表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
投げたら刺さった~ラッキーヒットで領主になった僕の成り上がり英雄譚~【Web版本編・200万PV感謝!】  作者: 塩野さち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

344/396

第344話 雪解けのバーボン

【ルースキア皇帝イヴァン視点】


『アヴァロン帝国歴180年 4月29日 クラスノグラード皇宮 謁見の間』


 朕は、怖がりすぎていたのではないだろうか?


 玉座に座り、目の前に立つ三人の人物を見下ろしながら、朕は自問していた。

 アヴァロン帝国皇帝ライル。その妃ヴァレリア。そして重鎮グレン公。

 かつて朕が「西の虎」と恐れ、警戒していた者たちだ。

 だが、昨夜、給仕の姿で現れたライルという男には、一片の殺気も、野心的なぎらつきもなかった。


「……して、ライル殿。貴国の要求を聞こう。交易を望むならば、相応の対価が必要であろう?」


 朕は努めて威厳を保ち、問いかけた。

 我が国が誇る地下資源か、それとも領土の割譲か。どんな無理難題を吹っかけられるかと身構えていた。

 しかし、ライルはきょとんとした顔で、とんでもないことを言った。


「条件? うーん、一つだけあるよ」


「申してみよ」


「あの、牢屋に入っているジューコフ将軍って人、解放してあげたら? なんならウチで引き取るよ」


「……は?」


 朕は耳を疑った。

 ジューコフ。かつての英雄だが、先の戦争での敗戦責任を問われ、朕が投獄した老将軍だ。

 政治的な価値など、もはやないに等しい。


「彼だけで、よいのか?」


「うん。優秀な人だって聞いてるし、飼い殺しにするのはもったいないよ。ハーグに来れば、美味しいラーメンも食べられるしね」


 ライルは事も無げに笑った。

 底が知れない。いや、あるいは本当に底がないほど純粋なのか。

 朕はため息をつき、頷いた。


「よかろう。ジューコフの身柄は貴国に預ける。……好きにするがよい」


「ありがとう! 話が早くて助かるよ!」




 その夜、宮殿で歓迎の宴が開かれた。

 堅苦しい形式は抜きにして、ライルが持ち込んだ酒が振る舞われた。


「さあ、イヴァン君も飲んで!」


 ライルがグラスに注いだのは、琥珀色の液体。『ハーグ・バーボン』だ。

 一口含むと、芳醇な樽の香りと共に、カッとした熱さが喉を駆け抜けた。


「……美味い」


 気付けば、朕の肩から力が抜けていた。

 酔いが回るにつれ、これまで抱えていた猜疑心や恐怖が、どうしようもなく馬鹿馬鹿しく思えてきた。

 朕は何を怯えていたのだ。こんなに話の通じる相手に、門を閉ざして。


 朕は、酔いに任せて、長年の悲願を口にしてみた。


「……ライル殿。我が国は、冬になると海が凍る。……南の、凍らない港が欲しいのだ」


 それは、歴代皇帝が血道を上げてきた侵略の動機だ。

 言った瞬間、場の空気が凍るかと思った。

 だが、ライルはバーボンを煽りながら、軽く手を振った。


「ああ、いいよ。フィオラヴァンテの港、一部貸してあげる」


「……なっ!?」


 隣で宰相ヴィクトルがワインを吹き出しそうになっていた。

 フィオラヴァンテといえば、西方の要衝ではないか。


「いいのか? あそこは軍事的にも重要な……」


「だからこそ、仲良く使えばいいじゃない。ルースキアの船が来れば、ハーグも賑わうし。ウィンウィンってやつだよ」


 ライルはニカッと笑った。

 その笑顔を見たとき、朕の中で何かが完全に音を立てて崩れ、そして溶けた。

 雪解けだ。朕の心の中の、長い冬が終わったのだ。


「……くっ、ふふっ、ははははは!」


 朕は腹を抱えて笑った。皇帝になってから、こんなに笑ったのは初めてだった。


「本当に、本当に朕は……今まで何をしていたのであろうな……」




 饗宴は数日にわたって続いた。

 そして今日、ライル一行が帰路につく日が来た。


 朕は宮殿のバルコニーから、彼らの車列を見送っていた。

 広場には、多くの民衆が集まっていた。

 彼らはライルの車に向かって手を振り、感謝の言葉を叫んでいる。


「ありがとう、ハーグの皇帝さん!」

「また来てくれよー!」


 かつては敵国の王に向けられるはずのなかった歓声。

 だが、朕はそれに嫉妬することはなかった。

 むしろ、誇らしかった。あのような男と、友になれたことが。


「……達者でな、ライル。また会おう」


 遠ざかる背中に、朕は小さく呟いた。

 春の風が、心地よく朕の頬を撫でていった。


「とても面白い」★四つか五つを押してね!

「普通かなぁ?」★三つを押してね!

「あまりかな?」★一つか二つを押してね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