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第四十五話 ▆▅▋▊▎▂▃▂

 マサニとの決闘の後、俺はまたギルドマスターの執務室に来ていた。

 決闘の結果、マサニが非を認めることになったため、被害を被った俺に、彼らの処遇を聞かせると共に、俺の意見を訊きたいらしい。


「まぁ、マサニは騎士に渡すつもりだ。普通に、マサニのやったことは殺人未遂だからね。これが妥当かと考えている。勿論、冒険者としての身分も剥奪するよ」


「そうですか」


 それが妥当だと思う。


 この国において騎士とは国敵を退けるだけの者ではなく、国民に被害を及ぼしそうな事象を事前に調査したり、国の治安維持のために罪人を捕らえることも仕事に含まれる。

 この国では、罪に関しては王族が定めている。王族が「道徳に反している」と判断したものは全て罪となる。例えば、窃盗であったり、正規ではない取引を行うなどがこれに含まれる。人殺しなんて以ての外だ。他にも、身分に応じた仕事をしない・態度を示さない者も処罰の対象となる。

 処罰の対象となった者は、騎士に捕らえられ、牢獄に入れられる。俗に言う禁固刑。入れられる期間は罪の大きさに比例する。


 マサニは一般的に犯罪者だ。犯罪者に対する処遇は、騎士に受け渡すのが一番だろう。

 だが、懸念すべきは、今回マサニが問われる罪が、俺に対する殺人未遂のみになることだろうか。

 仲間殺しや過去に行ってきた悪行は罪に問われない可能性が高い。何故なら、証拠が無いから。

 マサニのあの性格だ、俺に対すること以外、何も認めないだろう。

 なら、問われる罪は殺人未遂だけ。実際に殺人を犯していないことから、そこまで長い間、牢獄に囚われることはないだろう。

 というか、マサニはCランクの冒険者だし、そこそこ使える。減刑を餌に、肉体労働させられる可能性だってある。禁固刑ではなく懲役刑。……よく考えたら、そうなる可能性の方が高いな。


 稀に、禁固刑なんか生ぬるいとして、処刑されるケースもある。

 だが、今回は間違い無くこれに当たらない。

 捕まってすぐに処刑されるのは、それこそ国賊か、大量殺人を犯す大犯罪者ぐらいだからだ。

 マサニはそれらに比べると、ちっぽけな一犯罪者だ。やはり、懲役刑に処される可能性の方が一番高いな。


 あいつのことだ、牢を出たらすぐに俺に報復へ来るだろう。もしくは、確実に復讐を果たすため、入念な準備に入るか?

 まぁ、マサニに関してはそれでいい。むしろ、そうなるよう仕向けた所もあるし。

 また俺に関わってくるようなら、その時はまた返り討ちにしてやればいいだろう。


 次の話に移る。


「それで次に、君に迷惑をかけた受付嬢の処遇だが」


 今度はアリエさんについてみたいだ。

 そういうば部屋にアリエさんの姿が見えないな。

 すでに謹慎でも言い渡されたのだろうか?


「彼女にはすでに、処分が決定するまで謹慎を言い渡した。だが、謹慎とは言ったものの、こちらとしては彼女を解雇する方向で話が進んでいる。流石に、私怨で、冒険者が危険な場所へ行くのを止めもしなかった者を、このまま雇うことはできないからね。この謹慎は、解雇に向けた準備期間とでも思ってくれればいい」


「……」


 おぉ……謹慎は当たったけど、まさか解雇までするとは思ってもみなかった。

 確かに、俺を貶める意図がアリエさんにあったのは事実。しかし、彼女が直接俺に何か害を与えたとか、そんなことは無い訳で。

 しかも、ネフィサファ鉱山の依頼を持ってきたのは俺だ。彼女が勧めた訳じゃない。

 だから、そこまで重く捉えられないと思っていた。あっても降格か減給、それくらいだと思っていた。


「本来なら、彼女も騎士につき出すか考える所だが……七年間、彼女は大いにギルドのために尽くしてくれた。その功績に免じて、騎士団送りは見送る方針でいる。───あくまで、ギルドとしては、だが」


