第361話 サン・ロサ平原の戦い~アルト・デル・ヴィヒアの丘争奪戦~
【新アズトラン共和国中央軍将軍エステバン・モラレス視点】
『アヴァロン帝国歴181年 1月10日 サン・ロサ平原 リオ・サンタ・ロサ川手前』
乾いた大地に、無数のタイヤ痕が刻まれていく。
我ら新アズトラン共和国中央軍は、北部州国との境界を越え、広大なサン・ロサ平原を北上していた。
目指すは、リオ・サンタ・ロサ川のラインである。
動員に一ヶ月近くを要したが、その甲斐はあったと言えるだろう。
眼下に広がる我が軍の隊列は、かつてのアズトラン軍とは一線を画していた。官・民を問わず徴収した『レオ自動車』製のトラックや乗用車が、兵士と物資を満載して疾走しているのだ。
ハーグの技術が生んだ即席の『機械化歩兵』。その機動力は、徒歩行軍の比ではない。
「エステバン将軍、見てください。敵軍の陣地らしきものが、川の向こうに広がっています!」
助手席のカルロス・エレーラ大佐が、双眼鏡を覗いたまま声を上げた。
私も愛用の双眼鏡を取り出し、川の対岸を凝視する。
「……カルロス大佐、橋はどうなっている?」
「はっ、すでに爆破され、落とされている模様です。橋脚しか残っておりません」
「やはり、戦場はこことなってしまったか……」
私は舌打ちを一つした。
川という自然の要害を盾にし、橋を落として敵の進軍を阻む。もし私が防御側の司令官だったとしても、全く同じ場所に陣を敷いたであろう。
いやらしい。実にいやらしい配置だ。
教科書通りの『ハーグ流軍学』に、あまりにも綺麗に則った戦場の選択であった。
「ならば、あの丘を占拠し、高所からの砲撃支援を行いつつ、工兵に架橋させて渡河するしかあるまい。……あの丘の名前は何と言ったかな?」
川の南側、大きく蛇行する地点を見下ろすように、小高い丘が一つ突き出している。あそこを取れば、対岸の敵陣地を丸裸にできる絶好のポイントだ。
「はい、あの丘の名は『アルト・デル・ヴィヒア』と申します」
「見張りの高地、という意味か。なんとも言えない名前だな。いかにも『ここを取れば勝負あり』と言わんばかりではないか」
私は、丘の稜線に目を細めた。静まり返っているが、無人であるはずがない。
「よし、まずはあの丘を取るぞ。敵兵はいるだろうが、数で押し潰せ。総力でかかれ! カルロス、指揮を頼めるか?」
「はっ、お任せください!」
カルロス大佐は力強く頷くと、地図を指差して提案した。
「将軍は、こちらの平原に砲兵を展開し、対岸の敵本陣へ砲撃を加えていただけますか? そうすれば、敵は釘付けになり、丘への増援を防げると思います」
「よかろう。その案を採用する。私はここから敵陣へ砲撃の雨を降らせておこう。丘の方は任せたぞ」
「御武運を!」
カルロス大佐は敬礼を残し、前線の指揮車へと駆けていった。
【カルロス・エレーラ大佐視点】
砂煙を上げ、トラック部隊が急加速する。
自分は、民間から徴発した車両を大量に投入していた。
荷台に銃兵を鈴なりに乗せただけの急造品ではあるが、そのスピードは馬車の比ではない。一気に丘の斜面を駆け上がり、敵が反応する前に頂上を制圧する作戦だ。
「行け行けぇ!! 止まるな! 頂上まで突っ走れ!」
エンジンが唸りを上げ、車列が丘へと殺到する。
あと少し。あと数百メートルで頂上だ。
その時だった。
ズガガガガガガガッ!
ドーンッ!
乾燥した空気を切り裂き、丘の上から猛烈な銃声と砲撃音が同時に響いた。
先頭を走っていたトラックのタイヤが弾け飛び、横転する。
「ちいいいいっ、やはり敵軍がいたか!」
私は歯噛みした。
伏兵がいることは予想していた。だが、これは何だ?
ヒュンヒュンヒュン!
カンカンカンッ!
車体に当たる銃弾の音が途切れない。
まるで新型の銃でも撃ち込まれているかのような密度だ。だが、音は小銃のものだ。大軍がいるのか?
何たる手練れ、何たる連射速度か!
「これではうかつに近づけん! 全車、停止! 降車しろ!」
このまま車で突っ込めば、蜂の巣にされるだけだ。
私は即座に作戦を変更した。
「散開せよ! 匍匐前進だ! 地面を這って、ジワジワと攻め上がれ!」
兵士たちがトラックの陰から飛び出し、泥と草にまみれて地面を這い始める。
丘の上からの死の雨を避けるには、これしかなかった。
【丘の上にて、アヴァロン帝国軍ブルーコート歩兵隊長カール視点】
「……撃てっ!」
私の号令に合わせ、塹壕から一斉射撃が行われる。
排莢、次弾装填、構え、発射。
その動作に一切の無駄はない。
丘の上に陣取っていたのは、私、カールが率いる『ブルーコート歩兵隊』だ。
もちろん現在は、目立つ青い軍服ではなく、現地の土に馴染む茶色の軍服を着用している。だが、ヴィンターグリュン王国時代からブルーコートの名は、隊の名前として残った。
我々の射撃は、新兵器によるものではない。
ただ、兵の一人ひとりが、恐ろしいほどの反復練習によって、「ボルトを引いて撃つ」そして次弾のカートリッジを装填する、という動作を極限まで速めた結果だ。
百人の兵がいれば、まるで三百人がいるかのような弾幕を張ることができる。それが、ブルーコート仕込みの歩兵戦術だ。
「ふうっ、敵の第一波はなんとか凌げたか……」
眼下では、這いつくばってジリジリと近づいてくる敵兵の姿が見える。数は圧倒的に向こうが多い。
私は熱くなった銃身を冷ましながら、塹壕の壁に背中を預けた。
「しかし、参ったな。ゼナラでの地雷処理任務が終わったと思ったら、次はこのアズトランの戦場かよ!」
隣で装填を行っていた部下が、苦笑いで返す。
「全くだ。隊長、貧乏くじばっかり引きますね」
「本当だよ! いいかお前ら、この任務が終わって本国へ帰ったら、俺は絶対に長期休暇を取ってやるからな!」
私は空になった薬莢を放り投げ、空を仰いだ。
「故郷に帰って、ねーちゃんの友達でも紹介してもらって、俺も結婚するんだ! 可愛い嫁さんと、ブタでも飼って、白い家で静かに暮らすのが夢なんだよ」
「隊長、それ……戦場で一番言っちゃいけないやつです」
「うるさい! とにかく、我々の任務は時間稼ぎだと言われている。もうしばらく粘るぞ! 死ぬなよ!」
「「「はっ!」」」
再び、丘の下から敵の波が押し寄せてくる。
我々は呼吸を整え、再び銃を構えた。
こうして、戦線は膠着した。
アズトランの重く垂れ込めた灰色の空の下。
上空では、腐肉を漁るというハゲワシの群れが、眼下の人間たちをあざ笑うかのように、何かを期待して旋回していた。
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