第四十八話 理から外れた者
ラクトが喫茶店を去った後しばらくして、アリエはやっと落ち着き、彼女も喫茶店を後にしていた。
外は完全に夜。出歩く人はまばらで、橙色の街灯が辺りを照らしている。緩やかに流れる風が、彼女の頬を撫でていた。
いつもと変わらない夜。だが、外に出た彼女は、何とはなしに顔を上げた。
視界に入るのは、真っ黒な空。灯りが多いこの都市からでは、星はほとんど見えない。
それでも彼女は、何かを尊ぶように目を細めた。
(何をやっていたんだろう……私は)
今日までを振り返り、心の中では沢山の後悔が浮かび、彼女を責め立てる。
それと同時に思い出されるのは───今まで彼女に接してきた者の記憶。
『何ボサボサしてんだ! とっとと逃げんかい!!』
『冒険者をやめる、か。そうか……ねぇ、アリエ君、受付嬢に興味は無いかい? 丁度今、新しく募集をしててさ』
『絶対に、生き続けてください』
(今思うと、私は周りに恵まれていた。優しかった両親に、私の命を助けてくれた冒険者、職を手放そうとしていた私に新たな職を提供してくれたギルドマスター、そして───あんなことをしたのにも関わらず、責め立てることはせず、ただ生きろとだけ告げて去っていったラクトさん………本当に本当に、良い人達に囲まれていた、のに……私はっ)
アリエの肩がまた震え出す。
彼女の瞳からこぼれる涙、それは自分への憤りからか、
(その全てに、仇で返してしまった……自分から、全てを手放してしまったっ……! 馬鹿だっ、私……)
全てを失ってしまった、悲しみからか。
彼女はすぐにその涙を拭う。
(………これで、良かったのかもしれない。馬鹿で愚かでどうしようもない私には、勿体ないぐらい良い場所だった。本来、私のような愚物がいるべき場所じゃなかったんだ、ここは。それがやっと、分かった)
その後、アリエは晴れ晴れとした顔で再び空を見上げる。
だが、晴れ晴れとしているものの、その表情にはどこか歪さが伺えた。
「……」
ある程度空に視線をやった所で、アリエは視線を空から切った。
その後、彼女は歩き出す。
彼女の足は、街の暗闇の方へと向いていた。その後、まるで闇に呑まれるように、彼女の姿は消えていった。
□□□
どう言えば……何を言えば、良かったのかな……?
俺は寮へと帰ってる最中、先のアリエさんとの話を思い返していた。
こちらに非は無い。でも、半ば共感できる所もあったから、何て言葉をかければいいか迷った。
でも、何も言葉をかけなかったら、アリエさんが潰れちゃうような気がして……「気にしないで」という言葉でも、あまり意味を成さないような気がして……あんなことを言った。
でも、言ったら言ったで後悔がある。もっと他に良い言葉があったんじゃないかって、どうしてもそう思ってしまうのだ。
……村から出た後、あまり人と関わってこれなかった弊害、か。そういえば、レベルアップができるようになってからも、強くなることに夢中で、人との交流は増えなかったな。……むしろ、減ってないか?
「……こんなんじゃ駄目だな」
俺は思い直す。
俺が目指すのは“孤高”じゃない。“最強”でありながらも、人々に手を差し伸べる“理想”だ。
自分一人だけで全部なんとかしようとか、そんな独りよがりは思っていない。そんな独りよがりは、最早騎士ではないからだ。
騎士になれるのは一人だけとか、そんなことはない。国を守るため、それなりの者が毎年騎士となる。何人も騎士になるということは、敵に対して、複数人で一丸となって立ち向かえということだ。仲間と協力できない者は騎士ではない。
俺は、自分で言うのもなんだが、かなり強くなったと思う。
これなら、学院のカリキュラムにも十分ついていくことができるだろう。
なら、これからは、もっと多くの者と関わりを持つことも、していかないとな───。
そうやって、今後についての方針を決めた所だった。
「やぁ」
その男が、現れたのは。
□□□
話し掛けられた。
だが、俺はこの男を知らない。
黒いフードに黒い服、黒い髪と、全身黒づくめの男。
いきなり路地裏から出てきた男は、まるで俺とは旧知の仲とでも言うかのように、友好的に接してきた。
だが、何度も言うように、俺はこの男を知らない。
「……誰だ?」
いつでも戦闘に入れるよう、俺は警戒態勢に入る。
この男とは初対面。彼が誰なのか、どんな男なのか、全く分からない。
だけど、この男と対面しているだけで、俺の本能が「警戒しろ」と告げてくる。
誰だ……一体何なんだ? この男は。
俺のあからさまな警戒。対して、目の前の男は、まるで警戒されることが分かっていたかのように軽快に笑って。
「そんな警戒しないでくれよ。別に僕は君を害そうとして来たんじゃない。むしろ逆、君の手助けをしようと思っている」
軽快そうに笑った後、今度はまるで誘惑するように蠱惑な笑みを浮かべて、男は俺の方に手を向けてきた。
………俺の、助け?
