EP24: 驚愕の魔力、測定不能!?
魔導演習場。
そこは、魔道騎士団本部の地下深くに設けられた巨大な訓練区画だった。
天井は高く、壁面には幾重もの防御結界が張り巡らされている。
床には円形の魔法陣が刻まれ、その中央には透明な球体を抱く測定装置が据えられていた。
魔力水晶。
魔導士の魔力量を数値として可視化する、魔道騎士団標準の測定装置である。
「これが、魔力の“総量”を数値化する装置だよ」
ユリウス・クロードは、淡々と説明した。
その声は穏やかだが、演習場に集まった魔導士たちの視線は鋭い。
彼らの多くは、海を見ていた。
異世界から来た少年。
勇者に同行していた、もう一人の召喚者。
戦闘向きではないと噂される、創造主という奇妙なスキルの持ち主。
その評価を、これから数値が暴く。
そう思っている者は少なくなかった。
「一般魔導士なら千から三千。上級者でも八千前後。魔道騎士団の幹部クラスで、一万五千を超えるとされている」
ユリウスは測定盤の縁を指で軽く叩いた。
「参考までに、エドガー君は五千八百。フィリア君は八千三百だ」
その言葉に、周囲の魔導士たちが小さくざわめく。
「フィリア君は実に素晴らしい資質だよ。魔力量だけなら、エドガー君より数段上だ」
「ふん」
エドガーが不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「少し魔力が高いからといって、魔導士の実力はそれだけでは決まらん」
鋭い視線がフィリアへ向く。
フィリアは困ったように視線を伏せた。
慣れている。
そんな表情だった。
エドガーの嫉妬は、今に始まったことではないのだろう。
ユリウスはそれを気にする様子もなく、さらりと続ける。
「ちなみに、団長シャルロットは記録上、二十八万九千五百」
演習場の空気が、一瞬だけ変わった。
桁が違う。
その数値は、比較という概念を置き去りにしていた。
「本当に、あの人は規格外だよ」
ユリウスは肩をすくめる。
「ちなみに私は三万九千だ。これでも十分すごい数値なんだけどね。勘違いしないでくれたまえ。団長が異常なんだ。あの人の前では、大抵の才能が霞む」
そう言って、彼はわずかに目を細めた。
「そして、この魔力水晶の測定限界値は三十万まで」
静かな声。
けれど、そこには研究者らしい期待があった。
「つまり、シャルロットを測定できるように調整された装置、というわけだ」
海は目の前の水晶を見つめた。
透明な球体の奥で、淡い光がゆっくりと回転している。
まるで、眠っている心臓のようだった。
([LOG_KAI - INNER VOICE])
(測定装置)
(透明球体)
(中央に手を置くタイプ)
(これ、完全に適性判定イベントだ)
(数値が出る。周囲がざわつく。誰かが笑う。次に異常値が出る)
(いや、落ち着け。現実を特撮の定番展開で予測するな)
(でも装置のデザインが完全にそれなんだよな……)
《SYSTEM NOTICE》
《対象装置:魔力水晶》
《構造解析:未完了》
《接触時反応:予測不能》
海は内心の声に小さく苦笑した。
「では」
測定士が、儀式めいた口調で告げる。
「音無海様。あなたの魔力量を測定いたします」
周囲の視線が、一斉に海へ集まった。
海は少しだけ肩をすくめる。
「えっと……これに触ればいいんですね?」
「はい。中心の水晶核に手を置いてください。数値は盤面に浮かびます」
「分かりました」
海はふらりと前に出た。
緊張していないわけではない。
だが、自分の中にどれほど魔力があるかなど、実感がまったくない。
凛のように強い力を振るったわけでもない。
魔法を自在に操ったわけでもない。
だから、海自身には期待も自信もなかった。
ただ、役に立てればいい。
それだけだった。
海が水晶核に手を置いた。
その瞬間。
水晶が淡く輝いた。
低い振動音が、測定盤の奥から響く。
盤面に光が走り、数字を形作っていく。
全員が息を呑んだ。
そして。
浮かび上がった数字は。
《000》
沈黙。
まるで、音そのものが演習場から消えたようだった。
一拍。
二拍。
そして。
「っははっ!」
乾いた笑い声が、静寂を破った。
エドガーだった。
彼は腹を抱えるようにして笑った。
「ゼロ! ゼロだってよ!」
笑い声が演習場に響く。