「ギルドとして、というと?」


「これは彼女とギルドのけじめでしかないということだ。こんなのが君への謝罪になる訳がないことをこちらも理解している。これは、ギルドの信頼を損なわないようにするための必要最低限な処置でしかない」


「……」


「決闘前にも言った通り、我々ギルドとしては、君の要求をできる限り呑む所存だ。彼女に対する罰もそう。マサニに関しては、騎士に受け渡すためにこれ以上何もできないが、彼女は別だ。もし何か、彼女に求めることがあるなら言って欲しい。君が少しでも納得できるよう、こちらも全力を尽くす」


 俺が、アリエさんに求めること……?

 彼女への、罰……?


「君は、彼女にどんな罰を望む?」



 □□□



 ラクトに受付嬢(アリエ)の処遇を尋ねてから、また時間が経った後。

 執務室にて、ギルドマスターとガルクはまだ残って話をしていた。


「………まさか「何も求めない」とはね」


 ギルドマスターは、先の質問に対するラクトの答えを思い出し、笑みをこぼしていた。その笑みは、呆れか、安堵か、それとも両方の意を含んでいるのか、とても曖昧なものに見える。

 先ほど、アリエへどんな罰を望むかという質問に対し、ラクトは「何も望まない」と答えていた。自分を陥れようとした人物に対して、特に思う所が無いと答えたのだ。それは、職を失った彼女に対する同情からか、それとも、本当に興味が無かったが故か、ラクトが「望まない」と言った理由は彼自身にしか分からない。


「あの坊主は、どっちかっていうと、受付の嬢ちゃんより、マサニの方に敵愾心を燃やしてたからなぁ。受付の嬢ちゃんに関しては、どうでもよかったんじゃねぇか?」


「どうかなぁ。その理由に関しては彼にしか分からない。まぁとにかく、これでギルドの危険分子を一部排除できたのは確かだ。彼には感謝だよ、本当」


「それと、ネフィサファ鉱山に関してもそうだな。良かったなぁ、ギルド長。一気に二つも問題が解決したぜ」


「そのおかげで、調査隊のメンバーを集めた努力は無駄になってしまったがね。まぁそれでも、彼には感謝だ。一応念のため、後ほど調査を頼めるか?」


「あいよ」


 ガルクが片手を挙げて応じる。

 ラクトはネフィサファ鉱山にて精霊種を倒したと言っていた。つまりは、ガルクが感じた違和感というのも、その精霊種に由来するものだったのだろう。違和感の元である精霊種が倒されたのだから、ネフィサファ鉱山はすでに元の日常に戻っていることになる。

 しかし、それでも確証は無い。一応、ラクトがマサニにネフィサファ鉱山での非行を認めさせたとはいえ、それとこれとは別。精霊種に関しては星晶石しか証拠が無い。もしかしたら、精霊種のことに関しては嘘の可能性や、別の場所で精霊種に遭遇して倒したということも考えられる。さらには、ガルクが違和感を感じた後、精霊種が移り住んだ可能性すらあり、精霊種は倒したとしても、違和感の元そのものは解消されていないかもしれない。

 決闘でラクトの実力の一部を目のあたりにしたのだから、流石に「精霊種を倒した」というのはほとんど疑っていないようだが、それでも完全には疑念は晴れない。

 そのため、様々な可能性も考慮したギルドマスターが、確認のため、違和感を感じ取ったガルクに、再びネフィサファ鉱山での探索を依頼した。ガルクも、それが分かっていたから大人しく了承したのだろう。