俺はこの男を知らないというのに、この男は俺を知っていると言うのか?
しかも、いきない出てきて「助ける」とか、気持ち悪い以外の何者でもないぞ。
………。
「まずは名乗ったらどうだ?」
俺は警戒したまま、男に訊ねる。
「ん? あぁそうだね。確かに。これは失念していた、申し訳ない」
俺が名を訊ねたのがそんなにも面白かったのか、男の機嫌が見るからに良くなり、愉快に笑い出した。
その男の態度が俺には理解できなくて、さらに不快感が強まる。
何だろう、この男の一挙手一投足、そのどれもが俺には受け付けられない。近くにいるだけで不快になる。こんな相手に会うのは、初めてだ。
だが、そんな俺の考えは伝わる筈もなく、男は言葉を続けた。
「そうだね、名か……。名乗るほどの名前はいくつも持ってるんだけど、う〜ん、そうだねぇ……」
ただ名前を言うだけの筈なのに、何故か男は悩み始める。
何でここで考える必要があるんだ?
何やら熟考する男。だが、少しすると、何か閃いたのか目を見開いて。
「うん、そうだ、こう言おう───名乗るほどの名前は無い」
「……」
あ、やばい、苛ついてきた。
あれだけ考えて、出てくる言葉がそれか。
「まぁ、実際、僕には真名が無い。それはすでに捨てた。だから、僕は文字通り名無しなんだよ。でも、人と関わるなら名はあった方がいいね。今度考えとくよ」
「……」
名が無い……? じゃあ、さっきの「名乗るほどの名前はいくつもある」ていうのは何なんだ?
だが、俺が疑問を覚えている間にも話は続いていく。
「代わりに、称号でご挨拶するかな。私は……ランク10の聖闘士」
「……?」
まるで自分の持っている称号を自慢するように、胸を張って自己紹介をする男。
だが……生憎と、俺は戦闘士なんて職業は知らない。それに、ランクも数字式なんて………。
「───」
ちょっと待て。数字式のランク? ───っ、まさか、戦闘士じゃなくて聖闘士か!?
それって───獣人の国の職業じゃないか!?
思考するために落としていた視線を男に戻す。
その男の頭には、さっきまでは無かった筈の黒狐の耳が生えており、ピョコピョコと動いていた。
俺が耳を見つけたことに気付いたのか、男が挑発的な笑みを浮かべて顔をこちらに向けてくる。
そして、男は目を伏せると、狐の耳周りにいきなり黒い霧が少しの間発生して、霧が晴れると狐耳が消えており、代わりに今度は人間の耳が長く尖った形へと変化していた。
「さらには、精霊級の守り人であり」
守り人!? 今度は森人の職業!??
獣人、森人と、二つの国の職業を兼任しているだけでとんでもないことだ。
本来、獣人や森人の職業は、種族の違いにより就くことができない。獣人は獣人、森人は森人の職業のみにしか就けない。というか、それぞれの職業に就くにはそれぞれの種族が興した国に行かないといけないのだが、種族が違うとそもそも入国すら難しいと言う。戦争こそしていないものの、どの種族も他種族との仲が相当悪い故だ。
にも関わらず、男は二つの職業に就いていると言った。しかも、男の口上はまだ続くようだ。
そして、次の口上を上げると同時に、今度は男の体全体を覆う黒い霧が発生して、霧が晴れると、男の肌全体が褐色になっており、背も低くなっていた。
「オリハルコン級発掘師」
土人の職業まで……! しかも、外見が土人そっくりに変わっている。
三つの職業を並べるだけでも歪。
にも関わらず、この男は、それぞれの職業で、ランク10、精霊級、オリハルコン級と名乗った。それはどれも、それぞれの職業において最上位を示す等級だった筈だ。他種族の最上位等級も、人間のSランク同様、なれたものはいなかった筈。
歪も歪、最早有り得ないの域を超えている。
こんな得もできない称号を並べて、何がしたいんだこいつは???