だが、その笑いにはどこか必死さがあった。
「おいおい、闇属性持ちじゃなかったのかよ? 魔力ゼロで魔法使いとか、寝言は寝て言えっての!」
彼は海を指さす。
「創造主? 訳の分からねぇスキル名だけは大層だな! 中身がゼロなら意味ねぇじゃねぇか!」
周囲の魔導士たちもざわめき始める。
「そんな馬鹿な……」
「異世界者とはいえ、完全にゼロなど……」
「では、あの氷壁の報告は何だったんだ?」
「測定装置の不具合では?」
測定士が慌てて装置を確認する。
盤面。
魔力回路。
水晶核。
補助術式。
何度も確認し、彼は青ざめた顔で呟いた。
「い、異常は……ありません。装置は正常に動作しています……なのに……」
エドガーはさらに笑う。
「ほら見ろ! 正常だってよ! つまり、こいつは本当にゼロなんだ!」
海は困ったように自分の手を見つめた。
「ゼロ……なんですね」
その声は、ひどく静かだった。
落胆というより、納得に近い響き。
やっぱり自分は。
そんな思いが、胸の奥をかすめた。
フィリアが唇を引き結ぶ。
何かを言おうとした、その時。
ユリウスが、ゆっくりと前へ出た。
「いや」
その一言で、空気が止まる。
彼は測定盤を覗き込み、ゴーグルの側面に指を添えた。
紫の光が、細く走る。
「これは異常ではない」
エドガーの笑いが止まった。
「……何ですって?」
ユリウスは水晶核を見つめたまま、低く呟く。
「限界超過だ」
その言葉に、演習場が再びざわめく。
「限界……超過?」
フィリアが息を呑む。
ユリウスは静かに説明する。
「この魔力水晶は、魔力量三十万までを想定して調整されている。上限を超えた場合、出力値が振り切れ、数値が初期表示に戻る仕様がある」
海が瞬きをする。
「初期表示って……」
「ゼロだ」
ユリウスは、ゆっくりと海を見る。
「つまり、海君の魔力量は、この装置が測定できる範囲を遥かに超えている可能性がある」
空気が、張りつめた。
誰も笑わなかった。
いや、笑えなかった。
「なっ……」
エドガーの顔から血の気が引いていく。
「そんな……馬鹿な……」
「ならば、確認しよう」
ユリウスは片手を上げた。
「霊脈球を」
その命令に、補助魔導士たちが慌ただしく動き出した。
やがて、四人がかりで巨大な黒曜球が運び込まれる。
表面は夜のように黒く、内側に青白い光が脈打っている。
球体の周囲には古代文字が刻まれ、近づくだけで空気が重くなる。
霊脈球。
古代魔族文明の遺産。
魔道騎士団でも幹部級魔導士の測定にしか使用を許されない、禁級の測定器である。
「これは、三十万を超える例外的存在を測るための装置だ」
ユリウスの声にも、わずかな熱が混じっていた。
「上限は百万。ただし、耐えきれない魔力が流れ込めば、自壊する恐れがある」
海は思わず眉を下げる。
「え、ちょっと怖いんですけど……」
「安心したまえ。危険な場合は遮断する」
「それ、安心していいやつですか?」
「研究上はね」
「研究上……」
フィリアが横から釘を刺す。
「ユリウス様。安全上も安心できるようにしてください」
「もちろんだよ。できる限り」
「今、できる限りと言いましたね」
「誠実な表現だ」
「不安な表現です」
そんなやり取りの中、海は霊脈球の前へ立った。
黒い球体の奥で、青白い光が揺れている。
([LOG_KAI - INNER VOICE])
(第一測定器がゼロ表示)
(博士が限界超過判定)
(次に古代文明の禁級測定器)
(この流れ、完全に二段階目の検査イベントだ)
(ここで装置が壊れると、だいたい周囲が静まり返る)
(いや、だから現実を定番展開で読むなって)
《SYSTEM STANDBY》
《接触反応、待機中》
海の胸の奥で、あの音がまた鳴った。
待機音。
玩具のようで、玩具ではない。
世界の奥底から聞こえるような、低い起動音。
海はそっと手を伸ばした。
「では、いきます」
霊脈球に、手を触れる。
その瞬間。
ズゥン。
低く、重い音が演習場に響いた。
空気がうねる。
黒曜球の内部で、青白い光が激しく脈打ち始める。
一度。
二度。
三度。
次の瞬間。
光が爆ぜた。
球体表面に赤い数字が浮かび上がる。
《1,000,000》
沈黙。
今度の沈黙は、先ほどとは違った。
嘲笑の前の沈黙ではない。
理解が追いつかない者たちが、現実の前で息を忘れた沈黙だった。
