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EP11:「深淵の龍、吼える! 真の支配者」[LOG_DRAGON]

# [LOG_RIN]


下位龍が消えた瞬間、私は無意識に右手を見ていた。


痛みもない。熱もない。ただ、何かが溢れ出した残滓が指先に薄く残っている。


「……ステータスオープン」


何かが変わった。その感覚を確かめるように、透明なディスプレイが目の前に展開された。


「レベル999」「力9999999」「防御9999999」——桁が、増えている。


「凛さん……ステータス、上がってる……?」


海が隣で茫然と呟いた。


「……9が増えただけよ」


私がディスプレイを閉じようとした——その瞬間だった。


ディスプレイが突然、赤く明滅し始めた。


《WARNING——ステータス異常上昇を検知。現在の数値はこの世界の基準値を大幅に逸脱しています》


「……何この表示。うるさいわね」


《WARNING——WARNING——WARNING——》


「閉じなさいって言ってるの」


《WARNING——》


「閉じろと言っているのよ!!」


ディスプレイが、パッと消えた。


[LOG_KAI - INNER VOICE]

(ステータスが跳ね上がった。戦闘経験値による急速な成長——まるでゲームの主人公が序盤の強敵を倒した直後に一気にレベルアップするあの展開だ)


(でも今、凛さんがアラートを怒鳴りつけて消した直後に)


(霧の奥が——揺れている)


地の底から来るような圧力が、森全体を揺るがした。


さっきの龍の時とは、次元が違う。


バルドウィンが剣を抜いた。だがその手が、小刻みに震えている。


霧が、割れた。


最初に見えたのは、目だった。


燃えるような赤。


しかし炎の熱はない。


見た瞬間、背骨の芯まで凍りつくような、深淵の冷たさを持つ二つの光。


次に輪郭が現れた。


漆黒の鱗。


一枚一枚が黒曜石のように磨き抜かれ、霧の薄明かりを吸い込んで反射しない。

光を消す鱗だ。黒い鱗の隙間から、暗紫色の魔力が血管のように脈動している


それはまるで、世界そのものを腐食させようとする意志の具現のようだった。

大きさが、違った。


さっきの龍など、この存在の前では塵に等しい。


翼が広がった。その影だけで、周囲の木々すべてが覆い尽くされた。


「ッ——」


バルドウィンが、膝をついた。


護衛の騎士たちが次々と崩れ落ちた。ただ存在するだけで、周囲の生命を蝕む。


それが、この存在の在り方だった。


「グランゼル・ヴァルドラグ……!」


バルドウィンが絞り出すように呟いた。


「龍人族の……上位種……」


(今日、ここで死ぬ)


バルドウィンはその瞬間に悟っていた。


先ほどの下位龍でさえ、王国の精鋭三十名がかりだ。


その上位種であるグランゼルは、かつて一国の軍勢を単体で壊滅させたという伝説を持つ存在だ。


凛の力は確かに桁外れだった。しかし——相手が悪すぎる。


「すまない……凛殿……海殿……。私が軽率な判断で、貴殿らをここへ連れてきてしまった……」


漆黒の龍が、ゆっくりと首をもたげた。


「……久しぶりだ、人間よ」


低く、重く、地の底から湧き上がるような声だった。


「この森に足を踏み入れた愚か者を見るのは、何年ぶりか。……もっとも」


赤い目が、凛を捉えた。


そして——細くなった。


「……面白い」


グランゼルの鱗が、わずかに逆立った。


「先ほどまでとは、数値が違う。我の部下を倒した直後に——さらに跳ね上がっている」


[LOG_KAI - INNER VOICE]

(グランゼルが、凛さんの跳ね上がったステータスを「本能で察知」した——!)