「そして、このアスラでは、Sランク冒険者の称号を得ている者だ」
いつの間にか元の人間の姿に戻っていた男が、最後に、そんなことを騙った。
俺達冒険者の頂点まで騙るか。
気性の荒い冒険者が聞いたら殺されるぞ。
事実、そこまで冒険者に思い入れは無い俺でも、今の発言は癇に障った。
獣人やら森人やら姿を変える演出もあり、最初は動揺したが、冷静に考えたら、これはホラだって分かる。
俺は隠しもせず、懐疑的な目を男に向けていた。
「……信じてないね?」
「当然だ」
「あ〜悲しいなぁ。僕は本当のことしか言ってないのに〜。どうして誰も信じてくれないかなぁ〜。……大人しく信じとけよ」
「……」
男のあからさまなふざけた態度に、苛つきが募る。
自然と、男を見る目が鋭くなる。
それを見て、男は慌てるような仕草を取り、弁明を始めた。
「あぁごめんごめん。だから怒らないで。クールダウンクールダウン。そ、そうだな……うん、僕のことは『ラナー』とでも呼んでくれ」
「……らなー?」
「あれ? 知らない? これだけど」
俺が「らなー」というのを知らなかったから、男は少し驚き、こちらに手の甲を見せてきた。
男が手を握ると、水色に光る刻印が甲に浮かび上がってくる。
……何だそれ?
「……本当に知らないみたいだね。珍しいな。……流石は理の女神。平穏を乱しかねない事象については悉く排除してるって訳か。───忌々しい。だからこの世界は成長しないんだ」
ここに来て、男が初めて感情を見せた気がする。
男は自分の斜め上の方を向いて、まるで天に怒りを抱いているようだった。
「………」
「あぁごめんね。すっかり話が逸れちゃった」
だが、その怒りも一瞬で、すぐに男は表情を戻すと、こっちに向き直る。
……このまま行くと、ダラダラと話が続く気がする。
「お前は、何しに俺の前に現れたんだ?」
だから、先にこっちから、本題を切り出すよう促した。
その言葉を受け、男が顔を綻ばす。
「お、そっちから訊いてくれるとは嬉しいね。なになに、興味湧いてきた?」
「……」
「ふふ、まぁ教えてもいいけどね……ん? 訊きたい? ん?」
………。
帰るか。
俺はラナーを無視して寮への帰路に戻る。
「あっ、ちょ、無視しないで! ごめん! 謝るって! だから待って! 置いてかないで!」
「……じゃあ、とっとと要件を話したらどう?」
「あ、やっぱり気になってるんだ?」
「……帰る」
「ごめんて!」
何なんだこいつは?
「要件! 要件話すから!」
「なら早く言え。俺は早く帰りたいんだ。勧誘とかだったらお断りだぞ」
今までの荒唐無稽な言葉と、ここまでやけにしつこく絡んでくるラナーの姿勢から、何か怪しい宗教の勧誘にでも来たんじゃないかと疑いが生じてきてる。
「勧誘とかじゃないって。ちゃんと要件話すから、しっかり聴いててよ?」
「……」
とりあえず話は聴いてみるか。くだらない話だったら、もう『縮地』を使ってでも即帰ればいいし。
ラナーがやっと本題を話し始める。
「君は、神様の存在を信じるかい?」
帰ろう。
「ちょっ! 無言で帰り始めないで!」
「勧誘ならお断りだって言ったけど?」
「勧誘じゃないって! どっちかって言うと、これは僕から君へ対する提供!」
「………提供?」
ほんの少しだけ興味が戻ったので、俺は足を止める。
「はぁ……本当はもっと順を追って話したかったんだけど、もういいや。単刀直入に言うとね、僕は君の手助けをしたいんだ。君がより早く強くなれるよう、こちらで強敵を準備しようって言いたいの」
「どういうことだ?」
「それをさっき説明しようとしてたんだよぉ。今度は最後まで聴いてよ?」
ラナーが呆れたように溜め息をつく。
いや、というか、ラナーが変にこちらを挑発するから、ここまで話が長引いたんじゃないか。何だか釈然としない。
「本当は、女神の所から細かく説明してあげようと思ってたけど……また長々とやったら君に帰られそうだ。簡潔に説明してあげる」
最初からそうしてくれ。
「単刀直入に言うよ」
ラナーが背筋を伸ばし、姿勢を正す。
そうして、ほんのりと口角を上げ、怪しげに笑った。
「君、レベルアップしてるよね?」
───は?
