第四十四話 星晶石
ラクトが後にした修練場にて。
「いやぁ、圧倒的だったね」
ギルドマスターは、実に楽しそうに口を開いた。
「……おい、これはどういうことだ?」
横では、先ほどまで呆然としていたガルクが、まだ動揺しながらもそんなことをギルドマスターに尋ねている。
「どういうこと、というのは?」
「あの坊主……いや、ラクトは、一ヵ月前までは、せいぜいCランクに片足を突っ込んだ程度の実力だった。それが、今では……一か月しか経ってないにしては、明らかに成長速度が異常だっ。どうなっている!?」
「僕は彼に会うのが今日で初めてだ。そっちの方が事情に詳しいんじゃないのかい?」
「……いいから答えろっ」
ガルクが鋭くギルドマスターを睨む。
確かに、ギルドマスターの言う通り、ラクトと関わってきた歴ではガルクの方が上だ。一日二日の差でしかないが。
それでも、ガルクがギルドマスターにラクトのことを訊くのは、先の執務室での一件があるからだ。
ラクトがマサニの決闘を受けた時、ラクトの実力を考え、ガルクは彼を止めようとした。しかし、ギルドマスターはガルクにそれをやらせなかった。しかも、結果が分かっているかのように飄々とした態度で、だ。
ギルドマスターは何か知っている、そう思われても仕方がないだろう。
「一ヵ月前、君が教えてくれたんじゃないか、ガルク。ラクト君が“気功術”を使えるようになったって。彼は“技”の扱いが他の者よりも非常に長けていたという話だろう」
「だとしても異常だっつってんだよ。ギルド長も知ってんだろ? ランクの差っつうのは、上に行けば行くほど大きくなる。EとDの差と、BとAの差では、それこそ天と地ほどの開きがある。なのに、今のあいつは、たった一ヵ月で、間違い無くAの領域に踏み込んでいる。分かるだろ? 異常なんだよ、こんなの」
「……」
そのガルクの言に、ギルドマスターはその笑みを深くした。
「うん、確かに異常なことだね、これは。しかし、自力でここまで這い上がったことは確かだろう。他者を軽々とAランクにまで押し上げる術なんて無い。もしそんなことができる者がいるなら、それは世界を簡単に滅ぼせる厄災か、この世の全てを救済できる救世主ぐらいだ。だからきっと、この結果は、彼自身が努力した末に掴み取ったものだろうさ」
「努力って……一体どんな?」
「余程凄い死線を潜ったのだろう。人は“死”に追い込まれると、自分の全てを用いて、それこそ、今まで扱えてなかった力すらも利用して、“死”を回避しようとするらしい。その結果、今まで到達できなかった領域にも、軽々手が届くとか。ラクト君の結果は、それ故じゃないかな?」
「死線……」
「ガルク、覚えているかな? 彼が持っていた石のこと」
「ん? あぁ……なんつったっけ?」
「『星晶石』、別名“星降りし輝石”」
「セイショー? っ、とにかく、その石が何だってんだ」
「これはとある魔獣を倒さないと手に入らない物なんだけどね」
「勿体ぶらずにとっとと言え。その魔獣ってのは何だ?」
「“精霊種”」
「……………は?」
「だから、“精霊種”」
「……………」
二人の間に沈黙が走る。
そして───
「はあぁぁぁぁぁぁぁああ!?!!?」
思わず立ち上がってしまうほど、ガルクが大きく驚愕する。
「ラクト君は星晶石を最近まで持っていなかった。それの意味する所はつまり、ネフィサファ鉱山にいた何かは精霊種で、彼はその精霊種を倒したってことになる。凄いよね、あの精霊種を倒しちゃうなんて」
「い、いや、いやいやいや、ちょっと待て、ちょっと待て! 精霊種だと!? 精霊種って、あの精霊種か!?」
「他にどの精霊種がいるんだ? 面白いことを言うなぁガルクは」
「ざけんな! 何でテメェはそんな平然としてんだ!! 精霊種だぞ!?」
「そうだね。最強と称される“竜種”、唯一その竜と対抗できるとされる種だ」
ガルクがこれほど慌てふためいているのは、それほどまでに精霊種という種族が規格外ゆえに他ならない。
