↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
16/18

4話:知りたい気持ち


 その日の分の家事を終えたエフィは、リビングの片隅にある本棚の前に立った。見繕った本を何冊か抱えて、テーブルへと移動する。

 

 蒸気機関をいじっていたルーカスが顔を上げ、こちらを見て目を丸くする。アリステアは、彼の向かい側で論文を読んでいるようだった。


「エフィが本か。珍しいな」


「うん。ほら、この前アリステアの診療所に行った時、私にできることってあんまりないなと感じたの。だから、医学の勉強をしたいんだ」


 エフィは、抱えていた本の1冊をルーカスに見せる。比較的初心者向けの易しい医学書だと、以前アリステアが教えてくれたものだ。


「大変だと思うけど、頑張れよ」


「うん、ありがとう」


 こういう時、ルーカスは真っ直ぐ背中を押してくれる。その気持ちに感謝しつつ、エフィはアリステアの隣に座り、本を机に並べた。

 

 彼は読んでいた論文から顔を上げて、ちらりとこちらを見る。


「な、なあエフィ、席は他にも空いてるのに、アリステアの隣に座るのか?」


「え? あっ……」


 ルーカスに笑いながら指摘されて、初めてアリステアの隣に座ったことを意識した。

 テーブルの周囲にある椅子は5脚。空いているのは3脚。でも特に何も考えずに、ここに座ってしまった。誰も座っていない、所謂お誕生日席もあるのに。


(ちがう……私、アリステアの隣に座りたかったんだ)


 その事実に気付いて、顔に熱が集まる。ちら、と隣の彼を見ると、何か言いたげな青い瞳と視線が絡んだ。


「ごめん。狭いよね。違う席に——」


「いや。この方が、もしわからないことがあった時に僕が教えやすい」


 アリステアが真面目な声で言う。合理的な判断をするところが、とても彼らしい。そう思っていたら——


「だから、そのままで」


 つけ足された一言に、息が止まってしまうかと思った。


「う、うん」


 ぎこちなく答える。

 アリステアはただ、本当に教えやすいからそう言ってくれただけ。そこに特別な意味なんかない。わかっている。


(はず、なのに……)


 顔が上げられない。彼の顔が見られない。

 エフィは医学書を開き、綴られた文字を眺める。もう、とてもじゃないが顔を上げられない。文字を読むことはできるのに、内容が全く頭に入ってこない。


(どうしちゃったんだろ……)


 読んでも読んでも、まるで手応えがない。1ページも進んでいないエフィを、アリステアが見た。


「困ってる?」


 耳元で囁かれているかのように、近くから声が聞こえる。


「えっと……はい」


「この章は、解剖生理について書かれてる。まずは、この図なんだけど」


 彼が指先で、図を示す。その際に、本の上に添えられていたエフィの手と、僅かに触れ合った。


「……!」

 

 思わず声が出そうになり、慌てて飲み込む。

 

 もう、必死だった。

 アリステアは作業の手を止めて、わざわざ教えてくれている。だから精一杯頭に叩き込もうとするのだけれど、どうしたって彼の一挙一動までもが気になって仕方がない。 


「……あー」


 ルーカスがごほん、とわざとらしい咳払いをして、ぱっと席を立った。


「あのさ俺、ちょっと足りないパーツあるから買い物行ってくるわ。夕方まで戻らないから。じゃあな」


 早口で言ってから、工具セットを持って、さっさとリビングを出ていこうと踵を返す。


(……買い物に工具セット?)


 とは思ったが、突っ込んでいる余裕はなかった。


「いってらっしゃい」


 顔を上げて、ルーカスを笑顔で見送る。なぜか彼は苦笑いを返してくれた。


 その間、アリステアはじっと、エフィを見つめていた。


 ルーカスが出ていく。扉の向こうで、玄関の扉が閉まった音がした。なぜかその音が、妙に耳に残る。

 

「………………君は」


 ぽつりと、アリステアが呟く。 


「ルーカスには、よく笑いかける」


「え? そうかな?」


「僕が見ている限りでは。それに、君が来てから、ルーカスもよく笑うようになった」


 僕が見ている、と真顔で言われて、エフィは妙に落ち着かない気持ちになった。


 元々アリステアは周囲をよく見ているし、自分の感情には鈍感だが、人の変化には敏感だ。それはよく知っている。

 彼の言動はいつも通りなのに、エフィの受け取り方だけが変わっている。そんな気がした。


「そう、かな? ほら、私とルーカスは兄妹みたいなものだから」


「兄妹」


 こちらの発言を繰り返し、アリステアが纏う空気が少しだけ緩む。


 疑問を覚えつつも、彼のことを努めて意識から追い出し、医学書と向き合う。エフィの手が止まると、アリステアがそれとなく助け舟を出してくれる。


 彼に見られている。

 それがいつも以上に緊張するのに、なぜかくすぐったくて、気持ちがざわざわと落ち着かない。


 