「なっ!?」
一瞬、何を言われたか理解できなくて、フリーズしてしまった。
けど、すぐにその言葉の意味を理解して、思わず声が出てしまうほど驚いてしまう。
何で……レベルアップのことを!?
「やっぱり。僕も経験あるから分かるんだよねぇ。まぁ、僕の場合、君ほど拗れてなかったけど」
経験が、あるって……こいつも、レベルアップができるってこと!? 俺だけじゃなかったのか!?
「レベルアップって素晴らしいよね。敵を倒せば倒すほど、それに比例して強くなれる。努力が必ず報われるのさ。これほど見事なシステムはそうない。あぁ……やっぱり、こう考えてみると、レベルアップとは、なんて甘美で、傲慢なんだって思うね」
ごう、まん……?
そもそも、システムって何だ?
「あ、勘違いしないでよ? 別に僕は君を批判したい訳じゃない。むしろその逆。君のレベルアップは、見てて爽快だ。僕は君のファンになったんだよ」
ふぁ、ふぁん……?
何言ってるんだ、この男は?
「正確には、君が紡ぐ物語のファン、だね。君の行く道、君の生き様、その全てに惚れたんだ。だからどうか、このまま突き進んで欲しい。君という物語を、もっと僕に見せてくれ」
……。
何と言うか……言葉が出ない。
本当に何なんだ? こいつは。
というか、「見てた」って……それじゃあまるで、ネフィサファ鉱山に閉じ込められた時も、俺の様子を観察していたみたいな言い草じゃないか。
「「みたい」じゃなくて、その通りだね。僕は“観測者”だ。見たい事象を見たいままに見ることができる。だから、君がゴブリンカイザーと戦っていた時も、君が地下で一ヶ月を過ごしていた時も、そして、君が精霊種と戦っていた時も、僕は見ていた」
「なっ───」
「「何で助けてくれなかったのか?」なんて野暮なことは訊かないでよ。言ったろ、僕は観測者、舞台に上がる者じゃない。余っ程のことがなければ、僕は物語に関わろうとすらしない。主人公の前に現れるなんて、以ての外だ」
「主人公??」
「君のことだよ、ラクト君。間違い無く、この世界は、君を中心に回っている。まぁ、女神二柱からの干渉があるんだし、当たり前と言えば当たり前だけど」
今更だが、やっぱり俺の名前も知っているのか。
しかも、平然と俺の心を読まれた!?
それだけでも驚くべきことなのに、それよりも……というか、この男の言っていることが、俺にはほとんど理解できない。
俺の物語だとか、主人公だとか。ここは現実で、本の世界じゃないんだぞっ。
女神の干渉? 俺が中心? ふざけんな!
