表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
72/75

EP69:風の着こなしにはご用心 [LOG_SONIC_BOOM]

風を飛ばせるようになった凛に、セレスティアが与えた次の課題。


「今度は、風を着なさい」


どうやら凛には、その言葉が少し違う意味で伝わったようです。


今回も、双神峰の常識が無事でありますように。


「凛」


セレスティアが静かに呼んだ。


「あなたのスフィアを、私にぶつけてみなさい」


「……はい?」


凛が珍しく聞き返す。


少し離れた場所で腕を組んでいたスカイゼルも、眉を寄せた。


「お師匠。嬢ちゃんのスフィアって、人間には効かねぇはずじゃぁ?」


「それは違うわ、スカイゼル」


セレスティアは凛へ視線を向けた。


「そうよね、凛」


「はい。恐らく、私が望めばその限りではありません」


一拍。


ラヴィが勢いよく振り向いた。


「理屈があいませんが!?」


凛は本気で不思議そうな顔をした。


「私が決めたから、そうなるのよ。何が問題なのかしら?」


「そこが問題なのです!」


「そう?」


凛は首を傾げた。


本当に分かっていない。


ラヴィが額を押さえる横で、セレスティアだけが小さく笑った。


「では、凛」


「はい」


凛が右手を上げる。


掌の少し上で、空気が渦を巻いた。


透明な球体。


光を受けて薄く虹色を帯びる、風球スフィア


凛の瞳が細くなる。


だが。


すぐには放たなかった。


セレスティアを真っ直ぐ見つめる。


「……本当によろしいのですか?」


「ええ。問題ないわよ」


セレスティアは穏やかに微笑んだ。


凛はもう一度、その表情を確かめる。


そして小さく頷いた。


「では……今度は、当てます」


風球スフィアが射出された。


一直線。


昨日までなら、人間を前にすれば自ら軌道を変えたはずの球体が、今回は迷うことなくセレスティアの胸元を捉える。


「お師匠!」


スカイゼルが声を上げた。


だが、セレスティアは動かなかった。


避けもしない。


杖さえ構えない。


ただ、その身体を包む空気だけが。


さらりと流れた。


次の瞬間。


凛の風球スフィアが、崩れた。


破壊されたのではない。


弾かれたのでもない。


球体を形作っていた風の流れが、セレスティアの身体へ触れた瞬間、幾筋もの細い流れへほどけていく。


肩へ。


脇へ。


腰へ。


脚へ。


まるで最初からそこを通ることが決められていたかのように、風が身体の表面を滑り。


そのまま背後へ抜けた。


直後。


轟音。


セレスティアの後方にあった岩が砕け散った。


凛の目が見開かれる。


セレスティアの身体には、傷一つない。


「これが、エアレギオンよ」


セレスティアの緑の髪が、穏やかな風に揺れた。


「攻撃を止める必要はないの」


「風の流れを感じて、必要な方向へ導く」


凛は砕けた岩を見る。


次に、セレスティアを見る。


「受け止めているのではなく……流している」


「そう」


セレスティアは自分の胸元へ軽く手を置いた。


「あなたはもう、風を飛ばせる」


そして微笑む。


「今度は、風を着なさい」


「風を……着る」


凛が、自分の服を見る。


そして頷いた。


「分かりました」


その返答に。


ラヴィが嫌な予感を覚えた。


最近、その「分かりました」の後に、彼らの知る常識が無事だったことがない。


凛が目を閉じる。


風が集まり始めた。


足元から渦を巻き、身体を包み、肩を越え、頭上へ。


徐々に密度を増していく。


「なるほど」


凛が呟く。


「鎧にすればいいのね」


セレスティアの眉が、わずかに動いた。


「凛、私は鎧とは」


遅かった。


ごうっ、と風が圧縮された。


凛の身体を覆った風が幾重にも重なり、目に見えるほど濃密な層を作る。


空気そのものが、硬質な殻へ変わったかのようだった。


スカイゼルが目を細める。


「……硬ぇな」


彼が一歩踏み込む。


「嬢ちゃん、ちょいと試すぞ」


「どうぞ」


スカイゼルの拳が放たれた。


本気ではない。


しかし、岩なら表面を砕く程度の威力はある。


拳が風へ触れた。


鈍い衝撃音。


スカイゼルの腕が弾き返される。