一般的に、竜と対抗できる種族と言われる精霊種。それはつまり、危険度が竜と同等ということになる。
危険度Sに認定される竜種。もしその竜が国に降り立ったとしよう。
待っている結末は───破滅だ。
竜の鱗は非常に強固で、(竜にとって)弱い攻撃は絶対に通しはしない。
竜にとって人間は有象無象。現存する冒険者の中で“最強”と称されるAランク冒険者、その存在ですら、竜にとっては弱者でしかない。
つまりは、人間では竜に傷すら付けられない、ということだ。
唯一対抗できるのは、人間でありながら人間の枠を超越した存在、“王国最強”・“剣聖”・メフィスワートぐらい。
その剣の一太刀で、標高三千メートルの山ですら真っ二つに斬り裂いたという“剣聖”。しかし、そんな存在でも、傷をつけることは叶えど、竜を倒すことは難しいだろう。
“剣聖”でも勝算は薄く、剣聖以外では傷すらつけられない。
人間にとって、竜がどれほど圧倒的存在であるか、この事実を見れば明らかだろう。
そんな存在と同義である“精霊種”。
それがネフィサファ鉱山という非常に近い場所に出現し、その脅威をまだまだ未熟だったラクトが排除した。
なるほど、これほどまでに現実離れしたことは無い。
「竜と一緒ってこたぁ、そりゃあもう、もう一つの“最強”っつっても過言じゃねぇ。それを、あの坊主が倒したなんて……」
「あぁ。普通じゃ信じられない。でも、実際にラクト君は星晶石を持ってきて見せ、さらに、今の実力をここで証明して見せた。信じざるをえないね」
「………」
「あの大きさからして、ラクト君が戦ったのはまだ生まれて間もない精霊種だったんだろう。それでもAランク以上は間違い無い」
“最強”である竜種の子は、例え生まれたばかりでも、人間にとっては脅威となる。
生まれたばかりの状態で、体高はすでに普通の人よりも大きく、体長は小さいのでも人の二倍以上。生まれたばかりの竜の鱗は柔らかいと言われるが、それは普通の竜の鱗と比べて、の話。生まれたばかりの竜の鱗でも、Bランク以下の冒険者の攻撃では崩せない。
現存最強の冒険者・Aランクでもなければ、人は生まれたばかりの竜ですら倒せないのだ。
精霊種の稚体も、それぐらい強いと思ってくれればいい。
「星晶石は持ち主を選ぶ。だから、血縁から譲り受けたものでもなければ、それを持ってるだけで「精霊種を倒した」という証明になる」
「……だから、執務室であんな質問をしたのか」
「そういうこと」
執務室での質問というのは、ラクトに星晶石の話題を持ちかけた時のことだろう。
あの時、ギルドマスターが「家に伝わる由緒正しき石」とかどうとか訊いていたのは、ラクトが星晶石を入手した経緯を確かめるためのものだった、ということだ。
「僕はこれでも長いこと管理職をやってる。人の見る目だったり、嘘かどうかの判断には自信があるのさ。そしてあの時、ラクト君の言葉に嘘は無いように感じた」
「だから、決闘も許したってか?」
「うん。もし本当にラクト君が精霊種を倒したなら、Cランクで留まっているマサニ程度、敵じゃない。あのままごねられても面倒だったし、ならいっそのこと、ラクト君の今の実力を確かめる意味でも、決闘をさせた方が早いと思ったんだ」
「……やっぱ、食えねぇ奴だわ、あんた」
「ふふ、それは褒め言葉として受け取っておくよ」
ギルドマスターの思惑をある程度理解できたガルクは、やっと混乱していた頭も落ち着いてきたのか、ドカッと観客席に座り直す。今度は、忌々し気な視線をギルドマスターに向けていたけれど。
それを受け、ギルドマスターは心地好いと言わんばかりに笑う。先の決闘で、自分の考えは間違っていなかったとの証明もされたのだ。上機嫌なのだろう。
「………さて」
だが、その笑みも、少しするとなりを潜め。
「それじゃあ、今後の話をしようか、アリエ君」
ギルドマスターは、後ろで立ちながら決闘を見ていた受付嬢・アリエの方に視線を移した。





