第351話 パパ友の会 えっ、あの新しい領土で魚とっていいのかよ? よっしゃ、一儲けしてやろうじゃないの!~遠洋漁業の流行~
【ライル視点】
『アヴァロン帝国歴180年 6月10日 帝都ハーグ 公衆浴場「元祖ハーグの湯」 夜』
僕は時々の楽しみである「パパ友の会」に出ていた。
かつては、夜泣きやオムツ替えの悩みを語り合った若き父親たちも、今や白髪が混じり、商店主や親方、あるいは会社の重役といった、それぞれの社会的な地位を持つ集団となっていた。
だが、裸になれば関係ない。
湯気が立ち込める広い浴槽で、僕たちはただの父親に戻って語り合うのだ。
「ふぅー……。やっぱり広い風呂はいいなぁ」
僕が手ぬぐいを頭に乗せてお湯につかっていると、隣で同じように赤ら顔になっている男が話しかけてきた。
スカルディア港湾運送業の顔役、ガンツさんだ。
「そういやぁよぉ、ライルさん。あの新しい領土……ノースグリーンだったか? あそこの海って、勝手に魚とっていいのかい?」
「えっ!?」
唐突な質問に、僕は目をぱちくりさせた。
「う、うーん。そうだねぇ。もう僕らの国だし、法律上は問題ないはずだよ。入漁料とかも、今のところ設定してないし……いいんじゃないのかな?」
「おおっ、そうかい! そりゃあいいことを聞いた!」
ガンツさんは、バシャリとお湯を叩いて喜んだ。
「実はよ、近場の海は最近競争が激しくてな。ちょっくらデカい船を仕立てて、北の果てまで『遠洋漁業』ってやつに出してみっかな? ガハハ!」
「なるほど、遠洋漁業かぁ。夢があるねぇ」
僕はのんきに笑って、「大漁だといいね」と返した。
いつもの湯船での、何気ない会話であった。
しかし、この言葉が、ハーグ中に知れ渡るのはとてつもなく早かった。
「皇帝陛下のお墨付きが出たぞ!」「北の海は手つかずの黄金郷(漁場)だ!」と。
翌日から、ハーグの北にある港湾都市スカルディアは、蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
一攫千金を夢見る海の男たちが、大型船に食料と燃料を積み込み、次々と霧深い北の海へと出航していったのだ。
そして――。
『一か月後 7月10日』
最初の船団が、スカルディアの港に戻って来た。
船の喫水線が、深く沈み込んでいる。
「おーい! どうだったー!?」
港で待っていたガンツさんが叫ぶ。
船長が、甲板から親指を立てて吼えた。
「ガハハハハ! 大漁だぜえ! 網が破れるかと思ったわ!」
船倉が開けられると、そこには見たこともないほど巨大なカニ、丸々と太ったタラ、そして銀色に輝くサーモンが、氷漬けになって山のように積まれていた。
「す、すげえ……! これがノースグリーンの恵みか!」
ハーグとスカルディアの間には、既に鉄道が整備されている。
港に横付けされた『冷凍貨物車』には、次々と海産物が積み込まれていった。
蒸気機関車が汽笛を上げ、新鮮な海の幸を帝都へと運んでいく。
『同日 夜 白亜の館 ダイニングルーム』
その日の夕食。
テーブルの中央には、グツグツと煮えたぎる土鍋が置かれていた。
「へえ、これが新名物の『海鮮鍋』かぁ」
昆布出汁のいい香りが漂っている。
中には、ノースグリーンから届いたばかりのタラの切り身が、野菜や豆腐と共にたっぷりと入っていた。
「いただきまーす」
フーフーと冷まして、タラを口に運ぶ。
ホロリと崩れる白身。淡白なのに濃厚な旨みが、口いっぱいに広がる。
「んん~っ! 美味しい! 身がプリプリしてる!」
僕は思わず顔をほころばせた。
夏場に熱い鍋というのも乙なものだ。冷えたビール(もちろんハーグ産)がよく合う。
フェリクスやヴァレリアも、「これはフォークが止まりませんね」と夢中で食べている。
レオの彼氏のマリアちゃんや、フェリクスの奥さんのノーラちゃんなどは、先ほどから一言もしゃべらずに、無心で頬張っている。
窓の外、ハーグの街のあちこちの食堂からも、湯気と笑い声が上がっていることだろう。
たった一マルク(と十億)で買った氷の大地は、予想以上に豊かな恵みを僕たちにもたらしてくれたようだ。
(ああ、やっぱり、ノースグリーンを買って正解だったなぁ)
僕はタラの身を噛みしめながら、湯船での会話から始まったこの美味しい奇跡に、心の中で乾杯した。
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