↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
20/21

8話:応えたい


 仮眠から目覚めたエフィがリビングに戻ると、そこには先ほどと同じように、アリステアとルーカスの姿があった。

 アリステアは本を読んでいて、ルーカスは蒸気機関をいじっている。いつも通りの光景なのに、ふたりが纏う空気は、普段とどこか違う気がした。


「エフィ」


 アリステアに声をかけられて、反射的に背筋を伸ばす。

 勢いのままに想いを告げて、逃げた彼を追って、半ば無理やり連れて帰ってきてしまった。一端冷静になった今、彼とどう接したらいいのか、まだ掴めないでいる。


「君を、連れていきたいところがある」


 いつも通りの真面目な顔で言って、アリステアは手を差し出してきた。彼がそんなことを言い出すのは初めてで、少しだけ戸惑う。

 しかし、エフィは意を決して首を縦に振った。


「うん」


 彼の手を取る。指が絡んで、しっかりと繋がれる。そんの些細なことに、どうしようもなく全身が熱くなった。


「ごゆっくり。しばらく帰ってくるなよ」


 蒸気機関から顔を上げて、ルーカスがひらひらと手を振った。彼は笑顔だったが、どこか寂しげにも見えた。






 アリステアは、郊外近くにあるルーカスの家から、エルシオンの中心部に向かって歩いていく。その足取りは迷いがないが、今まで一度も来たことがない区画のため、思わずきょろきょろと周囲を見回してしまう。

 この辺りは煉瓦造りの立派な集合住宅(フラット)が多い。道行く人の身なりも良く、身分や地位のある者が暮らしているのだとわかる。


「私、場違いじゃない?」


「そんなことないよ」


 アリステアは短く返し、1件の集合住宅(フラット)の前で足を止めた。


「ここ」


 立派な前庭付きの建物に、アリステアは臆することなく入っていく。エフィも彼の後に続いた。

 彼が案内してくれたのは、上階にある一室だった。


「ここ、もしかしてアリステアの家?」


 入った瞬間にわかった。ルーカスの家で彼が使っている部屋と同じく、ほとんど私物や生活感といったものがない。辛うじでベッドとその他基本的な家具だけがあり、ただ寝るための場所という雰囲気だった。


「うん。ここに誰かを呼ぶのは、初めてだ」


「ルーカスも呼んでないの?」


 気になって聞いてみたら、アリステアは唇を尖らせた。珍しい反応に、エフィは目を丸くする。


「どうしてそこで、ルーカスの名前が出る?」


「だって、友達同士だし、仲良しだよね」


「……僕とルーカスは、敵同士だ」


「て、敵……?」


 アリステアは真面目な顔で頷く。冗談を言っている様子はなかった。

 

「どうしても、彼には負けたくない」


 妙に熱の籠もった言葉だった。

 その意味を考えている間に、アリステアはエフィとの距離を一歩だけ、詰めてくる。


「君を、どうしたら幸せにできる?」


「し、幸せ!?」 


 話の脈絡が掴めなくて、思わず聞き返してしまう。一瞬、冗談かと思って笑い飛ばしかけたが、彼の表情は真剣そのものだった。


「どういう時に、君は幸せを感じるのか……それを知らないと、実践できない」


「じ、実践?? え、ええと……好きなものを食べたり、とか?」


 言ってみたが、不満そうに唇の端が僅かに下がった。


「好きなことをしたり……」


「うん」


「好きな……」


 声が、途切れる。エフィは改めて、アリステアを見上げた。


(好きな人と、一緒に過ごしたり)


 それだけの簡単な言葉が、どうしても出てこない。

 

 好きだと、二度伝えた。でも彼から返ってきたのは、沈黙だけ。彼の気持ちがわからない。近付くべきじゃないと言われた。自分のこの感情は、彼にとっては迷惑なことなのかもしれない。


 でも、彼はエフィを拒絶しない。あの海でのことだって、振り払おうと思えば振り払えたはずなのに、しない。


 それどころか、「幸せにしたい」なんて言ってくる。


(貴方を、知りたい)