(あのアラートが鳴り響いていた瞬間、グランゼルはすでにその上昇を感知していた)


(あの目が「品定め」から「警戒」に変わった)


(これは——本気を引き出してしまった)


グランゼルの喉が、低く鳴り始めた。


暗紫色の魔力が、全身の鱗の隙間から一気に溢れ出す。それは瞬く間に凝縮され、巨大な塊となって喉の奥へと集まっていく。


「凛殿——逃げてください!!」


バルドウィンが絶叫した。


「あれはドラゴンブレスです——龍族最大の攻撃——直撃すれば、この森ごと——!!」


口腔が、暗紫色の光に満ちた。


熱が来た。霧が一瞬で蒸発した。周囲の木々が根元から発火し、地面が融けるように赤く輝き始めた。


バルドウィンは目を閉じた。


(せめて、私が盾になれれば——)


その瞬間、凛が一歩前に出た。


右手を、静かに掲げた。


「……服に当たらないでちょうだい。この服、お気に入りなんだから」


次の瞬間——。


ブレスが、放たれた。世界が暗紫色に染まった。


静寂が、訪れた。


バルドウィンはゆっくりと目を開けた。


生きている!?。


目の前には、消えることなく静止した暗紫色の光が——凛の右手の前で、まるで壁に


当たったように押し止められていた。


「陣の防御」。


凛が無意識に展開した、光属性の防御術式。それはグランゼルの最大攻撃を、いともたやすく受け止めていた。


ブレスが収束し、残滓が霧散していく。


沈黙が満ちた。


その瞬間——ディスプレイが、再び展開された。


今度は赤色ではない。


白く、眩しいほどに輝いている。


《LEVEL UP——》


《レベル:9999 力:99999999 防御:99999999》


《WARNING——数値が臨界点を超過しています》


「また鳴ってるわ、この表示」


凛がディスプレイを一瞥した。


「閉じなさい」


《WARNING——》


「閉じろと言っているの」


ディスプレイが消えた。


[LOG_KAI - INNER VOICE]

(ブレスを防いだことで、さらにレベルが跳ね上がった——!)


(9999。桁がまた増えた。凛さん、防御するたびに強くなっている)


(グランゼルが……動いた)


赤い目が、細く、細く、針のように絞られた。


「.....っ!?」


グランゼルの全身から、今までとは質の違う魔力が溢れ出した。


暗紫色ではない。黒だ。光すら飲み込む、純粋な「深淵」の色。


「貴様——」


その声には、初めて、感情が滲んでいた。


驚愕ではない。


——危機感だ。


「貴様のような存在を、この世に野放しにするわけにはいかぬ」


グランゼルの両翼が、最大まで広がった。


鱗の一枚一枚が逆立ち、全身から溢れ出した黒い魔力が渦を巻いて天高く収束していく。


「これが……龍人族が代々封じてきた、禁断の奥義——《深淵の顎》だ」


バルドウィンが、声も出なかった。


《深淵の顎》。


伝説の中にしか存在しない、龍人族が滅びを覚悟した時にのみ使う最後の一手。


使えば術者自身も深刻な損傷を負うと言われる、自滅覚悟の必殺技だ。


「凛殿——!!」


バルドウィンの叫びが、森に響いた。


黒い渦が、凛へと降り注いだ。


「……うるさいわね」


凛が、また右手を掲げた。


今度は片手ではない。


両手を、前に突き出した。


「陣の防御・展開」


白い光が、凛の周囲に幾何学的な文様を描いて広がった。黒い渦がぶつかった瞬間、


空間そのものが軋むような音が鳴り響いた。


押し合う、二つの力。


黒と白が、森の中心で激突している。


「……ッ!」


グランゼルが、初めて声を詰まらせた。


「ほう」


凛が、静かに言った。


「思ったより、力があるのね」


その言葉は——称賛ではなかった。


「でも」


白い光が、一段階強くなった。


「その程度なら、押しきれるわ」


黒い渦が——弾けた。


轟音。


グランゼルの《深淵の顎》が、凛の防御術式によって完全に打ち砕かれた。


残滓が霧散する中、凛はゆっくりと自分の服を見下ろした。


袖の端が、わずかに焦げていた。


さらに、スカートの裾にも小さな焦げ跡がある。


「……」


沈黙。


「……この服」


凛の声が、低くなった。


「また焦げたじゃないの!」


[LOG_KAI - INNER VOICE]

