第四十七話 嫉妬の起源
予想の斜め上の発言に、俺は思わず動揺を露わにしてしまう。
アリエさんはそんな俺を見て儚し気に笑い、言葉を続けた。
「あの日、私はいつも通りFランクの依頼を受け、森に出向いていました。内容は薬草採取。依頼自体は大したこともなく、本来なら何事も問題無く終わる簡単なものでした」
「本来なら?」
「えぇ、本来なら、です。その日、運悪く、他のパーティも、私と近い場所で依頼をこなしていたのです。私とは違い、あちらはそれなりに強い魔獣の討伐。ですが、彼らの請け負った依頼内容自体も、あのパーティの実力を鑑みれば特に問題は無い、その筈でした。しかし、それでも問題が起きたんです」
「……」
「森に、あのパーティでも手がつけられない厄介な魔獣が現れたのです。おそらく、冒険者に発見されず密かに成長していた魔獣が上位種となり現れたのでしょう。かの魔獣に会敵した時点で「勝てない」と判断したパーティは、すぐに撤退を開始したと思われます。冒険者にとって命が最大の資本。「勝てないと感じたら即撤退」が冒険者の基本理念ですから。……ですが、そのパーティにとって運が悪いことに、退避経路上に丁度薬草採取をしていた私がいたのです」
「───!」
そこまで話を聴けば、ある程度は察しがつく。
突然の上位種の出現で逃走を選択した冒険者が、他の冒険者を見つけた際に取る行動、一番に考えつくのは『擦り付け』だ。
強力な魔獣から逃げている最中に、自分の命惜しさに、他の冒険者にその魔獣を押し付け、自分は逃亡するという悪質行為。
下手したら擦り付けされた冒険者が命を落としかねない行為なので、ギルドでも絶対にやらないよう呼び掛けられている。無論、故意にそれを行った場合は問答無用で騎士送りだ。
しかし、擦り付けを行われたにしては、アリエさんは今生きてここにいる。
その当時、アリエさんはFランク。しかも、六年もランクを上げられなかった筋金入りのFランクだ。複数人でも敵わないような魔獣を擦り付けられたら、まず間違い無く命は無い。戦闘は勿論のこと、逃亡ですら愚策となる。
圧倒的格上との遭遇は、それだけで絶対絶命の危機になるのだ。
それを加味して考えれば、今こうやってアリエさんが生きている時点で、擦り付けをされた可能性は低い。
では、他に考えられる可能性は何か?
先ほど、アリエさんが自虐時に言った「殺す要因」という言葉も合わせて考えれば、それは───
「そのパーティは、当時最も期待されていた若手パーティでした。私とは比べものにならない速度で成長し、僅か一ヶ月でDランクへと上がった、将来有望だった冒険者達。ですが、若手故に、その心根はまだ甘いものだったのです。Dランクに上がっていながら、まだ「強い者は弱い者を守る」という、冒険者からすれば「哀れ」とも言える正義感を持っていたのです」
「……」
「何が言いたいかというとですね……つまり───」
アリエさんがどんどんと俯いていき、声を震わせる。
彼女にとってそれがどれだけつらい過去なのか、今の彼女の様子だけである程度は察しがつけられるほどに、彼女は酷く震えていた。
「彼らは……弱い私を逃がすためにっ、自ら……盾になったのです……!」
ポロポロとその瞳から滴をこぼしながら、彼女の罪の告白は続く。
「冒険者にとって……自分の命が、一番大事な筈なのに……あの人達は、他人の、しかも、役立たずな私のっ、命を……優先したんです……!」
「……」
「私は、私はっ……! ただ、怯えることしか……できませんでした。立派な冒険者っ、に、なるために……頑張って、いた筈っなのに……いざっ、強敵に、会えば……竦んでっ、何もっ、できなかった……! 私はっ、あの人達に、言われるがままっ……! 逃げることしかっ、できなかったんです……!」
アリエさんが両手を顔に持っていき、嗚咽を漏らし始める。
それだけ、彼女にとっては、この事実がトラウマだったのだろう。
冒険者のクセに、魔獣を前に何もできなかったこと、そんな自分のために、他の冒険者が命を張ったこと───その事実が、彼女を支えていた夢ですら、叩き折った、そういうことだろう。
しかも、今の言い方からして、その冒険者パーティは、もう……。
しばらく、アリエさんは泣き続けた。
ここで何か言うほど、俺は野暮ではないつもりだ。
だから、彼女が落ち着くまで、俺は待ち続けた。
少しして、彼女が落ち着きを取り戻し始める。
「……っ、すみません……」
「いえ……」
眼鏡を少しズラし、涙を拭うアリエさん。しかし、その目元は赤く腫れていた。
「話を続けます。私のために自分を盾にした冒険者パーティは、あの日、私の逃げる時間を稼ぐために命を懸け、そして、帰らぬ方々となってしまいました。
私は、その時やっと理解したのです。弱いだけでも罪になるのだと。何故、Fランクというだけでここまで蔑まれるのか、昔は散々迷いましたが……それは正に、弱いからだったのです。弱い者がいると、それだけで見に危険が及ぶ、その可能性が大きくなる。だから、冒険者はFランクを忌避していたのです。そこまで理解して、やっと私は冒険者をやめる決心がつきました」
「……」
弱いだけで罪、か。
これが、アリエさんの実体験を通しての答え。
とても重たい言葉だと思う。
