反応を確かめるように一拍あいてから、静かに唇が重なった。
(……柔らかい)
そう思った。彼が感触を気にしていた理由が、よくわかる。相手に触れると甘く、柔らかくて、意思とは無関係に勝手に緊張してしまう。なのに頭は熱に浮かされたようにぼうっとする。
長い触れ合いの後、ルーカスがゆっくりと離れた。目を開け、心配そうにこちらを見ている彼に、エフィは微笑みかける。
「嫌じゃないよ。ううん……気持ち良かった」
「え、エフィ……」
ルーカスが絶句する。
「もっとしたい、くらい。ルーカスはどうだった?」
なんだか恥ずかしいことを口走っている気もするが、止まれなかった。
ルーカスを見上げると、熱の籠もった視線と真っ向からぶつかる。
「俺だって、したいに決まってるさ」
そう言うが早いか、またルーカスの顔が迫る。エフィは軽く背伸びをして彼を受け入れた。先ほどよりも、深い。
「あっ……!」
驚いて目を見開くと、ルーカスがそれに気付いたのか離れようとする。エフィは彼のベストをぎゅっと掴んだ。
長い口付けのあと、ようやく彼は体を離した。
「ルーカス……」
潤んだ瞳で彼を見上げる。
「その、やりすぎた。ごめん」
「ううん。嬉しかった」
「えっ……」
エフィの言葉に、ルーカスが目を見開く。はしたないかなと思いつつも、もう、止まれなかった。
「ルーカスのこと、大好きだから。こんな風に思うのは、貴方だけ。これは絶対」
宣言して、とびきりの笑顔で微笑む。
「私の特別は、ルーカスだよ」
「……そういうとこ」
ぽつりと、彼が呟く。
「エフィはいつも素直で、飾らなくて、気持ちを真っ直ぐ伝えてくれるだろ。怒ったり笑ったり無茶ばっかりしてさ、全然目が離せないし。そういうの、マジで狡いと思う」
「……狡い? なんで?」
聞き返したら、ぎゅっと強く抱きしめられた。
「こんなの、好きにならないとか無理だろ……」
力は強いけど、嫌じゃない。むしろ彼の速い鼓動をじっくりと味わえて、またエフィは笑った。





こちらが本編です。