EP8:王座の間の異邦人、あるいは「力を疑うのは誰よ?」[LOG_謁見]
「――この王宮、完全に『ワンダーワールド』の素体じゃないか。
だとすれば、あの宰相は……絶対に終盤で正体を現すタイプだ」
朝日が差し込む王宮の広間は、荘厳そのものだった。
天井まで届く巨大な石柱には、繊細な彫刻が施されている。
歴代の英雄たちを描いたタペストリーが壁を彩り、その一枚一枚から、この国が積み上げてきた年月の重さが滲み出ていた。
——だが。
[LOG_KAI - INNER VOICE]
(やばい。この王宮……本当にやばい)
(石造りの柱の質感、床に刻まれた文様の密度、窓から差し込む光の角度まで——全部が、仮面ライダーセイバーの「ワンダーワールド」に近い構造をしてる)
(あの作品で描かれた異世界は「本の世界」だった。本と現実が混ざり合う異世界に、剣士が召喚される——)
(……待て待て待て。興奮するな、音無海。今は謁見の場だ。落ち着け)
ファイズギアの重みが腰に伝わる。 その感触だけが、今の海に「自分が自分であること」を確認させてくれる、唯一の錨だった。
昨夜の疲れが抜けきらない二人が扉をくぐると、そこには王が待っていた。
玉座に座るのは、エルディア大陸・アストリア王国の王——レオポルド三世。
長年にわたり国を統治してきたその顔には、権威と、そして深い憂いが刻まれている。
王の左右には高位の大臣や家臣が整然と並び、全員が厳粛な表情で二人を見つめていた。
「召喚された『神威』がどのような存在なのか」——彼らの目がそう問いかけていた。
凛は、その視線のすべてを正面から受け止めていた。
眉一つ動かさない。
呼吸一つ乱さない。
——ただ、静かに。
まるで世界の中心に立つことが当然であるかのように、白銀の髪を揺らしながら歩を進めた。
[LOG_KAI - INNER VOICE]
(……凛さん、強すぎるよ)
(あの家臣の列——一番端の人、さっきから完全に圧倒されて目が泳いでる)
(こういう時の凛さん、本当に「令嬢」じゃなくて「女王」なんだよな)
(……で、僕は)
(……とりあえず、目立たないようにしよう)
「この度は、我が国の事情により、そなたたちを異世界より召喚したこと。
まずは、心よりお詫び申し上げる」 レオポルド三世は深々と頭を下げた。
その仕草に、一切の演技はなかった。
年老いた王が、見知らぬ異邦人の少女と少年に向かって——本当に頭を垂れている。
広間が静まり返る。
「私はこの国の王、レオポルド三世。この国を守るため、どうかお二人のお力をお貸しいただきたい」
[LOG_KAI - INNER VOICE]
(……王様、いい人だ)
(こういう人、特撮でいうと——序盤に退場する可能性が高い。心配だ)
(いや、落ち着け。今は謁見に集中しろ)
「つまり、あんたが私たちをここに引っ張ってきた張本人ってわけね」
凛の声は静かだった。
静かだが、広間の空気を一変させるほどの密度を持っていた。
これは怒りではない。 これは——「当然の事実を確認する者」の声だ。
[LOG_KAI - INNER VOICE]
(ひっ)
(でも凛さんの言ってること、正しい)
「召喚した側に非がある」って、僕も思ってた。ただ言えなかっただけで)
その時だった。
「貴様、王の御前でその態度は何だ!」 鋭い声が広間を貫いた。
王の傍らに立つ宰相——アルフレッド・フォン・シュタインベルクが、一歩前に踏み出す。
整った顔立ちの奥に、何かを計算し続けているような、冷たい光が宿っている。
[LOG_KAI - INNER VOICE])
(……来た)
(この人だ)
(ズオスじゃない。戦闘担当の幹部じゃない)
(組織の内側に潜みながら、表の顔を保ちつつ全部を操る——)
(マスターロゴスポジションだ)
(やばい、鳥肌が止まらない)
「無礼?」
凛は眉を動かさず、ただアルフレッドを見た。
「どっちが?」
一拍の間。
「あなたたちが、私の許可もなく勝手に召喚しておいて」
「それで偉そうにしているほうが、よっぽど無礼じゃないかしら」
一言一言が、的確に急所を突く。
アルフレッドが言葉を詰まらせた——その瞬間。
海は思わず、心の中で呟いていた。
(……すっごい)
(これ完全に、セイバーの神山飛羽真が「正しいことを正しいと言い続ける」あの構図だ)
(ただ飛羽真と違うのは、凛さんは剣を持っていない)
(言葉だけで、場を制圧している)
「もうよい、アルフレッド」
王の静かな一声が、広間の空気をリセットした。
アルフレッドが渋々と後退する。
その表情には——怒りがあった。
だが、その奥に見え隠れしているのは。
[LOG_KAI - INNER VOICE]
(……笑い、だ)
(あの人、怒ってない)
(凛さんの反論を、内心では「想定内」として処理してる)
(つまり、凛さんが言い返すことまで計算に入れていた?)
