第360話 ライル一族のグランドストラテジー 父として皇帝として
【ライル皇帝視点】
『アヴァロン帝国歴180年 12月1日 首都ハーグ 皇宮の車寄せ 晴れ』
冬が到来したハーグの空の下、僕は呆れたような、それでいてどこか頼もしいような気持ちで、息子を見下ろしていた。
広大な車寄せには、レオ自動車製の最新鋭大型トラックが何台も連なり、排気ガスと油の匂いが漂っている。
武装した親衛隊が、木箱に入った銃器や弾薬を、次々と荷台へ積み込んでいた。
その中心で指揮を執っているのは、僕の息子フェリクスだ。
「急げ! アズトランの内戦は一刻を争う! 僕が現地へ向かい、圧倒的な武力で中央アズトラン軍を制圧するんだ!」
やる気満々である。
彼は優秀だ。どこか、ユリアン皇帝に似ている。僕とは違う、生まれながらの高貴さと、行動力を持っていた。きっとヴァレリアに似たのだろう。
彼が指揮する機甲師団が行けば、間違いなく勝つだろう。アズトラン中央軍も、アヴァロンの最新戦車の前には赤子同然だ。
でも、それでは駄目なんだ。
「――フェリクス」
僕は、黒塗りの高級車に乗り込もうとしていた息子に、声をかけた。
「あ、父上! 行って参ります! すぐに内戦を鎮めてみせますよ!」
ビシッと敬礼するフェリクス。
僕は苦笑しながら、手招きをした。
「まあ、そう焦らないでよ。ちょっとお茶でもしよう」
「えっ? でも、緊急事態で……」
「いいから、いいから。これは『皇帝命令』だよ」
僕はフェリクスを中庭のベンチに座らせ、メイドに温かい紅茶を用意させた。
湯気が立つカップを手に、僕は単刀直入に切り出した。
「フェリクス。君は、軍隊で平和を作ろうとしているね?」
「はい。それが一番確実で、手っ取り早いですから。圧倒的な力を見せつければ、誰も逆らいません」
フェリクスは迷いなく答えた。
それが「正解」だと信じている顔だ。かつて、僕の友達だったユリアン皇帝がそうだったように。
「うん、その通りだ。武力は早い。……でもね、フェリクス。僕たちの『前例』を思い出してごらん」
「前例……ですか?」
「そう。偉大なる先帝、ユリアン皇帝のことだよ」
フェリクスが、ハッとしたように顔を上げた。
ユリアン皇帝は天才だった。その政治力は圧倒的で、帝国を効率よく統治していた。
「今考えると、ユリアン皇帝は有能だったと思う。誰よりも気高く、誰よりも強大な知性とカリスマを持っていた。だから、生きている間は誰も逆らえなかった。……でも、ユリアン皇帝が亡くなった途端、どうなった?」
「……帝国は分裂し、内戦が始まりました」
フェリクスが痛ましそうに呟く。
そう、それが答えだ。
「恐怖や『個人の能力』による支配は、その『重し』がなくなった瞬間に崩壊するんだ。僕がその後始末にどれだけ苦労したか、君も歴史の授業で知っているだろう?」
僕は、列をなす軍用トラックを指差した。
「武力で押さえつければ、必ず反発が生まれる。そして、フェリクス。君という『天才』がいなくなった時、またアズトランは血の海になる。僕らのヴィンターグリュン王国やアヴァロン帝国もそうなるかも知れない……僕は凡人だからね、そんな危ない橋を渡り続けちゃいけないんだ」
「では、どうすればいいのですか? 父上」
「だから『柔らかく』いくんだよ」
「柔らかく?」
「そう。僕たちがやるべきなのは、征服じゃない。『輸出』だ。ハーグの『制度』と『文化』を輸出するんだ」
僕は指を折って説明した。
「銃で脅して従わせるんじゃない。『アヴァロンの真似をした方が、儲かるし、楽しいし、美味しい』と思わせるんだよ。ユリアン皇帝が、カクテル作りに目覚めたように……」
ユリアン皇帝のような天才がいなくても回る世界。
誰がトップになっても、システムと文化が平和を維持する世界。
それが、僕が目指すゴールだと思う。
「今回のアズトラン内戦は、仕方がない。もう始まってしまったから。フェリクスがきちんと終わらせてきて。今回は仕方ない。フェリクス、君に任せたいのは、軍事介入じゃない。『文明の介入』だ。アヴァロンの圧倒的な経済力と文化力を使って、世界をハーグみたいに平和にするんだ」
フェリクスはしばらく黙って考えていたが、やがて深く頷いた。
「……なるほど。ユリアン皇帝のやり方ではなく、父上のやり方で世界を染める、ということですね」
「そうだよ。それが、父さんのグランドストラテジー。つまり大戦略さ。『戦わなくて済む世界にしたい』そういう道さ」
フェリクスの顔から、殺気だった将軍の表情が消え、楽しげな為政者の顔が浮かんだ。
僕は紅茶を飲み干し、ふう、と息をついた。
「頼んだよ、フェリクス。……君の代で、世界を『制度』で一つにするんだ。孫のルーカスの代でもいい。この方法は時間がかかると思う。きっと父さんの時代では終わらない」
それは、ユリアン皇帝ような天才の方法ではない。僕たちが自ら選んだ、勝利条件だった。
晴れ渡るハーグの上空を、数羽の鳥が優雅に旋回しているのが見えた。
ピーヒョロローという鳴き声を聞きながら、父として皇帝として、息子ともう一杯お茶を楽しんだ。
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