「これが私の過去です。これが、今の私になった理由。そして、これが何故私怨と結びついたかという話ですが……単純な話です。私は、勝手にラクトさんと昔の自分を重ねてしまったのです」
「え?」
「ラクトさんが修練生であり、そして、一年間Fランクで燻っていたことは知っていました。ですから、勝手ですが、ラクトさんに昔の自分を重ね、哀れんでいました。誠に申し訳ない限りですが」
昔のアリエさんと、俺が似ている……。
確かに、努力したけど結果がついてこなかった点については、似ているかもしれない。
だけど、今は───
「早く辞めて、身の丈にあった仕事を選ぶべき、なんて、ラクトさんに対して、本気でそんなことを思っていました。完全に、自分と重ねていたのです。同じ人間なんかいない、同じになんかどうやったってなれない、それを一番、分かっていた筈なのに」
アリエさんは悔やむようにその表情を歪ませる。
「そして、やっぱり、ラクトさんと私は違いました。ラクトさんは停滞することなく、一気に上へ上り始めました。まるで、正しい道を見つけたかのように。私には見つけられなかった道を、ラクトさんは、見つけることができたんですよね? とても素晴らしいことだと思います」
アリエさんはこちらに微笑み、俺に対し賞賛を送ってくれる。しかし、心の中にはまだ悔いが残っているのか、その笑みはとても不自然なものだった。
「しかし、当時の私は、それを受け入れられなかった。嫉妬したんです、どんどんと強くなっていくラクトさんの姿に。私が目指した者は、正しく、今のラクトさんのような姿でしたから」
「……」
「途中、もうやめようと思ったこともありました。全てを受け入れ、謝罪して、もう過去の思いから決別しやうって。それでも、私の醜い部分は、どうやら、自分で思っている以上に、大きかったようで……」
嫉妬、か……。
憧れた姿になれなくて挫折し、その後、自分と似た境遇の人が、憧れへと辿り着いた。辿り着く術を知った。
もし俺が、あの時、レベルアップを授けられなかったら。俺じゃなく、他の誰かに授けられていたら。
それで強くなり、俺では辿り着けなかった夢に、理想の騎士に、なったとしたら。
……あぁ、確かに。想像するだけで、酷い焦燥に駆られる。
もしそうなったら、俺でも、嫉妬に狂うことになったかもしれない。
「本当に、申し訳ありませんでした。私の話は以上です。本当に、ラクトさんには何の非もありません。本当に本当に、申し訳、ありませんでした……!」
また涙をこぼしながら、アリエさんは頭を下げた。その姿は、どこまでも弱々しい。
後々ギルドマスターに聴いた話だけど、アリエさんは、この件が起きるまでは凄く真面目な人だったらしい。
どこまでも規則に忠実で、問題が起きればすぐに報告。他人にも自分にも厳しくて、ギルドの中を上手く回していた。しかも、素行が悪い冒険者がいれば、相手に実力があろうが無かろうが関係無く、即注意・警告に移れるほど、行動力もある、ギルドの中では本当に頼りになる人だったらしい
そんな人でも、嫉妬を覚えれば、狂ってしまう。
なんて残酷な感情だろうか。
どうして神様は、こんな余分な感情を、俺達に持たせたのだろう。
……いや、そもそも、神なんか存在するのだろうか?
酷く歪で、理不尽な摂理だと思うよ、ホント。
「……頭を上げてください」
俺はアリエさんに対して言葉をかけ始める。
「気にしないで、とは言いません。というより、気にしてください。今こうやって生きてますけど、命を失いかけたのは事実ですから。なので、一生覚えといてください。ギルドマスターから、アナタは真面目な人だと聞いてます。ですから、きっとこの先、アナタがどう生きようとも、この過去は、この罪は、アナタを蝕むことでしょう。一生消えない傷、それが、アナタに対する僕からの復讐です。それ以外は何もしません」
「……っ」
「今、大して俺はアナタのことを恨んでません。いや、「ふざけんな!」って言いたい気持ちはありますよ? でも、それ以上の何かは感じてないですし……まぁ、せいぜいその程度です。この先、アナタが生きることで苦しむことが分かっている以上、もう何かをする気は俺には起きませんよ。だから……」
俺は顔を引き締める。
「絶対、生き続けてください」
「───」
「生きて、苦しんでください。途中で死ぬことなんて許しません。死んだら、恨みますよ。だから、絶対生きてください」
罪の意識を持ったまま生きる、それは、ひょっとしたら、何よりもつらいことかもしれない。
でも、それでも俺は彼女に「生きろ」と言う。「生きて欲しい」と願う。
このままじゃ罪の意識で潰されてしまうかもしれない彼女に、言葉という名の縛りをかける。これで、真面目な彼女なら、もう自殺なんて選べないだろう。
生きなきゃ駄目なんだ。死んだら、そこで終わりなんだから。
生きていれば、いくらだって挽回が効く。
生きてさえいれば、報われることだって、あるかもしれない。
だから俺は、「死ぬな」と言葉を告げるのだ。
俺がそう言うと、アリエさんは静かに、涙をこぼし始めた。
「俺が望むのはこれぐらいです。……話を聴けて良かった。ここの勘定は俺が受け持ちます」
俺は席を立つ。
「それでは」
そうして俺は、彼女を後にして、その場を去った。