(……この人、本当に怖い)
海は、さりげなくファイズギアに触れた。
重く、冷たく、確かな金属の感触。 これだけが、今の自分を繋ぎ止めてくれる。
「凛殿のご意見はもっともだ」 王が改めて口を開く。
「我々がそなたたちをこの地に召喚したのは、我が国の事情に過ぎぬ。
その点を理解したうえで、どうか力を貸していただけぬか」
凛は少しだけ、表情を和らげた。
ほんのわずか。
気づく者がいるとすれば——それは、この場で最も注意深く凛を観察していた海だけだっただろう。
「わかればいいわ。ただ、私が協力するのは、元の世界に帰るため。
あなたたちの都合のためじゃない」
その言葉に、周囲の家臣たちは息を呑んだ。
だが、王だけは柔らかく頷いた。
[LOG_KAI - INNER VOICE]
(……凛さん、怖い顔してるけど)
(「帰るため」に協力する、って言った)
(つまり、拒否しなかった)
(凛さん、根は優しいんだよな。昔から……)
軍務大臣バルドウィン・フォン・アーレンスバッハが、重厚な銀の甲冑を鳴らして前に出た。
歴戦の戦士の顔。 疑念と、試す意志が混ざり合っている。
「お二人が神威として召喚されたと聞き及んでおりますが、その力を我々に示していただけませんか」
「……つまり」
凛の声が、低く落ちた。
「私の力を疑ってるのね?」
「疑っているわけではありません」 バルドウィンは一歩も引かない。
「ただ、我が国を守るためにどれほどの力をお持ちか知りたいだけです」
凛はバルドウィンを見た。
その視線は、値踏みでも怒りでもない。 ——「品定めに応じてやる」という、圧倒的な余裕だった。
[LOG_KAI - INNER VOICE]
(……強い。本当に、強い)
(で、僕は)
(……この世界で、僕は何者になれるんだろう)
海は少し身を縮め、腰のファイズギアにそっと触れた。
その時、神官長セラフィムが穏やかに割って入った。
「凛様、どうかご容赦ください。バルドウィン殿も悪意があって申し上げたわけではございません。
我々が共に歩むため、凛様のお力を正しく理解したいだけなのです」
凛は少しだけ目を細めた。
「見せてあげてもいいわ」
その声は冷たかったが、どこかに——わずかな温もりが混じっていた。
「ただし、その後の態度を覚悟しておきなさい」
その夜。
海は与えられた部屋の小さな机の前に座り、一冊のノートを開いた。 革製の表紙。
自分の手で書いた文字——「仮面ライダー 魂の記録帳」。
ランプの灯りが、ページを柔らかく照らす。
「……今日のヒーロー」 ペンを走らせる。
「本日のヒーロー:仮面ライダーセイバー(ブレイブドラゴン)」
「本の世界から来た剣士。本を愛し、言葉を剣にする。正しいことを、正しいと言い続ける勇気」
書き終えて、ペンを置く。 ランプの炎が、小さく揺れた。
(この世界は——「ワンダーワールド」かもしれない)
(本と現実が混ざり合う異世界)
(そこに召喚されたのが、よりによって特撮オタクの僕というのは)
(……何かの意味があるのかもしれない)
海は窓の外を見た。 双子の月が、静かに夜空を照らしていた。