「おお」


凛が満足そうに頷いた。


「完璧ね」


「凛」


「はい」


「歩いてみて」


「?」


凛が右足を出そうとした。


動かない。


「…………」


もう一度。


動かない。


風の層が硬すぎて、腕も脚も身体も完全に固定されている。


ラヴィが目を細めた。


「完璧ですね」


「でしょう?」


「防御だけを考えるのであれば」


「……どういう意味?」


「凛どの。あなた、動けておりません」


凛が黙った。


セレスティアが苦笑する。


「それでは風を着ているのではなく、風の中に閉じこもっているだけ」


「……なるほど」


風の殻がほどけた。


凛は自分の腕を見る。


袖を見る。


指先で軽く布を摘まんだ。


腕を上げる。


服も一緒に上がる。


腕を下げる。


服も下がる。


何度か繰り返す。


ラヴィが眉を寄せた。


まただ。


凛が、何かを考えている。


それも、嫌な種類の。


「……服って」


凛が呟いた。


「身体を止めないわよね?」


セレスティアの目が細くなる。


凛は袖を見つめたまま続ける。


「腕を上げるたびに、袖へ『上がりなさい』なんて命令しない」


「歩くたびに、裾へ指示もしない」


顔を上げる。


「なら、風も同じでしょう?」


ラヴィが口を開きかけた。


そして閉じた。


まだ早い。


ここで何か言えば、さらに妙な場所へ辿り着く。


そんな確信だけがあった。


凛が再び目を閉じる。


今度は、先ほどのような激しい渦は起こらなかった。


そよ、と。


一筋の風が足元から生まれる。


それが脚をなぞる。


腰を巡る。


背中へ。


肩へ。


腕へ。


首筋へ。


凛の身体の輪郭に沿うように、薄い風が静かに循環し始めた。


鎧ではない。


壁でもない。


肌のすぐ外側を、透明な布が覆っているようだった。


凛が一歩進む。


風もついてくる。


もう一歩。


乱れない。


腕を上げる。


風も動く。


身体をひねる。


流れが自然に組み替わる。


セレスティアの表情が変わった。


「凛」


「はい?」


「風へ、何を指示したの?」


凛が振り返る。


「何も?」


「……何も?」


「私が動くから、ついてきてって。それだけ」


ラヴィの眉間に深い皺が刻まれる。


凛は当然のように付け加えた。


「だって、服でしょう?」


沈黙。


スカイゼルが頭を掻いた。


「お師匠」


「何?」


「俺、今の話、途中までは分かったんだが」


「安心して。私もよ」


「そこから先が分からねぇ」


「私もよ」


セレスティアは笑っていた。


呆れているのではない。


むしろ楽しそうに。


「なら、もう少し試しましょう」


セレスティアが手を上げる。


風が起こった。


地面の砂が舞い上がる。


細かな砂粒が凛へ迫る。


だが。


凛の身体へ届く直前。


砂だけが左右へ弾かれた。


風そのものは通り抜ける。


凛の髪が柔らかく揺れた。


セレスティアが続ける。


小石。


弾かれる。


木の葉。


一枚だけが凛の肩へ近づき。


ふわりと逸れた。


凛は普通に呼吸している。


「……凛」


ラヴィが恐る恐る尋ねる。


「なぜ空気は通っているのです?」


凛が振り返った。


「全部止めたら息ができないじゃない」


「……では、砂や石は?」


「服の中に入ったら不快でしょう? 石は痛いじゃない」


「攻撃は?」


「危ないでしょう?」


ラヴィが黙る。


凛が眉を上げた。


「当然ではなくて?」


ラヴィは両手で顔を覆った。


「その当然が魔術として成立する理由を聞いているのです……!」


「必要なものと不要なものを分ければいいだけでしょう?」


「だから、その分け方をどうしているのですか!」


「見れば分かるでしょう?」


「風に目ですか!?」


「ないの?」


「ありません!」


「不便ね」


「風を憐れまないでください!」


スカイゼルが吹き出した。


セレスティアも口元を押さえる。


けれど、その瞳は凛を鋭く観察していた。


「……受け流しているのではないのね」


凛がセレスティアを見る。


「はい?」


「私のエアレギオンは、流れを読み、攻撃を導く術よ」


セレスティアは凛を包む風へ手を伸ばす。