俺が死にかけていた時も、ただ見てたって言うのか、こいつはっ。
「怒ってるね。でも、しょうがないじゃないか。僕だって僕なりの理由がある。そうそう前に出ることはできないんだよ」
「その理由って?」
「長くなるけど、聴きたい?」
それを聴いて、俺は舌打ちをしてしまう。
正直、「何で助けてくれなかったんだ!?」と小一時間ほど問い詰めたい気持ちはある。だが、ここまでの話と、今の「聴きたい?」と言った時のこいつの表情からして、まともに理由を話す気は無いように感じた。また茶化して有耶無耶にされるような気がする。
精霊種とは一体何のことだって訊きたい気持ちもある───が、これも訊くだけ無駄な感じがするし。
俺は諸々の感情を呑み込んで、話を続けることにした。
「……いい。本題を話してくれ」
「はーい」
ラナーが片手を上げて反応を示す。
何かちょっと子供っぽい仕草になったな。
「さっきも言ったけど、僕は余っ程のことがなければ表に出ない。その僕がここにいるってことがどういうことか、分かる?」
「……余っ程のことが、起きた?」
「その通り!」
ビシッと、こちらに指を突き出して向けてくる。
やっぱり、こいつのこのふざけた態度には慣れそうもない。今も少し苛つきが募る。
「今、君には危険が迫っている。二柱の女神の内、一柱の女神が本格的に動いたんだ」
「……」
「ちなみに、君に精霊種を差し向けたのもこの女神だ。この女神が動かなければ、君がネフィサファ鉱山であの化け物に会うことは無かった」
「───!」
ネフィサファ鉱山の化け物!!
あいつ、精霊種だったのか!?
精霊種って、竜と同格っていう、あの? そんな化け物、よく倒せたな、俺。
……というか、何でこいつ、そんなこと知ってるんだ?
「女神の思惑では、あの鉱山で君は散る筈だった。しかし、その女神の予想に反して、君は精霊種を屠って見せた。それが、女神の重い腰を上げさせるきっかけとなったんだよ。女神は、君を殺すために、天軍を動かしたんだよ」
「……」
もう……何の話なんだ?
女神? 天軍? 神話の話か何か?
女神が、ただの一個人である俺を殺すためだけに軍を動かしたとか、意味不明だぞ。
「一方の女神が何で軍を動かしてまで君の命を狙うのか、それについて説明するには、種の創生から話さなきゃいけないけど、聴く?」
「……簡潔にお願い」
「了解。このまま君がレベルアップを続けると、君は女神にとって良くないものになる可能性が高い。だから、そうなる前に潰してしまおう、という算段らしい」
……何だそれ?
つまりは、俺が強くなることは、女神にとっては不利益だということか?
女神は、どこまでも、俺には弱いままでいて欲しい、と?
いや、別に、この男の話は信じる訳じゃないが……それでも、心の中がモヤモヤする。
「女神が、たかが俺如きを潰そうと?」
「そうだ、今は君「ごとき」だ。だから、脅威にならない今の内に潰すんだよ」
「……」
よくよく考えれば、馬鹿げた話だ。
世界創世に関わる女神が、俺個人を潰すためだけに大勢の運命を動かそうとするなんて、普通に考えてありえない。
だが、何故だろう? こいつは俺のレベルアップを知っていた。精霊種についてもだ。そんなこいつの言葉を、全て嘘で断じることは、俺には難しい。
表面上では呆れ笑いをしてみるものの、どこか不安が拭えない感じだ。
ラナーの表情が真剣なものへと変わる。
「このままいけば、君は間違い無く潰される。君という物語が完結する前に、物語が打ち切りになってしまう。それが僕には許せない。天という名の理不尽で楽しみが奪われることを、僕は許さない。だから、僕も動くことにした」
「神への反逆者気取りか」
「ははは、確かにそうかもしれないね」
今度は俺が茶化すと、ラナーは破顔した。
それでも、すぐに表情が戻り。
「でも、反逆者なんて大役、僕には似合わない。結局、僕はどこまで行っても観測者だ。物語の主要な人物にはなれない。よくて中継役って所かな」
「中継役?」
「そう。あくまで僕がやるのはサポートだ。認識の外にいる奴らを盤上に引っ張り上げる。僕がやれるのはそれぐらいさ」
ラナーの言っていることは抽象的なものが多く、俺にはよく分からない。
「結局、お前は何をするつもりなんだ?」
「時間稼ぎ」
とても簡潔に、ラナーは答えた。
「一体何から?」
「さっきも言ったでしょ、君には天軍が差し向けられている。天軍、つまりは天使の軍勢だ。見えないけど、もうすぐそこまで迫ってきてる。その証拠に、Aランク冒険者・リオン=ラフネスは殺されたよ」
「はぁ!???」
ほとんどの者が憧れる冒険者の最高峰・リオン=ラフネスが殺された!? 何を馬鹿げたことを言っているんだ、こいつは。
「彼には才能があったからね。あのままいけば、確実にSランクに辿り着いていた。竜と互角になっていた。だが、人の身で竜と同等の力を持つことは、平和という名の均衡を崩すことに他ならない。平和を好む天使からすれば、Sランクの登場は忌避することなんだよ。だから、殺された」
何だよ、それ。
頑張って強くなったら、殺される?