 

 そんな状態で難しい文字列を追っていたせいか、しばらくすると眠気が襲ってきた。


(寝ちゃ、だめ……)


 頭を振って自分を保とうとするが、半分眠りに落ちかけている意識を引き戻すことは難しくて、かくんと体が船を漕いでしまう。

 エフィの頭が、アリステアの肩に乗る。瞬間、その感触にはっと意識が覚醒した。眠気など、一発でどこかに吹き飛んでしまった。


「ご、ごめん!!」


 エフィは飛び上がって、アリステアに頭を下げた。勉強を教えてもらっているというのに、彼を枕にするなどとんでもない話だ。


「大丈夫」


 アリステアはそう言って、なぜか表情を明るくした。迷惑をかけた上に不真面目な態度を見せてしまったというのに、むしろ、どこか嬉しそうで——彼のことが、やっぱりわからない。

 

 エフィは深呼吸をしてから、椅子に座り直す。


「お茶を淹れる。少し休憩にしよう」


「あ、そんなの私が——」


 立ち上がりかけたエフィの肩に、彼が触れた。


「僕が淹れたいんだ」


 真剣な声色にどきりとする。


(そ、それ……どういう意味?)


 自分の感情をもてあましつつ、エフィは素直に頷いた。そう言われてしまったら、従う他なかった。


「わかった。じゃあお願い。……って、アリステアはお茶を淹れられるの? ちょっと前までは何もできなかったよね?」


 放っておくと、食事すら満足に取らない生活能力皆無なアリステアが、お茶を淹れてくれる。そんなことがあるのかと、エフィは目を瞬かせた。


「……練習したから」


 その宣言通り、ぎこちない手つきとはいえ、彼は紅茶を淹れてくれた。


 カップに口をつけると、紅茶の香ばしい匂いと共に、甘さが口に広がる。


「あ。はちみつ入り?」


「頭を使った後は、甘いものがいいよ」


 淡々と言って、自分のカップを持ち上げている。彼の気遣いに、自然と笑みがこぼれた。

 

 エフィとアリステアの間には、柔らかい空気が漂っている。

 

 踏み込むなら、今しかない。

 エフィは決意した勢いのまま、口を開く。


「休憩の間、アリステアのことを聞いていい?」


「僕のこと?」


 アリステアは予想外のことを言われたとばかりに、目を瞬かせる。でも、きちんと聞こうとしてくれているのか、彼はカップをソーサーに置いた。


「うん。趣味とか、苦手な食べ物とか、ルーカスと出会った頃のこととか」


「……休憩で、どうして僕のことを聞く?」


 アリステアは心底、不思議そうな顔をしている。

 

「どうしてって……」


 そんなのは、ひとつに決まっている。


(好きだから)


「……っ!!」


 咄嗟に浮かんだ()()に、エフィはティーカップを落としかけた。平静が保てない。顔に全部出ている。だからもう、彼から思いっきり顔を背けるしかなかった。


 好き。


 その二文字が体の中を駆け巡るようで、ひどく落ち着かない。頬に手を当てる。そこは手の中にある紅茶と同じくらい熱い。


「エフィ?」


 アリステアが呼んでいる。今までどんな顔をして、どんな声で、彼と接していたのか、もう思い出せない。


「……もっと」


 やっとの思いで口を開く。紅茶を飲んでいたはずなのに、口の中はカラカラに乾ききっていた。


「もっと、アリステアのことを知りたい……から」


 絞り出すような、小さな声だった。見えないところで、アリステアが息を呑む音が聞こえる。


 居心地が悪い沈黙が、しばらくその場を支配していた。意味もなく紅茶を口に含み、ティーカップを机に置く。沈黙がいたたまれなくなって、またティーカップを口へ運ぶ。その繰り返し。

 あっという間に、カップの中身はなくなっていく。

 

「なら、僕も」


 沈黙を破ったのは、アリステアだった。

 

「君のことが、知りたい」


 いつもと同じ調子で落ちたその言葉を、どう受け取っていいか——エフィには、まるでわからなかった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
暁光の魔女エフィ
-運命に背いた少女は、蒸気都市で理不尽な未来に抗う-


ln0ckqll7vmmirh42r0dduh1390z_15jk_199_1f8_tio7.png
こちらが本編です。
エフィ、ルーカス、アリステアが冒険したり恋愛したりするお話です。
イラストは手描きです
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。