指先へ触れる直前。


風がそっと道を開けた。


「でも、あなたの風は違う」


「必要なものは通して、邪魔なものだけ退いてもらっているだけです」


「ええ」


セレスティアが微笑んだ。


「だから、もう私のエアレギオンとは違う」


凛が瞬きをする。


「……失敗でしょうか?」


「いいえ」


セレスティアは首を横に振る。


「私が教えたのは入口」


その瞳には、確かな喜びがあった。


「そこから先に、あなた自身の風を見つけたのよ」


凛は少しだけ考えた。


そして、自分を包む風を見る。


「それなら……よかったです」


声はいつもと変わらない。


けれど、その口元がほんのわずかに緩んだ。


「スカイゼル」


「ん?」


「今度は動きを見てあげて」


「了解、お師匠」


スカイゼルが凛と向き合った。


「嬢ちゃん。避けるだけでいい」


「分かったわ」


スカイゼルが腰を落とす。


そして踏み込もうとした。


その瞬間。


彼の目が細くなった。


「……あ?」


凛はまだ動いていない。


なのに。


凛の右側の風だけが、先に流れを変えていた。


凛の足が動いたのは、その直後だった。


一歩。


スカイゼルの前から凛が滑るように横へ移る。


「待て」


スカイゼルが止まった。


凛も止まる。


「何?」


「今、お前が動くより先に、風が動いたぞ」


「?」


「嬢ちゃんの足が動く前だ」


ラヴィも表情を引き締めていた。


「私にも、そう見えました」


凛が自分の足を見る。


「まだ動いてないわよ?」


「だからそこが問題なんだよ!」


「?」


セレスティアは黙って凛の周囲を見る。


先を読んだのではない。


未来を予測したのでもない。


凛が右へ動こうと意志を向けた、その瞬間。


肉体が動き出すより先に。


その意志へ、風が応えた。


凛の意思と、纏った風との距離が。


あまりにも近い。


「……面白いわね」


セレスティアが小さく呟いた。


「何がですか?」


「いいえ」


彼女は微笑む。


「続けましょう」


次の試験は、強風だった。


セレスティアが杖を振る。


双神峰の木々が一斉にざわめいた。


次第に風は強まり。


枝が大きくしなる。


砂塵が舞い上がる。


スカイゼルの髪が顔へ張りついた。


「ぶっ……!」


ラヴィの長い耳が風に煽られ、燕尾服の裾が激しくはためく。


「セ、セレスティア様! 少々強すぎませんか!?」


その中央で。


凛だけが。


立っていた。


白銀の髪が。


さらさらと。


一定方向へ。


美しく流れている。


周囲では木々が激しくしなっている。


なのに凛の髪だけは、絵画の中にでもいるかのように整っていた。


スカイゼルが。


しばらく無言で見つめ。


ついに耐えきれず尋ねた。


「ところで」


「何?」


「どうしてお前の髪はいつもサラサラなんだ?」


凛が白銀の髪を指先ですくう。


「だって、髪は乙女の命よ」


「いや、それは知らねぇけど」


「一本一本、風で包んでいるのよ」


「一本一本?」


「当然でしょう?」


凛は真顔だった。


「もちろん、キューティクルまで」


沈黙。


セレスティアが瞬きをする。


スカイゼルが口を開ける。


ラヴィの耳が、ぴくりと動いた。


「……なぜ」


低い声。


「なぜ、そんな無駄なことに使うのですか……!」


凛が振り返った。


「無駄?」


心外そうに眉を上げる。


「品格を保つことは必要よ。他になにがあるのかしら?」


ラヴィが叫ぶ。


「戦闘です!」


凛は一秒も迷わなかった。


「比較にならないわね」


「戦闘の方が下なのですか!?」


「当然でしょう?」


「当然ではありません!」


「でも、戦いが終わった後に髪がぼさぼさだったら嫌じゃない」


「命があれば直せます!」


「最初から乱れなければ直す必要もないでしょう?」


「そういう問題ではありません!」


セレスティアが、とうとう声を上げて笑った。


けれど。


笑いながらも分かっている。


髪一本。


その表面。


さらにキューティクルまで。


それぞれを風で包みながら、身体全体の術を同時に維持している。


あまりにも用途がおかしい。


なのに。


そのおかしさこそが。