何だよ、その理不尽。
「歴史の中で、何故、Sランク冒険者は登場しなかったと思う? その等級が存在しているにも関わらず。そんな力を持つ者が現れないのであれば、そもそもその等級を設置しようとは考えないだろ。着く者がいない等級なんて、無駄でしかない。では何故、その等級が設置されているか? ───本当はいたからさ、Sランク冒険者が」
「なっ───」
「Sランク冒険者は、そのどれもが強大だった。強大ゆえに、平和を崩しかねない存在だった。だから殺された。歴史から葬り去られた。Sランク冒険者は、存在だけで、平和を揺るがしてしまうからね。だから消されたのさ」
そんな馬鹿な……!
「仮に、仮にだ、お前の言う通り、過去にSランク冒険者がいたとして……そんな凄まじい存在がいた記録を、消せるものなのか!? どうやったって、記録には───歴史には、残るだろっ!」
「要はそれぐらい強いんだよ、天使は。Sランクという強大な存在を葬って、その存在を消せるぐらいに。今のままじゃ、君は軍どころか、天使一匹にすら勝てない。それじゃあ困るから、僕が足止めしてあげるのさ」
天軍……Sランクの存在を葬れる存在……?
駄目だ……やはり、ラナーの言うことは、俺にはどうもピンと来ない。
まるで現実味が無いのだ。竜と同じ力を持ったSランクが過去に存在したとか、今の俺よりも強い天使が天より遣わされたとか、そんな大軍がすでに近くまで迫ってきているとか───リオン=ラフネスがすでに殺それたとか、どれも非現実的だ。
「じゃあまた仮にだ。仮に、お前の言うことが全て真実だったとして……そんな大軍を、お前はどうやって足止めする気だ? 自分で言うのもなんだが、今の俺はそれなりに強い部類にいる。その天使っていうのは、全員が全員、俺よりも強いんだろ。一人じゃ、どうやっても足止めなんて不可能じゃないか」
「僕の言うことを全て信じてくれるなら、称号の部分も信じて欲しいね。僕にかかれば、天使なんて物の数じゃない。象と蟻みたいな関係だと思ってくれればいい、僕と天軍の力関係は」
「っ、じゃあもう、お前が戦えばいいじゃないかっ。そんな力があるって言うなら、お前がやれよ!」
「だぁかぁらぁ〜、それは君の仕事だって。僕の仕事じゃない」
「───っっ」
話にならない。
支離滅裂だ。
こんなのを信じろなんて無理がある。
何で俺のことを知ってるんだとか、女神云々の話は何なんだって疑問はあるが……まぁ、狂人の言ったことだ、たまたま的中したみたいなもんだろう。
もういい、こんなの聴くだけ時間の無駄だ。
とっとと『縮地』でここから離れて───
「ちょちょちょ、逃げようとしないで───っと」
「───!?」
俺が『縮地』を行使しようとした瞬間、ラナーが俺の右肩に右手を置いてきた。
それだけで俺の体に信じられないほどの圧がかかってきて、片膝を着かされてしまう。
どうやら相当な速さで膝を着かされてしまったようで、俺の下にある、道として敷かれていた大理石が、俺の膝を中心にひび割れていた。
「まぁ、最初から君に拒否権なんて無いんだけどね」
か、体が動かない……っ!? どうしてっ……!?
