エピローグ:貴方の恋人〜愛を知らなかった少女は
夕食を終えた後、アリステアが突然、自分の部屋から荷物を持ってきて、どこかへ出掛けようとした。
「夜だけど、どこかに行くの?」
「……しばらく診療所に泊まる」
「仕事?」
エフィが首を傾げると、アリステアはほんの僅かに無表情を崩し、柔らかな笑顔を向けてくれた。
「違う。でも、必要なことだから」
微妙に答えになっていない答えだけ言って、振り向きもせずに出ていってしまった。
「あー、うん。なんだ。気を遣いやがって……」
ルーカスが、アリステアが出ていった扉からさっと視線を逸らした。
そんな一幕がありつつ、エフィは入浴を終えた。ルーカスを待ちながら、落ち着かない様子でリビングをうろうろする。
(変じゃない……かな)
姿見で、もう何度目かわからない最終確認をする。
いつも着ている寝間着ではなく、今日はリボンで飾られたナイトドレスを着ていた。
(せっかくだから……可愛いって思ってほしい)
そう思ったら急に恥ずかしくなって、姿見からさっと視線を逸らした。
その時、リビングの扉がそっと開いた。エフィはぱっと振り向く。そこにはガウンを羽織ったルーカスがいた。
目が合う。彼はエフィを上から下までじっくりと眺めて、それからふわっと微笑んだ。
「こんなところに、とびきり可愛いお嬢さんがいるな」
「ありがとう……」
軽口めかしているのに、真剣な声色。ルーカスがゆっくりと歩いてくる。これから起こることを意識して、エフィは思わず俯いた。
視界に、ルーカスの靴先が入り込んで、止まる。
「エフィ。今日1日、ちゃんと考えたか?」
「う、うん。あのね……」
エフィは意を決して、ルーカスを見上げる。
「私は、ルーカスが好き。だから……貴方の、恋人にしてください」
恥ずかしくて逃げ出したい気持ちもあったけど、自分の思いをきちんと相手に伝える。
一拍あいた後、彼の手が伸びてきた。引き寄せられ、その腕にきつく閉じ込められる。
「それは、俺の台詞だ」
至近距離で目が合って、そのまま唇が重なる。
こんなに近くにいるのに、離れることが寂しい——いや、もっと近付きたいと思ってしまう。エフィは彼のガウンを、きゅっと握る。
「あのさ。情けない話、止まれる自信がないから……嫌だったら魔法でも何でも使って逃げてくれ」
そんなことを言い出したルーカスに、笑ってしまう。
「嫌なわけないよ」
「エフィ……」
即答したら、軽々と抱き上げられた。そのまま彼の部屋に運ばれる。恋人になってからはじめて入る彼の部屋は——なぜか、とても緊張した。
「俺のエフィは可愛いな」
低い声で、囁かれる。
慈しむようなキスが落とされ、エフィはくすぐったくて微笑みをこぼす。それを見て、ルーカスも笑う。
長くて幸せな夜は、まだ始まったばかりだった——
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目覚めた時、ぬくもりと紅茶の香りに包まれていた。心地よくて、そちらに身を寄せる。
息を吐く音。それから、閉じた瞼を唇が掠め、額に落とされた。場所を変えて、何度も。
大きな指で頭を撫でられ、くすぐったくて、思わず笑みがこぼれる。
大切な恋人。その熱を味わっていたところで、彼の指が、ぴたりと止まった。
「エフィ、起きてるだろ」
「………………バレちゃった?」
言い当てられて、エフィは観念して目を開ける。
目の前に、ルーカスがいた。視線が合うと、愛おしげに目を細めてくれる。ただそれだけなのに、胸がいっぱいになった。
「ルーカス」
名前を呼んだ。声が掠れていて、思わず喉に手をやる。
「昨日、無理させたな」
ルーカスが抱きしめてくれた。それにエフィの表情はまた緩んでしまう。
「ううん、私も嬉しかった」
「うっ、そういう可愛いことばっかり言うのやめてくれ……朝から色々限界になりそうなんだが」
「限界……」
呟いたら、視線を逸らされた。こちらを向いてほしくて、伸び上がってルーカスの唇を奪う。
彼がびくりと反応し、抱く力を強めてくれたことに、心がどうしようもなく沸き立つ。
息が苦しくなってきて、唇を離す。
「おはよう」
こういう風に、朝一番に挨拶を交わせることが、この上なく幸せだった。
「……もう昼だけどな」
「え、うそ!?」
視線を巡らせて、窓を見る。彼の言う通り、陽は既に高く昇っていた。
「ご、ごめん! 寝坊しちゃった……」
「疲れさせたのは俺だし、謝るようなことじゃないさ。今日は予定もないし」
ルーカスはまだベッドから出る気がないのか、エフィを放してごろりと横になる。
「あ、あの、ご飯作ってくるね」
身を起こしてベッドから降り、一歩を踏み出そうとして——がくんと、下半身の力が抜けた。力なく床に座り込みそうになったところを、
「危ない!」
ルーカスが後ろから抱きしめて支えてくれる。抱かれたまま、ベッドに引き戻された。倒れるのを免れて、エフィははあっと息を吐く。
「ごめん、なんか……力が入らなくて」
「あー……それは、アレだ、アレ。まあちょっと、今日は休んだほうがいいんじゃないか。食事くらい俺が用意するから」
ルーカスが明らかに何かを誤魔化している様子で言うので、急に心細くなってしまった。
「え? もしかして、何か病気だったりするのかな? アリステアに診てもらった方がいい?」
「それだけは勘弁してくれ……俺が殺される……」
物騒なことを言いながら、彼はエフィを抱く力を強めた。プラチナブロンドの髪越しに、うなじにキスを落とされた。
「俺のお姫様。今日だけはどこにも行かずに、ここにいてくれ」
「で、でも掃除とか」
「そんなの、1日くらいサボったって死なないさ。あと、他の男の名前も出さないでくれ」
離さないとでも言うように、彼の腕が体に絡んで、身動き一つ取れなくなる。
「ルーカス……」
エフィは名前を呟き、力を抜いて彼に身を預けた。
(もしかして、嫉妬してる?)
彼を不安にさせてしまったことを反省しつつも、独占欲を感じて嬉しいとも思ってしまう。
「わかった。ここにいるよ。貴方のそばに」
ルーカスは間違いなく、今ここにいる自分を見て、想ってくれる。それが嬉しくて、愛を知らなかった少女は笑みを深めた。
お読みいただきありがとうございました。
これでこの恋愛ifルーカスルートは完結となります。
この続きはアリステアルートとなります。





こちらが本編です。