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3話:節制と飛び越える男?


※アリステア視点です



 アリステアにネクタイを直され、なぜか不満そうにルーカスが出かけた後。

 エフィは朝食の片付けを終えて、掃除に取り掛かろうとしていた。アリステアは医者をしているが、今日は診療所が休みの日で、仕事がない。


 本を開き、読書を再開する。


(……いや)


 正確には、読んではいない。視線はエフィを追っていた。


 今日の彼女は、いつもと様子が少し違って見える。頬はいつもよりも赤みがあるし、瞳は潤んでいる。気もそぞろといった雰囲気で、快活な彼女らしくない。


 最初は、ルーカスの奇行のせいかと思った。彼は何かエフィに対して思うところがあるらしく、彼女の前では奇妙な行動や言動を繰り返す。

 それが何かしら、彼女に影響を与えているのではないか。そんな仮説を立てていた。


 そこまで考えた時、ふと胸に不快感が過った。


(……妙だ)


 胸に去来する、説明のできない感情。エフィには、いつだって彼女らしくあってほしい。それがルーカスによって乱されるのか、なぜか面白くないと思う。


 理由は——わからない。


 視線の先で、エフィが箒を握る。瞬間、彼女の体がぐらりと傾いだ。


「あれ……」


 エフィは咄嗟に箒を杖代わりに立位を保とうとしたようだが、当然箒は支えにはならず——


「危ない!」


 咄嗟に、飛び出していた。

 倒れ込みそうになった彼女の体を抱き寄せ、支える。彼女は目を閉じ、呼吸を荒げていた。


 笑顔の消えた顔に、きゅっと胸のどこかが疼く。


「エフィ?」


 声をかけると、彼女がうっすらと目を開けた。 


「ごめん……」


 それだけ言い残して、エフィは完全に意識を失ってしまった。力の抜けた彼女の体は、ひどく熱い。


(具合が悪かったのか)


 いつも元気で頼れる彼女が、今は自分に身を預けてぐったりとしている。その事実に、アリステアは腕の力を強めた。


 エフィを抱き上げ、彼女のベッドまで運ぶ。そっと体を下ろした。触れていた彼女の温もりが、消える。


「……」


 目を瞬かせた。もうこの部屋に用事はない。

 その筈なのに、足はどうしても動かなかった。


(……もう少し)


 彼女の部屋にある椅子をベッドサイドに持ってきて、そこに腰を下ろす。


「僕は医者だ、だから」


 そう呟いて、彼女の寝顔をただ、見つめた。






 それから、どれくらい経っただろうか。


 エフィの呼吸は少しずつ落ち着いてきて、寝顔も穏やかになっていた。もう大丈夫だと、見てわかるほど。

 そんな彼女の瞼に、プラチナブロンドの前髪がかかっている。


 手を伸ばしかけて、途中で止める。迷いは、ほんの数秒だった。


(熱が下がったか、確かめるべきだ)


 心の中だけで呟いて、前髪を払ってからエフィの額に触れる。もう、異常な暑さはない。いつもの彼女の温かさだけがある。


 確かめ終わったのに、手が離せない。


 触れていると、安心できた。

 彼女と過ごすと、理屈では説明できない感情が次々と溢れて、落ち着かなくなる。


 なのに——


(嫌じゃない)


 そう思った。 

 

 とはいえ彼女に触れていると安眠を邪魔するような気がして、ゆっくりと手を離そうとする。その時、彼女のまぶたが微かに震えた。


 エフィが目を覚ますのかもしれない。アリステアは黙って、彼女を見守った。


 しかし、その瞳は一向に開かなかった。彼女の表情は、先ほどよりもやや強張っているように見える。


「……エフィ、起きてる?」


 質問すると、エフィの顔が引きつった。ゆっくりと空色の瞳が開かれ、アリステアの方を向く。

 彼女が目覚めて、自分を見てくれた。特別でも何でもないはずのことのはずなのに、心に小さな波が立つ。


「ご、ごめん。なんか……その、触ってたから。今、目を開けたら気まずいかなって」


 そう言われてようやく、彼女の額に触れたままだったのを思い出した。さっと手を離す。

 エフィは、はあっと大きく息を吐いた。


「気まずい? どうして?」


「ど、どうしてって。その……」


 上擦った声。エフィの頬が、ほんのりと赤くなっていた。それと同時に、彼女は服のボタンを意味なく触れたり離したり、指先の動きが落ち着かなくなる。


「緊張するから?」


 ため息や、表情や、所作から導き出される答えを口にすると、エフィの頬がますます色付いた。


「う、うん……」


「……ごめん。不快だったかもしれないけど、これは熱を測るためだから」


 語尾につけ足すつもりだった「もう触れない」だけは、どうしてか口から出てこなかった。エフィの不安を解消させるためには、最も有効な発言だとわかっているのに。


「不快じゃないよ! 熱を測るためにしては、その、長かった気もするけど。でも、アリステアは心配してくれたんだもんね」


 はにかんだように、エフィは微笑む。


「ありがとう」


 その瞬間、訳のわからない衝動が自分の中に生まれた。エフィに触れたい。その柔らかな髪を撫でて、彼女がどう反応するか見てみたい。

 ルーカスが時々彼女の頭を撫でている理由が、何となくわかってしまった。衝動に負けないよう、両手を強く握り込む。


「エフィ」


 代わりに、名前を呼んだ。彼女の肩が震えて、真っ直ぐにこちらを見てくれる。


「僕は——」


「エフィが倒れたって本当か!?」


 言いかけた瞬間、扉が音を立てて開いた。仕事から帰ってきたらしいルーカスが、ノックもせずに部屋に入ってくる。


「あ、ルーカス。もう大丈夫だよ。ほら」


 エフィはベッドの上で体を起こして、彼に向かって笑いかけてみせた。 


「そうか……良かった」


 近付いてきたルーカスは、遠慮なくエフィの頭を撫でる。いつも、そうだ。アリステアが躊躇したことを、彼はあっさりと飛び越えてしまう。

 

 エフィは「髪がぐちゃぐちゃになっちゃうよ!」とルーカスの手を引き剥がしつつも、嫌がってはいないようでニコニコしていた。


「……」


 その笑顔が、頭に焼き付く。


 自分が撫でたら、きっと彼女はそんな風に笑ってはくれないだろう。ルーカスだから、彼女は笑う。そんな確信に胸が重くなる。


 それでもやっぱり、そう思う理由だけはわからなかった。




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暁光の魔女エフィ
-運命に背いた少女は、蒸気都市で理不尽な未来に抗う-


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こちらが本編です。
エフィ、ルーカス、アリステアが冒険したり恋愛したりするお話です。
イラストは手描きです
― 新着の感想 ―
アリステアの内心も切ないですね...! 続くルーカスルート、楽しませていただきます☆
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