最初に感じていた危機感が蘇ってくる。
まるで、今の俺は、蛇に睨まれた蛙だ。
「何だ……何が目的だ……!」
「君に強くなってもらう」
「それが、お前に何のメリットがあるんだよっ……!」
「僕が見たいのさ、君が強くなった先を」
「……っ」
こうやって体を押さえられている以上、何もできない。
だから、些細な抵抗として、俺はラナーを睨み付ける。
だが、そんな視線など露にも気にとめず、ラナーは微笑みながらこちらを見ていた。
「君には早急に強くなってもらう。いくら僕でも、天軍を全員殺さず抑えるには半年が限界だ。例え象だって、蟻を一匹も殺さず止めるのは不可能だろ? それと一緒。それまでに、君を限界まで強化する。そうだな、五箇条制門の内、最低でも四つは開いてもらわないとね。じゃないと話にならない」
ごかじょうせいもん……? 何だそれ? ……いや、どこかで聞いたことがあるような……。
ラナーがつらつらと勝手なことを言ってくる。
正直、「何勝手なことを言ってるんだ!」と文句を言ってやりたい。俺がこいつの言うことを聴く義理が無ければ義務も無い。
しかし、こうやって格の違いを見せられている以上、下手なことは言えない。軽はずみに反抗した瞬間、こいつによって消し飛ばされる懸念がある。
やはり、睨み付ける以上のことはできない。
そんな俺の様子を見て、表情は変えないまでも、ラナーは一度鼻から息を吐き。
「僕はね、物語が途中でブレるのも嫌いなんだ」
「……?」
「強くなるって言ってるクセに、成長とは関係無いことにすぐ現を抜かす主人公、復讐が目的だった筈なのに、いつの間にか恋愛ばかりに振り回されている主人公───一貫性の無い物語には吐き気を催す。一つのことを貫けない者が主人公の物語、とても気持ち悪いと思わないか?」
何を、言っているんだ……?
「僕は君を見ていた、君の物語を見ていた。そして、君の物語は、どこまで“最強”に至るためのものだった。少なくとも、僕はそう思っている。なら、その物語をどこまでも貫いてもらわないと困る。僕が困る。“理想”だとか“最優”とかに気を取られちゃ困るんだよ」
「───!?」
ラナーの口から「理想」という言葉が出てきたことに、思わず驚いてしまう。
「君の夢は『理想の騎士』になることだっけ? 夢を抱くのは大いにけっこう。今の君があるのは、この夢のおかげだしね。でも、君の意思・君の本能は、理想を求めてなんかいなかった。どこまでも、最強ばかりを目指していた」
「ち、ちがっ───」
「違わないとも。その証拠に、君はどこまで『絆』を拒んだ。獣人族の娘、学院の生徒、冒険者、それら全ての縁を拒んでいたじゃないか。確かに、相手側にも問題があった。しかし、理想を求めるなら、それら全てを受け入れた上で、手を差し伸べるべきだったんじゃないか? 特に、獣人族の娘との縁を拒んだのは致命的。あの時、君は、『絆』よりも『力』を選択した。それが何よりも、“理想”よりも“最強”を目指している証拠じゃないか」
「……」
何も言い返せなかった。それは先ほど、俺も感じていたことだったから。
弱者を尊び、人を守り、縁を大切にする理想の騎士を目指していながら、俺の行動はそれに伴っていなかった。
だからこそ、これからは、それも大切にしていこうって、そういう縁というのを作っていけたらって、考え───
「もう僕は、君の物語を『強者へ至る物語』だと認識した。そう認識してしまった以上、もう僕は、それ以外の行いを許容しない。“最強”から外れることを許しはしない。君はもう、強くなるためにあるべきなんだ。……というか、もう他事に注力する時間も無いんだけどね。物語を完結させるためにも、ひたすらレベルアップのみに時間を費やしてもらわないと。……あ、そうそう。レベルアップのことだけど、僕がレベルアップできたのは別の世界での話だから。この世界では、僕にそのシステムは適用されていない。この世でレベルアップできるのは君だけだから。現状、レベルアップは君にとって唯一無二だ。そこは安心してくれ」
「……っ」
そんなことは別に心配していない。途中、言っている意味も分からないし。
そんなことよりも、俺は───
「さぁ、ラクト=ユウキ君。僕に魅せてくれ、君という物語を。君がどこまでも強くなり、全てを蹂躙するさまを僕に魅せてくれ。全てを破壊し、圧倒し、何もかもを押し潰す───君という“最強”の物語を、僕はどこまでも楽しみに見ているよ」





