第四十六話 嫉妬に焦がれた彼女の過去
ギルドマスターとの話し合いの後、俺はギルドを出て、寮に向かうため、街を歩いていた。
約一ヶ月ぶりにまともな所で休める、そう考えると、歩く速度が自然と上がる。
宝石の鑑定だけど、あれは結構な額になった。やはり、宝石類は換金率が良い。このお金があれば、しばらくは金に困らないだろう。
そうやって、俺が街を歩いている時だった。
「───!」
俺の目の前に、よく俺の依頼を受理してくれていた受付嬢・アリエさんが現れたのだ。
どうやら、俺が来るのを路地裏で隠れて待っていたらしい。
確かに、ギルドから寮に帰るにはこの道を進むしかないからな。待ち伏せは可能という訳か。
アリエさんが突然目の前に現れた───だが、驚きはしたものの、俺は身構えることはしなかった。
何故なら、アリエさんに俺を害そうという意思が見えなかったから。
アリエさんは今、申し訳なさそうに俯いて俺の前に立っている。
おそらく、謝罪か何かのために現れたのだろうな。
でも、様子からして先に口を開くとは思えなかったので、俺から話しかける。
「アナタは……」
「………」
「どうしてここに?」
ゆっくりと先を促すように、俺は微笑みながら声をかける。
すると、アリエさんは唇を横に結んで、その後、頭を下げた。
「申し訳ありませんでした」
開口一番に彼女から出た言葉は、俺の予想通り謝罪の言葉だった。
□□□
謝罪の後、アリエさんから「時間を貰えないか?」と言われたので、俺と彼女は近くにある喫茶店に入っていた。
様々な人が優雅な一時を楽しむための茶専門店、それがここ。
入店したのが昼ならば、それなりに混むほど繁盛しているお店である。
しかし、夜になると、皆居酒屋や飯屋へとくり出すので、今は客がまばらで静か。何か話をするにはうってつけの時間と場所だ。
ウェイトレスさんがこちらに頼んだお茶を持ってきて、それぞれの目の前に置き、去っていく。
俺は目の前に置かれた茶に一口つけると、目の前に座るアリエさんに視線を向けた。
「それで? 話があるから呼び止めたんですよね?」
さっきから一向に喋らないアリエさんに痺れを切らし、こっちから本題を出すよう促す。
それでやっと覚悟を決めたのか、アリエさんはポツポツと言葉を紡ぎ始めた。
「………はい。ですが、本題に入る前に、まずは謝罪をさせてください。この度は、本当に申し訳ありませんでした」
「いえ、それはもういいです。謝罪は先ほどいただきましたし」
「……っ、本当に申し訳ありません」
俺が「もう謝罪はいらない」と言ったので、謝罪のために下げた頭をゆっくりと上げるアリエさん。その顔は未だ申し訳なさそうだった。
そこからまた少し沈黙が走る。
「……あの」
「私がラクトさんを呼び止めたのは、事情を説明するためです」
またこちらから先を促すかと口を開こうとした所で、アリエさんの方が先に本題を話し始めた。
「ラクトさんには、今回、私の私怨で、大変ご迷惑をお掛けしました。その上、事情も話さずこの件を終わらせてしまえば、ラクトさんは何で恨まれたのか分からず、悶々とした気持ちを抱かせてしまうのではと考え、全てを話すことにしました」
なるほどね、確かにそれは訊きたかった所だ。
アリエさんと俺の接点はあまりにも薄い。それこそ、依頼を受理してもらうために俺が受付に寄る時ぐらいしか接点が無い。
何であそこまで恨まれたのか、今後のためにもぜひ聴いておきたい。
「最初に言っておきますと、ギルドでも言ったように、これは私的な理由により起こした行動です。ラクトさんに非は一切ありません。ですから、私を感情のままなじってもらって構いません。それを覚悟の上でここにおりますので」
別に、そこまでする気はないけど……。
というか、正直、アリエさんにはそこまで怒っていないというのが本音だ。
確かに、何でこんなにも恨まれているのかは気になる所だけど、それ以外に何か思う所があるかと訊かれれば、無いと答える。それぐらいの興味関心しかない。
だから、そこまで身構えなくてもいいのだが。
アリエさんが話を続けていく。
「それでは本題に入ります。まず、これを話すには、私の身の上について説明させていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「は、はぁ……」
