第347話 アイスクリームの衝撃! こっ、これが文明の味というものじゃろうか?
【ノヴァラ女王ニア視点】
『アヴァロン帝国歴180年 5月16日 貴賓列車内 食堂車』
妾は数日間、列車内でそれはそれは怠惰な日々を過ごしておった。
この「貴賓車」なる空間は、動く城どころか、動く天国じゃった。
「ニア様、本日のメインディッシュは『厚切りトンカツ』と『ハーグ豚の生姜焼き』でございます」
「うむ! どちらも持ってこい!」
サクサクの衣をまとったジューシーな肉。甘辛いタレが絡んだ香ばしい肉。
とにかく美味いものを腹いっぱい食べては、ふかふかの寝台で寝るだけ。
たまに起き出しては、通訳のクララ殿からハーグの公用語を教えてもらう。
まさに、女王にふさわしい(?)優雅な旅路であった。
そして、ある日の食後。
運ばれてきたそれは、白い冷たいものじゃった。
「……クララよ。これはなんじゃ? 雪か? それとも雲か?」
ガラスの器に盛られた、純白の塊。
湯気ではなく、冷気のような白い煙がわずかに漂っている。
そう、まるで空に浮かぶ雲を、そのまま掬い取ってきたような白さじゃ。
「これは『アイスクリーム』というデザートですよ。とても美味しいですから、溶けないうちにどうぞ」
クララが、ニッコリと微笑んでスプーンを渡してくれる。
アヴァロンの民は、雪を食べるのか?
半信半疑のまま、妾はスプーンでその白き山をすくい、えーいっ、と意を決して口へと運んだ。
ひやり。
最初は冷たさが舌を刺した。
だが、その直後――。
とろり。
濃厚なミルクの甘みが、口の中いっぱいに広がり、鼻腔へと抜けていった。
冷たいのに、優しい。儚く消えるのに、強烈な幸福感を残していく。
「――っ!?」
妾はカッ! と目を見開いた。
天にも昇るような至福が、全身を駆け抜けたのじゃった。
「あ、甘いのじゃ! 冷たくて、甘くて、美味いのじゃ! こっ、これが文明の味というものじゃろうか!?」
「ふふっ、気に入っていただけて何よりです」
「もっとじゃ! もっと食べたいのじゃ~!」
妾は猛烈な勢いでスプーンを動かした。
一杯、二杯、三杯……。
「あらあら、ニア様。そんなに急いでアイスを食べると、お腹を壊しますよ?」
「なんの! この程度でノヴァラの女王が音を上げると思うてか!」
忠告も聞かず、妾はもくもくとアイスを食べ続けた。
しかし、数十分後。
きゅるるるる~っ。
「……うっ」
お腹から、悲しげな音が鳴り響き、鈍い痛みが走った。
どうやら、冷やしすぎたらしい。
だが、懲りないのが妾である。
旅の後半は、アイスを食べては腹をさすり、寝て回復してはまたアイスを食べるという、甘美なる苦行の連続じゃった。
『5月20日 アヴァロン帝国 帝都ハーグ』
そして、列車はついに終着点、帝都ハーグへとたどり着いた。
プシューッという音と共に扉が開く。
ホームに降り立った妾は、開いた口が塞がらなかった。
「な、なんじゃここは……!?」
見上げるほど高いガラス張りの天井。行き交う無数の人々。
そして、見たこともない数の列車が並んでいる。
ハーグ中央駅。その巨大さは、我が国の城塞都市が丸ごと入ってしまうのではないかと思うほどじゃった。
「これはこれは、ニア女王陛下。ようこそアヴァロン帝国へいらっしゃいました」
呆然とする妾の前に、一人の紳士が現れた。
仕立ての良い服を着た、知性溢れる瞳の男。
アヴァロン帝国の重鎮、グレン・オルデンブルク公である。
「う、うむ、くるしゅうない! 出迎えご苦労じゃ!」
妾は精一杯の威厳を保って答えたが、内心はドキドキであった。
「さあ、お宿までご案内いたします。こちらへ」
グレン公に導かれ、駅の外へ出ると、そこには黒塗りの『車』が待っていた。
牛も馬もいないのに動く鉄の箱。
これに乗っての移動もまた、驚異的であった。
石畳の上を滑るように走り、風を切って進む。
「この車という乗り物はすごいのう! まるで魔法の絨毯じゃ!」
窓に張り付いてはしゃぐ妾を、グレン公は優しく見守ってくれた。
やがて、車は一際高い建物の前で止まった。
「到着いたしました。こちらが本日より滞在していただく『ビアンカホテル』でございます」
見上げれば、首が痛くなるほどの高さだ。
ハーグで一番高い建造物だという、白亜の巨塔。
こうして、田舎から出てきた……じゃなくて、視察に訪れた妾たちは、この文明の粋を集めたホテルの客人となったのじゃった。
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