第345話 ノヴァラ領の石炭産業と牛
【ノヴァラ女王ニア視点】
『アヴァロン帝国歴180年 5月10日 ノヴァラ公国 森林都市ノヴァラ 曇り』
どんよりと垂れ込めた曇り空は、今の私の心模様そのものだった。
ここノヴァラ公国は、険しい山々に囲まれた鉱山の国だ。
かつては、山から掘り出される「黒いダイヤ」――石炭の輸出で栄えていた。
だが、その繁栄に陰りが見え始めている。
「……女王陛下」
重々しい足音とともに、玉座の間に一人の巨漢が現れた。
ノヴァラの屈強な戦士たちを束ねる戦士長、ボルグだ。
岩のような筋肉を持つ彼だが、今日の顔色は冴えない。
「申し上げにくいのですが、また商工会から泣きつかれました。……最近、石炭の売れ行きが極端に悪くなっております」
「……うむ」
私は深くため息をつき、玉座の肘掛けを叩いた。
「そのようなこと、私だって知っている。報告書を見れば明らかだ。先月に比べて四割減……。このままでは、鉱山労働者たちが路頭に迷ってしまうぞ」
石炭が売れない。それは、国の血管が詰まるのと同じことだ。
私は家臣たちを見回し、問いかけた。
「いったい何が起きているのだ? 冬が終わったとはいえ、鍛冶場や工場の需要まで消えるはずがあるまい」
広間で議論が始まるが、誰も明確な答えを持っていなかった。
そんな中、一人の文官がおずおずと手を挙げた。彼は交易の担当で、事情通の男だ。
「あの……恐れながら、陛下。どうやら、北のアヴァロン帝国、特にハーグ周辺の影響のようです」
「ハーグだと? あそこは、農業と食い物の国ではないのか?」
「それが……。最近、ハーグでは石炭の代わりに、『石油』なる燃える水が飛ぶように売れているそうです」
「燃える……水だと?」
私は眉をひそめた。
「はい。なんでも、煤が出ず、火力も調整しやすく、しかもハーグ製の『コンロ』や『給湯器』といった便利な道具には、その石油やガスという燃える空気が使われているとか。……周辺諸国も、こぞって石炭から石油へと切り替えているようです」
文官の言葉に、広間がどよめいた。
新しい技術が、古い産業を駆逐しようとしている。
それが時代の流れだと言われればそれまでだが、指をくわえて座して死を待つわけにはいかない。
「……なるほどな」
私は立ち上がり、腰に帯びたライフルを握りしめた。
「相手が見えないまま怯えていても始まらん。ハーグという街、そして以前に缶詰をくれたライルという男……。いったいどのような魔法を使って、世の中を変えているのか」
私の瞳に、決意の炎が宿る。
「よし! 一度ハーグとやらに行ってみて、私たちの目で、どうなっているのか確認しようぞ!」
「へ、陛下ご自身がですか!?」
ボルグが目を丸くする。
「うむ! それに、石炭が駄目なら、我が国にはまだこれがある!」
私は窓の外、牧草地でのんびりと草を食む、巨大でたくましい生き物たちを指差した。
ノヴァラが誇るもう一つの名産品、おいしい牛『ノヴァラ牛』だ。
「我が国の牛は美味いし、荷物も運べる。これを手土産に、ハーグへ乗り込むのだ! 商談の一つもまとめてこられなくて、何が女王か!」
こうして、私の号令一下、ノヴァラ王国の一団は慌ただしく旅支度を始めた。
国内の美味しい牛を、集めに集めまくった。
牧場という牧場から選抜された、丸々と太り、艶やかな毛並みをした牛たちが、城下へ続々と集結する。
その数、およそ五百頭。
ただの食料ではない。これは我が国の誇りであり、未来を切り開くための「切り札」なのだ。
「見よ! この見事な肉付きを! これならハーグの連中の胃袋もイチコロだ!」
私は牛の背をバンバンと叩き、意気揚々と号令をかけた。
「行くぞ! 目指すは北の大国、ハーグだ!」
巨大なノヴァラ牛に荷物を満載し、私、ニアを筆頭とする使節団が、一路ハーグへ向けて出発することとなったのである。
地響きとともに進む牛の大群。その壮観な光景は、まさに牛による進撃であった。
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