「ありがとうございます。それでは、説明させていただきますね」
……固い、話し方が固すぎる。
いや、謝罪と説明の場だから、これが正しいのかもしれないけど……でも、やっぱり固い。
「私が生まれた家は冒険者の家系でした」
「冒険者の家系?」
「はい。父、母、そして祖父までもが全員冒険者。それも、並の冒険者ではなく、三人共AやBのベテラン冒険者でした」
「!?」
え、それ、普通に凄い。
冒険者の中で、Bランクになれる者はほんのひと握り。全体の一割にも満たない。それぐらい、なるのが難しい。
親、祖父全員がBランク以上なんて、余っ程だぞ。
「ガサツで粗暴な所が目立つ人達でしたが、それでも、優しく頼りになる、私の自慢の家族です。私は、その家族に憧れて、この街に来ました。そう、私は、この街に、冒険者になるために来たのです」
「……」
驚いた。まさか、アリエさんが冒険者だった時期があるなんて。
なんというか、アリエさんは受付嬢の仕事が板についていて、冒険者のような体をフルに動かす、みたいなイメージは無かったから、驚きが隠しきれない。
あれ? でも、彼女は今冒険者ではない。
昔、冒険者に憧れた人が、今ではそれとは別の職業に就いている。それはつまり───
俺がそんなことを考えていると、まるでその思考を見透かしたようにアリエさんは笑って。
「お察しの通り、私は冒険者として成功することはできませんでした。この街に来てから六年、私なりに頑張りはしたのですが……ランクは上がらずFのまま。私の努力は、ついぞ報われることはありませんでした。今思えば、六年、無為な時間を過ごしたなと思います。私は冒険者に向いていなかった。そんな簡単なことに気付くまで、六年もかかってしまいました」
自虐するようにアリエさんが笑う。
俺の予想通り、彼女は挫折し、冒険者をやめたようだ。
それにしても……六年か。
ギルドの中で、Fランクの扱いはよくない。ハッキリ言って劣悪だ。
冒険者は良くも悪くも実力で評価される。そしてFは、冒険者の中で一番弱い者の称号だ。
ただFというだけで見下され、蔑まれ、良いように使われて───Fでいる時間が長ければ、その長さに比例して精神は摩耗していく。
そんな中でも、彼女は六年もの間、ギルドに留まり続けた。冒険者として、足掻き続けた。その忍耐力は尊敬に値する。
でも、それほどの忍耐力を持っていたなら、それほど長い時間を費やしてきたなら、何故───
「どうして、冒険者を辞めたんですか?」
それが気になった。
先に彼女が言った「向いていなかったと気付いたから」という理由では、六年もFランクで冒険者を続けたにしてはあっさりしすぎている。
そんな簡単で、尚且つ受け入れ難い事実が理由で、六年もの努力を、無に帰すことができるのか?
「先も言いましたが、向いてないと気付いたからです。私では、父と母、祖父のようにはなれない。それが分かったから別の道に進んだのです」
「俺もFランクに一年いたから分かります。Fランクの扱いは、相当に酷いものです。それを、アナタは六年も耐えた。なら、生半可な気持ちでは絶対に辞めることはできない筈です。何か、他に、もっと大きな理由があったんでしょ?」
俺は尚も彼女の返答に食いつく。
彼女は六年、いや、両親や祖父の姿を見て憧れたと言っていたから、もっと長い間、立派な冒険者になることを夢見ていた。
とても、長く、大切な思いだった筈だ。
それが折られた要因を、俺は知りたい。
俺だって、小さい頃からずっと騎士を夢見ている。
一度は折られそうになったものの、それでもこの思いは断ち切れず、持ち直した。
そして今では、この思いを折られたくない・ずっと抱いていたいと思っている。
彼女はそれができなかったのだ。
その理由を、俺はどうしても知りたかった。
俺が食らいついたことで、彼女は困ったように笑い。
「本当に、気付いただけですよ? でも……そうですね、何かあった、と言うなら……それは」
すると、彼女の笑みは、困ったものから、悲し気なものへと変わっていき。
「私が、他の冒険者の殺す原因となった、からでしょうか?」
とんでもない事実が、彼女の口から放たれた。





