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投げたら刺さった~ラッキーヒットで領主になった僕の成り上がり英雄譚~【Web版本編・200万PV感謝!】  作者: 塩野さち


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第356話 アズトラン北州自治国の沿岸警備隊

【マルコ提督視点】


『アヴァロン帝国歴180年 10月17日 昼 北海』


 鉛色の空と、それに呼応するかのような暗い海。

 かつて探検家として世界中の海を渡り歩いた私、マルコ・フォン・ブラントにとっても、この北の海の冷たさは骨身に染みるものがあった。


 ラス・バハールでの激戦から一週間。

 我らアヴァロン帝国海軍の艦隊は、フェリクス殿下の命を受け、北海へと展開していた。目的は、ノースグリーン沖の哨戒と、不穏な動きを見せる勢力の監視である。


 私が座乗する旗艦、戦艦『ライル一世』の艦橋から、海面を見下ろす。

 波間には、いくつかのアズトラン籍と思われる漁船の姿があったが、我々の巨大な軍艦の姿を認めるや否や、蜘蛛の子を散らすように水平線の彼方へと逃げ去っていった。


「チッ。さすがに逃げられているか……」


 私は舌打ちをし、愛用の帽子を目深にかぶり直した。

 敵影らしきものは、もはや確認できない。ただ、冬の冷たい風が吹き抜けるばかりだ。


「閣下! 高速戦艦『ユリアン皇帝』より入電!」


 通信士が、ヘッドセットを押さえながら声を張り上げた。


「ワレ、フェリクス。現場ニ着クマデ哨戒ヲ継続サレタシ 以上です!」


「むう、分かった」


 私は腕を組み、唸るように答えた。

 フェリクス殿下は、スカルディア軍港からユリアン皇帝に飛び乗って、そのまま向かって来たらしい。あのお方は、父君であるライル皇帝陛下に似て、じっとしていることができない性分のようだ。


「もしかしたら政治的判断が必要となるやも知れん。フェリクス殿下がいらっしゃるなら心配はいらない。よし、任務を継続するぞ!」


「ハッ!」


 部下たちがきびきびと動き出す。

 この海域は、アズトラン北州自治国とアヴァロン帝国の勢力圏が接する、極めてデリケートな場所だ。一歩間違えれば、戦火が上がりかねない。殿下の到着までは、我々が睨みを利かせておく必要がある。


 その時だった。


「左舷前方! 接近する船影あり!」


 見張り員の絶叫が、艦橋の空気を切り裂いた。


「なんだと!? 漁船か?」


「いえ、違います! あれは……『白い太陽』の紋章旗! アズトラン北州の沿岸警備艇です!」


 私は急いで双眼鏡を覗き込んだ。

 波を蹴立ててこちらへ直進してくる、一隻の中型船。軍艦ではない。だが、その船首は、明らかに我らが旗艦『ライル一世』に向けられていた。


「閣下! 激突コースです!」


「しまった! 錨をおろして停泊したのがマズかったか!」


 哨戒のために足を止めていたのが裏目に出た。停止している戦艦は、ただの巨大な的だ。


「急いで錨を上げろ! 機関始動! 回避しろ!」


「間に合いません! 敵船、速すぎます!」


 操舵手の悲鳴が上がる。

 沿岸警備隊の船は、通常の漁船よりは大型とはいえ、我が艦隊が誇る最新鋭高速戦艦『ライル一世』に比べれば、はるかに小ぶりだ。まともにぶつかれば、木っ端微塵になるのは向こうだろう。


 このままでは、沿岸警備隊の船が沈む。

 そうなれば、国際問題だ。


(まさか、自殺攻撃か!? 我々に『民間船を沈めた』という汚名を着せるための……!)


 冷や汗が背中を伝う。

 相手の狙いが何であれ、衝突は避けられない。


「全員、何かに捕まれぇい! 衝突するぞ!」


 私が叫んだ、次の瞬間だった。

 目前まで迫った沿岸警備艇が、信じられないような機動を見せた。船体を急激に傾け、真正面からの激突を寸前で回避したのだ。


 だが、完全に避けたわけではなかった。

 狙いすましたかのように、彼らは船体を斜めに滑らせ、こちらの土手っ腹にこすりつけるようにして衝突してきたのである!


 ズシーン!


「うわあああああ!」


 凄まじい衝撃が走り、艦橋の床が大きく傾いた。

 金属と金属が擦れ合う、耳障りな金切り音が艦内に響き渡る。私は手すりにしがみつきながら、歯を食いしばった。


 船体が大きく揺れ、棚から書類や備品が雪崩のように落ちてくる。

 やがて、揺れが収まると同時に、報告が上がった。


「て、敵船、離脱します! 沈没の恐れなし! 損害報告急げ!」


 双眼鏡で見れば、船体をこすりつけた沿岸警備艇は、まるで挨拶でもするかのようにスルスルと後退し、そのまま回頭してアズトラン北州の方角へ全速力で逃走していくところだった。


「おのれぇい! ライル一世に傷を負わせるなど!」


 私は拳で手すりを叩きつけた。

 我が艦の横腹には、無残な擦過痕と凹みが刻まれているだろう。誇り高き旗艦に泥を塗られた屈辱に、はらわたが煮えくり返る思いだ。


「砲撃しますか!? 今なら背中を撃てます!」


 砲術長が、血走った目で叫ぶ。

 だが、私はギリギリのところで理性を保ち、首を横に振った。


「……ならん! 撃つな!」


「なっ、しかし閣下!」


「相手は軍艦ではない! 沿岸警備隊……大枠で見れば、民間船のようなものだ! こちらから手を出せば、それこそ奴らの思う壺だ!」


 そうなのだ。

 奴らは軍艦旗を掲げていない。あくまで「警察権の行使」あるいは「事故」を装った挑発だ。ここで我々が主砲を放てば、アヴァロン帝国は「非武装の船を攻撃した野蛮な侵略者」として、国際社会から弾劾されることになる。


(見事な操船技術だ……。沈まず、かつ確実に我々へダメージを与え、政治的な罠まで仕掛けてくるとは)


 私は、遠ざかっていく『白い太陽』の旗を、忌々しく睨みつけた。

 無許可での発砲はできない。現場指揮官としての私の判断は、これ以上のエスカレーションを防ぐことだ。


「……被害状況を報告せよ。応急修理を行いつつ、この場に留まる」


「は、はい……」


 旗艦『ライル一世』は、脇腹に抱えた傷の修理を行いながら、波間に漂うことしかできなかった。

 フェリクス殿下が乗る『ユリアン皇帝』が到着するまで、あとどれくらいかかるのか。


 北の海は、嵐の前の静けさのように、不気味に沈黙していた。

 実に歯がゆい、待ち時間であった。


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