凛の精密な制御を、何より雄弁に証明していた。


凛が、自分の身体を包む風を眺める。


「……《風風フンワリドレス》」


ラヴィの耳が動いた。


「今、何と?」


「風風フンワリドレス」


「……」


「何?」


「なぜ二度も風を?」


凛が不思議そうに答える。


「風だからよ」


「理由になっておりません!」


「そう?」


ラヴィが数秒、凛を凝視する。


そして。


ある疑念が浮かんだらしい。


「凛どの」


「何?」


「昨日の、あのスフィア」


「ええ」


「飛ばした後、手元へ戻していましたね」


「そうね」


「……まさか、あれにも名前が?」


「もちろんあるわよ」


即答。


ラヴィが息を呑む。


「なんと?」


凛が胸を張った。


「《風風ヨーヨー》」


沈黙。


「……フーフー?」


「ええ」


「フーフーなどと、熱を冷ますわけでもあるまいし」


「風なんだから、フーフーでしょう?」


「違います!」


「何が?」


「すべてです!」


ラヴィは頭を抱えた。


しかし。


まだ終わらない。


嫌な予感がする。


非常に嫌な予感が。


「では」


ラヴィが震える声で尋ねた。


「十個同時に操っていたものは……?」


凛は当然のように答えた。


「《風風ヨーヨーテン》」


「テン」


「十個だから」


「…………」


ラヴィが黙った。


凛をじっと見る。


そして。


肩から、すっと力が抜けた。


「……安心しました」


「何が?」


ラヴィの口元が、ほんの少し緩む。


「凛どのにも、明確に才能の欠落した分野が存在したのですね」


凛の眉が跳ね上がる。


「喧嘩売ってる?」


「いいえ」


「売ってるでしょう」


「心から安堵しております」


「なお悪いわ!」


スカイゼルが腹を抱えて笑った。


セレスティアも笑いながら、二人を見る。


「さて」


彼女が手を叩いた。


「名前の話はそのくらいにして」


「非常に重要な問題です、セレスティア様」


「ラヴィ」


「はい」


「あとにしましょう」


「……承知しました」


不満そうだった。


凛はもっと不満そうだった。


「私の名前の何が悪いのよ」


「全部です」


「ラヴィ」


「はい。あとにします」


セレスティアが凛へ向き直る。


「エアレギオンを維持したまま、少し走ってみなさい」


「走る?」


「ええ」


凛が足元を見る。


身体を包む風は安定している。


「分かりました」


一歩。


普通に歩く。


二歩。


問題ない。


凛が少し速度を上げる。


「……?」


違和感。


いや。


違和感というより。


妙に軽い。


「凛?」


「なんだか……身体が軽いです」


「無理に速くしなくていいわ」


「はい」


凛がもう一度踏み出す。


軽い。


やはり、軽い。


本人の脚が急に強くなったわけではない。


なのに、いつもより身体が前へ進む。


凛の口元が上がった。


「これなら」


「凛」


セレスティアが呼ぶ。


だが。


少し遅かった。


「もう少し強く踏み込んでも平気そうね」


「凛、待って」


凛が地面を蹴った。


その瞬間。


風が。


凛の意思へ。


応えた。


「……え?」


身体が軽く浮き上がる。


ほんの少し。


足の裏が地面から離れる。


凛が瞬きをした。


「え?」


ふわり。


身体がもう一段、高くなる。


白銀の髪と服を美しく整えたまま。


高円寺凛は。


完全に地面から離れていた。


「おい」


スカイゼルが固まる。


「嬢ちゃん……」


ラヴィの長い耳が、ぴんと伸びた。


「……飛んで、おりますが」


凛が自分の足元を見る。


宙に浮いている。


「そうみたいね」


「そうみたいね、ではありません!」


ラヴィの絶叫が響く。


セレスティアも。


今度ばかりは笑っていなかった。


驚きを隠せず、宙に浮かぶ凛を見上げている。


「……凛」


「はい?」


「あなた、飛行術を習ったことは?」


「ありませんけど」


「でしょうね……」


セレスティアが額へ手を当てた。


飛行術は、ただ風を起こせれば扱えるような技ではない。


身体を浮かせ、その状態を維持しながら自在に移動する。