(凛さんの声のトーンが変わった)


(龍族禁断の奥義を防いで、真っ先に服を確認した)


(これは——本当に怒っている)


「……貴様——」


グランゼルが、言葉を詰まらせた。


「ねえ」


凛が、グランゼルを見上げた。


「あなた、今、また私の服を焦がしたわよね」


「……」


「返事は?」


グランゼルの喉が、かすかに鳴った。


「正真正銘、怒ったわ」


凛は右の拳を、静かに握った。


魔法ではない。術式でもない。ステータスの数値でもない。


ただの、グーパンチだ。


「いくわよ」


轟音。


拳が、グランゼルの漆黒の鱗を直撃した。


衝撃波が森全体を揺らした。


地面が液体のように波打ち、はるか遠くの山の稜線が、さっきよりもさらに大きく形を変えた。


グランゼルの巨体が——吹き飛んだ。


霧の中に、黒い残光が消えていった。


静寂が支配する。


「……今度こそ消えた?」


凛は拳を開き、自分の手を見た。手の甲に、ほんのわずかな熱感が残っている。


「凛さん……凛さんが……グーパンチで……」


海が茫然と立ち尽くしていた。


[LOG_KAI - INNER VOICE]

(グランゼルが消えた直前、僕は見ていた。あの赤い目が——細くなった)


(怒りじゃない。驚きでもない)


(あれは……「計算」の目だった)


(龍人族の禁断の奥義まで使って、それでも届かなかった。なのにあの目は「諦め」じゃなかった)


(一撃を受けて、力を測った。そして「撤退」した。グランゼルはまだ——)


海は口を閉じた。今はまだ、誰にも言わない方がいい気がした。


バルドウィンが、地面に膝をついたまま、身じろぎもできなかった。


大粒の涙が、頬を伝って落ちていた。


「まさか……まさか、これほどの力を。龍族禁断の奥義《深淵の顎》を素手で打ち砕き、グランゼル・ヴァルドラグを、素手で……。私は今日ここで死ぬと思っていた……。それが……」


「バルドウィン卿」


凛は静かに彼を見下ろした。


「起きなさい。地面は汚れているわ」


バルドウィンが顔を上げた。その目に、もう疑念はなかった。あるのはただ——純粋な、敬意だった。


「凛殿。この命、今後は貴殿のためにお使いください」


「忠誠は結構よ」


凛は焦げた袖とスカートの裾を交互に見て、深い溜め息をついた。


「ただし——使える人間は使う。その覚悟があるなら、否定はしない」


バルドウィンが、静かに微笑んだ。


それは初めて見る、彼の本当の顔だった。


帰路の馬車の中、凛はずっと焦げた服を見ていた。


「……袖だけじゃなくてスカートまで。最悪だわ」


「え、そっちが気になるんですか!?」


「当然でしょ。私がいつも着ている服よ」


「凛さん、さっきグランゼルの禁断の奥義を防いで、グーパンチで倒したんですよ!?」


「だから、その時に服が焦げたって言っているのよ。話を聞いてる?」


「きき、聞いてます……」


[LOG_KAI - INNER VOICE]

(凛さんはやっぱり、凛さんだ)


(龍族禁断の奥義を防いでグーパンチで倒した後に、服の心配をしている)


(仮面ライダーの主人公も、いつもそうだった。戦い終わった後も、ちゃんと自分でいる)


(凛さん、これからもずっと、そのままでいてくれ)


窓の外に流れる景色の中、海は静かにファイズギアに触れた。


冷たく、重く、確かな感触。


(……グランゼルはまだ、どこかにいる)


(次に会う時、僕は今日より少し、前に出られるだろうか)


夕暮れの空が、帰路の馬車を静かに照らしていた。

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