 一体何を考えているのか、まるでわからないから。

 まるでわからないのに——気持ちを抑えられないから。


「アリステア」 


 名前を呼んで、アリステアの肩に手を置いた。背伸びをする。重さが彼にかかった。それを、微動だにせず受け止めてくれる。


 吐息がかかるくらい、顔が近付いた。 

 

「貴方が、好き。だから……」


 3度目の告白を告げながら、アリステアの唇を盗んだ。彼は目を見開くが、離れない。それどころか、不安定なエフィの体を抱き留め、支えてくれた。彼のフロックコートを、ぎゅっと握りしめる。

 

 僅かに唇を離し、至近距離から彼を見つめる。


「一緒にいるだけじゃ、幸せになれない。私は、貴方にも幸せでいてほしい」


「……っ」


 息を呑む音。青い瞳が揺れている。

 自分から身を引こうとした彼が、動揺してくれている。確かな手応えに、エフィは微笑んだ。


「だから、貴方がどう思っているのか……貴方の言葉で、教えて」


 言い終えた直後、息ができないほどの強い力で抱きしめられた。


 アリステアの行為を、エフィは黙って受け入れる。


 長いこと、彼の言葉を待った。時計の針が時を刻む音。外の通りを自動車が駆け抜けていく音。胸にぴたりと付けた耳から伝わる、彼の鼓動。


 ある時、アリステアが大きく息を吸った。


「……僕はかつて、人を殺した」


 一段低くなった声が、エフィの鼓膜を震わせる。

 それ以上、彼は何も語らなかった。

 

 この街で起こる事件は、予言されている。エフィがここに来る前は、理不尽な運命に抗う術すらなかった。きっとその殺人だって、アリステア自身にはどうしようもないことだったのだ。


 それでも——言い訳も、気持ちの吐露もしないのが、アリステアらしいなと思った。そういう彼の誠実さが、また心を締め付ける。


「うん」


 だからエフィも、ただそう答えた。


「罪滅ぼしのように医者をしても、それは別の相手だ。僕のしたことは許されないし、償いきれることでもない。だから——」


「『君の側にはいられない』?」


 言葉の続きを、勝手に引き取る。アリステアが首を縦に振ったのが、触れ合ったところから伝わってきた。


「そう、思ったのに……君は、僕が幸せであることを望んでくれる」


「望むよ。そもそも、アリステアが私を幸せにしたいって言ってくれたんだよ」


 言いながら、フロックコートを離してアリステアの髪に触れる。いつも青紫の髪紐でまとめている髪を、乱さないように丁寧に撫でた。


「アリステアが悪くないとは言わないけど……だから、貴方の抱えた過去を、一緒に背負わせてほしい」


 自分の気持ちを、伝える。

 少しだけ、アリステアがエフィの手の方へと身を寄せた。それだけで、胸が湧き上がるものでいっぱいになる。


「君の気持ちに、応えたい」


 腕の拘束が解かれる。両肩を掴まれ、距離を取られて、エフィは恨めしげにアリステアを見上げた。


「アリステア、なんで離すの? 私、もっと——」


 言葉を、最後まで言い切ることはできなかった。

 彼は軽く身を屈めて、触れるだけの口付けをくれた。その甘さに、不満が解けて消えていく。


 綻んでしまう顔を隠せないまま、エフィは目を閉じ、彼に身を任せた。





お読みいただきありがとうございます。

ムーンライト版の追加シーンとの兼ね合いで、2日投稿をお休みさせていただき、9/6にエピローグを投稿予定です。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁光の魔女エフィ
-運命に背いた少女は、蒸気都市で理不尽な未来に抗う-


ln0ckqll7vmmirh42r0dduh1390z_15jk_199_1f8_tio7.png
こちらが本編です。
エフィ、ルーカス、アリステアが冒険したり恋愛したりするお話です。
イラストは手描きです
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。