風術の中でも、高度な制御を要求される技術だった。


セレスティア自身も浮遊し、空中を移動することはできる。


それでも。


ここまで自然に空へ身体を預けられるようになるまでには、長い修練を要した。


「エアレギオンを覚えた直後に……」


セレスティアが小さく呟く。


凛はそんな三人をよそに、空中で自分の身体を確かめていた。


右腕を上げる。


風がついてくる。


身体を少し傾ける。


流れも変わる。


「なるほど」


「何がなるほどなのです!」


ラヴィが叫ぶ。


凛は前を見る。


遠く。


双神峰の山肌。


その間を縫うように、風が流れている。


「浮けるのなら」


セレスティアの目が見開かれた。


嫌な予感がした。


「前にも進めるのでしょう?」


「凛、待ちなさい」


「少しだけ」


「少しでも待ちなさい!」


遅かった。


凛が。


前へ行きたい。


そう思った。


ただ、それだけだった。


風が応えた。


次の瞬間。


凛の姿が。


消えた。


「……え?」


スカイゼルの声だけが残った。


音は。


まだ、来ていなかった。


一拍。


そして。


ドォンッ!!


空気の壁そのものが破裂したような轟音が、双神峰を叩いた。


衝撃波が修行場を駆け抜ける。


木々の梢が一斉にしなり。


地面の砂が輪を描いて吹き飛ぶ。


スカイゼルが両腕で顔を庇った。


「ぐっ……!」


ラヴィの燕尾服が激しく翻り、長い耳が真後ろへ倒される。


「な、なんですか今のはッ!?」


セレスティアだけが。


動かなかった。


遠ざかる白銀の軌跡を。


目を見開いたまま追っている。


凛はもう。


遥か彼方にいた。


先に少女が消え。


その後から。


音だけが追ってきた。


「……音を」


セレスティアが呟いた。


「置き去りにした……?」


スカイゼルが振り返る。


「お師匠?」


セレスティアは答えない。


自分も飛べる。


風に身体を預け。


空を移動することもできる。


だが。


あれは違う。


魔力を推進へ変え。


風を操り。


徐々に身体を加速させる。


自分の知る飛行術とは、まるで違う。


凛は。


ただ。


前へ行こうとしただけだった。


風が。


その意思へ即座に応えた。


「……あんな飛び方」


セレスティアの口元から。


思わず笑いが漏れた。


「私にも無理ね」


沈黙。


スカイゼルとラヴィが。


ゆっくり。


同時に彼女を見る。


「お師匠でも?」


「ええ」


セレスティアは、あっさりと答えた。


その瞬間。


遥か遠くの空で。


白銀の光が。


大きく弧を描いた。


「……ん?」


スカイゼルが目を細める。


光が。


こちらへ向きを変える。


ラヴィの顔から。


すっと血の気が引いた。


「まさか」


スカイゼルも気づいた。


「……戻ってくるぞ」


遠く。


空が鳴った。


ラヴィの長い耳が、一気に立つ。


「凛どのぉぉぉ!!」


声の限り叫ぶ。


「減速を覚えてから戻ってきてくださぁぁぁい!!」


その絶叫を。


双神峰の風がさらっていく。


セレスティアは。


こちらへ戻ってくる白銀の軌跡を、静かに見つめていた。


教えたのは。


風を流すこと。


風を纏うこと。


それだけだった。


けれど。


凛はもう。


風へ細かな命令を与えてはいない。


行きたい。


動きたい。


そう思った瞬間。


身体より先に。


風が応える。


まるで。


凛の意思そのものが。


風になったかのように。


双神峰の空を。


白銀の軌跡が駆け抜けていた。


風はもう。


高円寺凛の命令を待つものではなかった。


彼女の意思とともに。


動き始めていた。


ここまで読んでくださり、ありがとうございます。


少しでも「続きが気になる」「凛と海を見守りたい」と思っていただけましたら、

ブックマーク・評価・感想で応援していただけると、とても励みになります。


この物語は、異世界ファンタジーに変身ヒーロー要素と高飛車令嬢コメディを混ぜ込んだ作品です。

凛と海の全力変身を、これからも見届けていただければ嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