第352話 ユニオン商人エルンスト・ヴァルツァー、ハーグの不動産を買い漁る
【ユニオン商人エルンスト・ヴァルツァー視点】
『アヴァロン帝国歴180年 7月13日 帝都ハーグ 中央大通り 晴れ』
俺の名はエルンスト・ヴァルツァー。
西の経済圏、ウェスタン・トレード・ユニオンに籍を置く商人だ。
今、ユニオンは一種の狂乱状態にある。
理由は、例の『ノースグリーン売却』だ。
アヴァロン帝国から支払われた十億帝国マルクという巨万の富。ユニオン政府はこれを原資に、商人たちへの大規模な助成金給付と、超低金利での融資を決定したのだ。
「景気浮揚のための太っ腹な政策だ!」と、ユニオンの商人たちは色めき立ち、こぞって国内での新規事業や設備投資にのめり込んでいる。
だが、俺は鼻で笑った。
同じ池で釣りをしても、釣れる魚はたかが知れている。
俺は、その金の出どころ――『アヴァロン帝国ハーグ』に目をつけた。
あそこには、十億マルクをポンと出せるだけの「何か」があるはずだ。
俺はすぐに列車でフィオラヴァンテへ飛び、そこから国際列車に揺られて、この帝都ハーグへとやってきた。
着いてまず向かったのは、ハーグ経済の心臓部、『ビアンカ銀行本店』だ。
「いらっしゃいませ。口座の開設でございますか?」
受付の女性が、洗練された笑顔で対応してくれる。
俺は案内されたパンフレットを見て、目を疑った。
「おいおい、定期預金の金利、これ間違いじゃないのか?」
「いえ、正規のレートでございます。現在、当国は高度経済成長の真っ只中にありまして、資金需要が非常に高うございますので」
なんと、ただ単にカネを預けるだけでも、ユニオンでは考えられないほどの利子がつく。
ビアンカ商会や帝都総合商社の社債に至っては、さらに高利回りだ。
俺は、敏感にカネの匂いを感じ取っていた。
ユニオンでは金が余って金利が下がっている。逆に、ここでは成長のために金を欲している。
(……この都は、儲かるぞ)
俺は震える手で口座開設の手続きを済ませると、すぐに次の行動に移った。
次に足を運んだのは、大通りに面した不動産屋だ。
ハーグでの拠点を作るつもりだった。
「いらっしゃい、お客さん。いい物件入ってますよ」
人の良さそうな店主が、物件リストを見せてくる。
俺はそれを一瞥し、再び驚愕した。
(安い……!)
ハーグは発展しているとはいえ、まだ地価の上昇が追いついていない。
対してユニオンは、助成金バブルで不動産価格が高騰しすぎている。
ここの一等地の店舗兼住宅が、ユニオンの倉庫一つ分より安いのだ。
俺は、バッグのチャックを一気に開けた。
中には、ユニオンから持ち出した札束がぎっしりと詰まっている。
「店主。この物件を買おう」
「へっ? あ、ありがとうございます。では契約書を……」
「いや、それだけじゃない」
俺は百帝国マルクの束を、ドサリとカウンターに積み上げた。
「この店ごと、買い取る」
「はええっ!?」
店主が椅子から転げ落ちそうになる。
「建物も、土地も、そしておたくが持っている未公開の物件情報もだ。言い値で構わんぞ」
俺はニヤリと笑った。
(ククク、ただ銀行に預けているより、この『賃貸』ってやつの方が儲かるぜ……)
俺の頭の中では、既に黄金の方程式が完成していた。
一・ユニオンの政府融資(超低金利)で大量に金を借りる。
二・その金で、ハーグの割安な不動産を買い漁る。
三・家賃収入と地価上昇益を得る。
四・その利益でユニオンの借金を返し、さらに物件を増やす。
(見つけたッ! これぞ、金利差と成長率を利用した必勝パターンだっ!)
いわゆる裁定取引だ。
俺は契約を即決し、意気揚々と店を出た。
ハーグの空は青く澄み渡り、街角からは軽快な音楽が聞こえてくる。
最近流行っているという、あのスーパーの歌だ。
「♪ハ~ンスマート、ハ~ンスマート、主婦の味方だハ~ンスマート~」
俺はそのメロディを口ずさみながら、我が物顔で大通りを闊歩した。
この街の不動産王になる日は、そう遠くない。俺は確信していた。
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