第358話 独立への課題
【アズトラン北州国総督ラモン・バルガス視点】
『アヴァロン帝国歴180年 10月24日 アズトラン北州 州都プエルト・ロハス』
その光景は、圧巻の一言に尽きた。
プエルト・ロハスの港に、アヴァロン帝国海軍の艦隊がズラリと停泊している。
中央に鎮座するのは、巨大な高速戦艦『ユリアン皇帝』。その威容は、見る者を畏怖させるに十分すぎるほどの鋼鉄の圧力を持っていた。
「これが、世界最強と謳われるアヴァロン海軍……」
私はごくりと喉を鳴らす。
タラップを降りてきたのは、銀髪の青年。アヴァロン帝国皇子、フェリクス殿下その人であった。
若々しい風貌だが、その身にまとう空気は、父帝ライル譲りの王者の風格を漂わせているように見えた。
「出迎え感謝するよ、バルガス総督。突然の訪問ですまないね」
「い、いえ! フェリクス殿下をこうしてお迎えできること、光栄の至りに存じます」
私は緊張で声を強張らせながら、敬礼をした。
まずは、彼が真っ先に気に懸けているであろう場所へ案内する。
「こちらへ。保護させていただいた漁民の方々は、こちらのホテルにおります」
私が案内したのは、市内でも指折りの高級ホテルだ。
ロビーに入ると、不安そうな顔で固まっていたアヴァロンの漁民たちの表情が、一瞬で変わった。
「あ、ああっ! あれは……!」
「フェリクス殿下だ! 殿下が来てくださったぞ!」
どよめきが起き、やがてそれは歓喜の波となって押し寄せた。
漁民たちが、フェリクス殿下の周りにワッと集まってくる。警護兵が止めようとするのを、殿下は手で制して彼らに歩み寄った。
「ううっ、殿下ぁ……! 殺されるかと思いましたぁ!」
「よく来てくだすった……これで、国にけえれる……!」
屈強な海の男たちが、子供のように泣きじゃくっている。
いくら我々が丁重に扱っていたとはいえ、敵地での軟禁生活は生きた心地がしなかったのだろう。
「心配かけたね。もう大丈夫だ。君たちは帝国の宝だ、必ず家まで送り届けるよ」
一人一人の肩を叩き、力強く頷くフェリクス殿下。
その姿を見て、私は改めてアヴァロン帝国という国の結束の固さを思い知らされた。
感動の再会を見届けた後、私たちはホテルの最上階にあるスイートルームへと場所を移した。
ここからは、政治の時間だ。
テーブルには、ホテル自慢の紅茶と、色とりどりのケーキが並べられている。
「うん、このベリーのタルト、酸味が絶妙ですね! 長旅の疲れが癒やされます」
フェリクス殿下は、深刻な会談の場とは思えないほどリラックスした様子で、フォークを動かしていた。
だが、その瞳だけは笑っていない。鋭く、私の本質を見定めようとしているようだ。
私は覚悟を決めた。
小手先の駆け引きなど、このお方には通用しないだろう。
「……フェリクス殿下。正直に申し上げます。我々アズトラン北州は今、限界を迎えております」
私は、洗いざらいすべてを話した。
南の新アズトラン共和国政府との不和。
民衆に残る、シトラリ元皇帝への根強い敬愛と、共和国への反発。
そして、アヴァロン帝国との漁業権問題。
「南のリカルド大統領は、我々に強硬姿勢を求めています。しかし、民衆はシトラリ様が暮らすアヴァロンとの争いを望んでいません。……我々は、板挟みなのです」
私の告白を聞き終えると、フェリクス殿下はケーキを食べる手を止めた。
ナプキンで口元を拭い、真剣な眼差しを私に向ける。
「う~ん、そうですか。……複雑な事情ですね」
重苦しい沈黙が流れる。
アヴァロンの皇子は、我々をどう裁くのか。
フェリクス殿下は、ふと天井を見上げ、独り言のように呟いた。
「きっと、僕の父だったらこう言ったでしょうね」
「ライル皇帝陛下、ですか?」
「ええ。『独立? しちゃえばいいんじゃないかな?』って」
「なっ……!?」
私は耳を疑った。
あまりに突飛な言葉に、思考が追いつかない。
「ど、独立……? それは、本国である共和国を裏切れと申すのですか!?」
思わず身を乗り出した私に、殿下は淡々と言葉を継ぐ。
「裏切る、という表現は正確ではないかもしれません。ですが、シトラリ元皇帝につくのがここの『民意』なんでしょう? だったら、そこは尊重しなくちゃいけません」
殿下は、新しいケーキの皿を引き寄せながら、こともなげに言った。
「あなた方と南の政府は、もう水と油だ。無理に一緒にいても、お互いに不幸になるだけです。だったら、アズトラン北州国として独立し、アヴァロンと友好条約を結ぶ。そうすれば、漁業権の問題も『同盟国』としてスムーズに解決できる」
「しかし、そんなことをすれば南が黙っていないでしょう。戦争になります」
「そのための、我々ですよ。帝国として、正当な独立と認めて『支援』ならしてあげられます。バックにアヴァロンがいると分かれば、リカルド大統領もうかつには手を出せないでしょう?」
にっこりと、悪戯っぽく笑うフェリクス殿下。
その笑顔は、甘いケーキよりも遥かに刺激的で、そして恐ろしい提案を含んでいた。
「お話は、持ち帰らせていただきます……。私の一存では決められませんが、極めて魅力的なご提案です」
「ええ、良いお返事を期待していますよ。……あ、このチョコレートケーキも美味しいですね」
会談は終わった。
解放された漁民たちを乗せ、ヴィンターグリュン・アズトラン連合艦隊は、夕日の中を悠々と引き上げていった。
私は港に立ち尽くし、遠ざかる艦影を見送っていた。
「独立、か……」
今まで、その発想に至ったことはなかった。
我々はアズトランの一部であるという呪縛に、勝手に囚われていただけなのかもしれない。
口の中で、その言葉を転がしてみる。
なぜか、心が晴れやかになる響きだった。
見上げた秋の空は高く、澄み渡っている。
その青さが、今の私の心には深く染み渡るようだった。
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