「……ひゃ」
誰かが、かすれた声を漏らす。
「百万……?」
「冗談だろ……」
「シャルロット様でさえ、三十万弱だぞ……?」
「ユリウス博士の、二十五倍以上……?」
「存在していい数値なのか……?」
ビリビリ、と甲高い音が響いた。
霊脈球の表面に、細かなひびが走る。
「まずい!」
補助魔導士が叫ぶ。
「霊脈球が耐えられません! 魔力波、暴走します!」
「遮断を急げ!」
ユリウスの声が飛ぶ。
補助魔導士たちが一斉に術式を展開する。
防御結界が幾重にも重なり、演習場全体を覆う。
赤い数字は、なおも揺らめいていた。
《1,000,000》
最大値。
上限。
到達点。
いや。
測定できた限界。
その事実に気づいた者たちの顔から、さらに血の気が引いていく。
「まさか……」
フィリアが小さく呟いた。
「百万で止まったのではなく……」
ユリウスが、静かに続ける。
「百万までしか表示できない、ということだね」
その言葉は、演習場全体に冷たい衝撃を落とした。
エドガーは、その場に膝をついていた。
「バカな……」
声が震えている。
「俺より……フィリアより……そんなことより……ユリウス博士よりも……上……?」
彼の視線は、霊脈球の赤い数字に貼りついていた。
認めたくない。
あり得ない。
あってはならない。
そう叫ぶように、指先が震えている。
一方、海は心底困った顔をしていた。
「……ご、ごめんなさい。そんなつもりじゃ……」
その言葉に、誰も返せない。
無自覚。
それが、さらに恐ろしかった。
「ただ、触れただけなんですけど……なんか、こう……血流がぐるっと回った感じがして」
海は少し考え込む。
「変身ギアの中で、リングが回るみたいな……」
演習場の空気が、さらに微妙なものになった。
ユリウスだけが、興味深そうに反応する。
「変身ギア?」
「あっ、いえ。僕の世界の……物語に出てくる装備みたいなもので」
「ほう」
「いや、今のは忘れてください」
([LOG_KAI - INNER VOICE])
(やってしまった)
(魔力百万を出した直後に、変身ギアの話をしてしまった)
(場の空気と発言内容が噛み合っていない)
(でも本当に、内部で何かが回った感覚があった)
《SYSTEM NOTICE》
《内部循環反応を確認》
《詳細解析:未開放》
海の胸の奥で、また何かが沈むように鳴った。
だが、今の彼にはそれを理解する術がなかった。
フィリアは、海を見つめていた。
信じ難い数値。
測定体系そのものを否定する存在。
それなのに、本人は自分が何をしたのか分かっていない。
恐ろしくもある。
けれど、それ以上に。
胸の奥が熱かった。
(本当に……)
フィリアは、無意識に手を握る。
(この人は、世界そのものが違う)
彼女の中で、海という少年の輪郭が変わり始めていた。
気弱な異世界人ではない。
勇者の後ろにいるだけの少年でもない。
この世界の枠では測れない者。
常識の外から、魔導理論そのものを揺らす存在。
尊敬。
畏怖。
そして、かすかな憧れ。
名前のつかない感情が、心の奥で芽生えかけていた。
「規格外、などという言葉では足りないね」
ユリウスが、静かに口を開く。
彼は割れかけた霊脈球を見つめていた。
「これは、単に魔力量が多いという話ではない」
ゴーグルの紫光が細く瞬く。
「この世界が用意した測定体系では、君を測れないということだ」
その言葉に、全員が息を呑む。
ユリウスは海へ向き直った。
「音無海君」
「は、はい」
「君は、我々の知る魔導理論の外側にいる」
彼の声は、静かな興奮を帯びていた。
「君がこれから何を見せてくれるのか……楽しみにしているよ」
海は戸惑ったように周囲を見渡す。
エドガーは膝をついたまま硬直している。
フィリアは胸元に手を当て、じっと海を見つめている。
魔導士たちは、まるで未知の生物を見るように黙っていた。
海だけが。
いつも通り、困ったように笑った。
「えっ……みんな、どうかしました?」
その一言に、誰も答えられなかった。
演習場の中央。
ひび割れた霊脈球の上で、赤い数字だけがなおも揺らめいている。
《1,000,000》
それは、数値ではなかった。
この世界が初めて突きつけられた、問いだった。
音無海とは、何者なのか。
そして。
その答えは、まだ誰にも分からない。