 それから、少し間が開く。


「……楽しそうだな、ガルク」


 ガルクの様子を観察していたギルドマスターが、彼がニヤけている理由について尋ねた。


「ん? まぁ……そうだな。楽しいよ、やっぱり」


「それは、ラクト君が原因かな?」


「………」


 ガルクは答えない。それでも、その顔が、その笑顔が、ギルドマスターの問いに対して「その通りだ」と答えているようだった。


「……あいつは、上がってくると思った」


「それは、上のランクに、という意味かい?」


「それもそうだが……分かるだろ? 俺達の領域に、てことだ」


 ガルクが言う「俺達の領域」というのは、上級者の世界のことを指す。

 冒険者において、Bランク以上から上級者と言われる。そして、その上級者になってくると、自身の才能・努力・経験を全てつぎ込まないと自身の命を繋ぐことはできない。どれもこれも命懸けの世界、それが上級者と呼ばれる所以だ。

 それが嫌で、下のランクの仕事に逃げる輩もいるが、それはもう上級者とは呼ばない。Bランク以上の危険な仕事を請け負いながら、より上へより上へ、頂点(トップ)を目指し続ける野心家こそ、上級者と呼ぶに相応しい。

 ガルクは、遅かれ早かれ、ラクトもその世界に足を踏み入れると考えていた訳だ。


「あいつは上がってきた、俺の予想を簡単に覆すほど早く。これが興奮せずにいられるか?」


戦闘狂(おまえ)にとっては、嬉しいことかもな」


「嬉しい? ……あぁそうだ、嬉しいなぁ。こんなに楽しみなことは無い。あぁ……早く殺り合ってみてぇなぁ」


 ガルクのその文言に、ギルドマスターは苦笑いを浮かべる。


「楽しみなのはいいが、頼むから潰し合ったりはするなよ。お前らは上位冒険者はギルドの貴重な財産だ。共倒れなんてされたら不利益どころの話じゃなくなる」


「わぁってるよ。……それでも、ギリギリまでは許してくれよ。じゃねぇと楽しめねぇ」


 ガルクの戦闘狂っぷりに、ギルドマスターは「お手上げ」と首を振る。

 ガルクは戦闘狂。それ故にリスクを求む。命が失われるかもしれないギリギリまで追い込んだ瀬戸際の戦い、それこそが、ガルクにとって一番「燃える」戦いとなる。


「じゃあ、誰よりも戦闘を好むお前に、さらなる朗報をやろうか?」


「……?」


()()()()が落ちたぞ」


「───!?」


 アラルル、獣人の国。

 生まれながらに高い身体能力を有する獣人達が集まってできた国が、陥落した。

 その知らせを受けたガルクの表情が驚愕に染まる。


「お、落ちたって……国が無くなったってことか? どこに……ラザドーか!?」


 ラザドー、土人の国。

 土人───通称“ドワーフ”。

 彼らの頭は研究面に関して非常に優れており、文明が他国よりも発展している。

 他国では再現不可能な高度な技術を有しており、一つで数千人をも殺しきる爆弾や、ただの一般人でも装備すれば何十人でも簡単に相手できるようになるパワードスーツなど、そんな便利アイテムをいくつも備えているとか。


「そうだ、アラルルがラザドーによって落とされた。“獣王”が敗れたのだ」


「……」


 “獣王”が敗れたという知らせに、ガルクは呆然としてしまう。

 “獣王”とは、人間の国アスラが有する最高戦力“剣聖”と同格の存在だ。

 獣人最強の戦士であり、獣人達の王、それが“獣王”だ。


 今まで、アスラ・アラルル・ラザドーの三国は、お互いの戦力を警戒して、攻め入れずにいた

 お互いの戦力が拮抗していると考えていたが故に、勝てる確証が得られず、中々戦争に踏み切れずにいた訳である。

 だが───


「ここに均衡は崩された、とでも言うべきかな。ラザドーの持つ技術力は、“獣王”・“剣聖”を上回ったと見ていい。ラザドーからすれば、攻め入らない理由が無くなった。つまり───」

「戦争が起きる」


「そうだ」


 戦争、その言葉に、ガルクはこれでもかと笑みを深めた。


「楽しみだなぁガルク。お前の望む戦闘が、近々起きるぞ」


 ガルクは何も言わず立ち上がる。

 そして、ギルドマスターに背を向け、扉の方に歩き始めた。


「この情報はまだおおやけになっていない。混乱が起きるから、くれぐれも漏らさないでくれよ〜」


 ガルクは、返事代わりに右手を上げると、そのまま部屋を後にした。



   □□□



 ギルドマスター以外、誰もいなくなった執務室。

 誰もいない部屋の中で、未だソファの上に座っていたギルドマスターは何故か微笑んでいた。


 ガルクが突然部屋を出た理由、いても経ってもいられなくなったからだろう。

 目の前に現れた楽しみに、これから起こる楽しみに我慢できなくなったため、それらに向け、依頼をこなし、腕を磨こうと考えたのだろう。それか、興奮が我慢できなくなったために、体を動かしたくなったか。とりあえず、これから彼は、自身の腕の向上のため、自ら死線を求めに行くようになるだろう。それは間違い無い。


 ガルクは天才だった。

 ラクトを除けば、このギルド内において最速で上級者に上り詰めた逸材である。

 戦闘系の『スキル』を複数有し、センスも優れている。何より、戦闘に関する嗅覚は群を抜いており、圧倒的才能で他を寄せ付けなかった。

 本来なら、すでにAランクにいてもおかしくないほどの人材、それがガルクだ。


 しかし、そうならなかったのには理由がある。相手不足だ。

 どんどんと強くなるガルクに対し、彼の実力に見合う相手が加速度的に減少していったのである。当然だ、強者とは限られた者がなれるもの。そこに足を突っ込めば、当然相手も少なくなる。強くなればなるほど、相手になる者が少なくなるのも当然の理と言えた。

 刺激を求めるガルクにとって、どんどんと相手がいなくなる現実は、酷く落胆するものだっただろう。


 だから、彼は怠けた。

 これ以上相手が減らないよう、今の実力に留まったのである。


 しかし、そんな彼が、今、その重い腰を上げた。

 ラクトという上級者の出現に、今のままでは駄目だ、とさらなる強者の道へ足を進み始めたのである。

 ラクトの強さが、ガルクの意欲となった。


 それは即ち、さらなる強者がギルド内でできるということになる。

 強者がいればいるほど、ギルドでも受けられる仕事の幅が広がる。つまりは利益となる。

 それが理由で、ギルドマスターは微笑んでいた。






「───」






 突然、ギルド長が頭から目の前の机に突っ込んだ。と言うより、急に力が抜け、倒れたみたいだ。

 そして、倒れたギルド長の後ろから黒いモヤが発生し、そこから、まるで瞬間移動(ワープ)でもしてきたかのように突然、人が現れた。


 男にしてはやや長めの髪に、獰猛な二つの赤眼。

 全身黒づくめの衣服に身を包んだ男は、笑いながらギルドマスターの執務机へ赴き、まるでここに座るのが当然と言うように、何の躊躇も無く座り込んだ。


「随分と面白い展開になってきたな」


 誰に話しかける訳でもなく、その男が口を開いた。


「ガルクに、アラルルの動きもそうだが……何より、あのラクトという存在だ。あれは“神”に干渉されている。()()()()()()が良い証拠だ。あれは、()()()()において異端と言える」


 クツクツと小さく笑いながら、男は続ける。


「異端故に、主人公。これからこの世界は、あいつ中心に回る。ふむ、面白い展開になってきた。だが───」


 そうやって笑っていた彼だが、急に、面白くないものでも見たかのように不機嫌になる。


「このままでは、すぐにこの物語は終わりを告げてしまう。神が子を遣わせた。これは非常につまらん」


 何か考えるように、男は右上に視線を向ける。


「……そうだな。観測者に徹するのではなく、俺も物語の上にあがるとするか。このままこの物語が終わるのはあまりにも惜しい。無理やりにでも存続させてもらおう。この世界の神は「理の女神」だったか? なら、その理、どこまでも崩してやるか」


 男がまた笑みを深め、立ち上がった。


「さぁ、楽しい楽しいショーの幕開けだ。どこまでも楽しませてくれよ、主人公君」


 そうして、男はまた、黒いモヤに包まれ、その姿を消した。

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