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第四十二話 全ての始まり

 斬り下ろしが空振りに終わった。

 だからと言って、マサニがそこで止まる筈はなく。

 マサニはさらに、斬り上げ・袈裟斬り・逆袈裟・さらに袈裟斬りと攻撃を続けていく。

 どれも、普通の人や低レベルの魔獣だったら簡単に斬り裂けてしまうほどの攻撃。斬撃の風圧だけで砂が舞っていることからも、威力の高さが伺える。


 しかし、そのどの攻撃もラクトには当たらない。

 どれも身を捻るだけでかわされる。

 攻撃されている最中だというのに、ラクトの表情は一切変わらない。

 つまりは「脅威ではない」と暗に言われている。


 全く攻撃が当たらないことに、マサニの怒りのボルテージは最高潮を迎えようとしていた。

 マサニが大きく剣を振り上げる。今までで一番隙が多い溜めだ。

 おそらく、ひたすら力に任せた一撃をくり出そうとしているのだろう。……単純に、出す技を全て見切られているから当てられないのであって、そんなことをしても攻撃は当たらないというのに。


 そんなことも分からないマサニは、そうやって力任せの一振りを行った。




「───」




 だが、ここで状況が一変する。

 なんと、さっきまで避けに徹していたラクトが、その場から動かなかったのだ。

 それを見て、「殺った」と確信するマサニ。

 彼の銀鉄が、今正にラクトの頭頂部を捉えようとして───






「え?」






 その大剣を、ラクトは楽々と掴んで見せた。


 急に勢いを停止させられた大剣の影響で、有り余った衝撃が放物線上に広がっていき。それに遅れて、修練場から砂煙も追従していく。


 何が起こったのか分からない───否、分かりたくないと、マサニの脳は理解を拒む。


 ラクトがマサニの大剣を受け止めた。

 それは、両者の間に大きな差がある証明に他ならない。


 普通、刃物を持っていても、ゆっくり振り下ろせば何も斬ることはできない。

 料理でも、格闘でも、速度の無い行為に意味など無い。

 白刃取りが良い例だろう。あれは、振られる刃を、振り切られる前に両掌で挟み、速度を───運動エネルギーをゼロにする。

 ラクトが行ったのはそれと似たようなことだ。


 ラクトは、両掌ではなく、指で行ったのだ。

 傍目には、ラクトの手に大剣がぶつかったように見えるが、実際は、運動エネルギーがラクトの手に伝わりきる前に彼が強く指で大剣を挟むことで、大剣の運動エネルギーを限りなくゼロに近くしただけのこと。


 だけとは言ったものの、それをやるのは至難の業だ。

 子供がゆっくり振る木の枝を相手にするのとは訳が違う。

 力任せに振られた、轟速で迫る大剣が相手。

 掴めるタイミングは異様に短く、ゼロにしなければならない運動エネルギーは膨大。

 それを、戦闘中に、片手の握力だけでやって見せた。

 両者の実力の差を証明するのに、これ以上の事実が必要だろうか?


 勿論、大剣をかわし続けていた先と違い、今は『気功術』を使っている。

 だが、それを差し引いても尚、両者には大きな差があると言えよう。


 ラクトの基本ステータスは、一か月前と比べて六倍。

 純粋に数値を信じるなら、一か月前のラクトより六倍強くなっていることになる。

 一か月前のラクトが『気功術』を使ったとしても、今のラクトの基本ステータスを超えることはできないだろう。今のラクトのステータスは、一か月前の『気功術』込みの彼のステータスと二、三倍の開きがあると言っていい。




 非常識なレベルで、彼は強くなっていた。




 流石のこれには、マサニも呆けてしまった。まだ戦闘の途中だというのに、止まってしまったのだ。

 そんな隙を、ラクトが見逃す筈もなく。


「───っっっ!!!!」


 ラクトは、その隙だらけのマサニの腹に、強烈な蹴りをお見舞した。


 マサニの体がくの字に曲がり、背面にある修練場の壁まで弾丸のように飛んでいく。マサニが壁にぶつかった瞬間、修練場の壁一気に陥没し、その周りは蜘蛛の巣を思わせる大きな亀裂が広がった。


「かっ、っ、はっ……───っ? っ? っっ!?」


 あまりの衝撃で、一瞬だけだが呼吸ができなくなったマサニ。

 蹴りを食らった訳だが、その実、あまりにも一瞬のことすぎて、彼は最初何をされたか分かっていなかった。

 しかし、足を振り上げた体勢のラクト、異常に痛む腹、そして。さっきまで握られていた大剣がラクトの手に収まっており、その大剣をラクトが後ろに放り投げたことで、認識が追いつく。───自分は、ラクト(あいつ)によって蹴り飛ばされたのだ、と。


 その事実が、今まで見下していたものに蹴り飛ばされたという事実が、マサニの怒りに油を注ぐ。

 怒りと痛みにより異常分泌されたアドレナリン。それが、マサニの感じる痛みを緩和させ、立つことを可能にさせる。


 立ち上がった彼は、すぐにまた『高速移動』を使った。

 この『スキル』は連続使用が可能のため、短い走行距離ながらも、何度も使うことで直ぐ様ラクトのすぐ近くにまで移動する。

 そのまま体当たりをお見舞して、大剣を拾いに行こうとするマサニ。


「───」


 だが、その体当たりすら避けられた。

 まるで読んでいたようにマサニの走行路から体を動かすラクト。酷くつまらなさそうに、動いてすぐ彼は後ろの大剣の方に目をやった。


 体当たりは避けられたものの、狙い通り大剣の傍までやってこれたマサニは、すぐにその大剣を拾い、後ろに来ているであろうラクトに向かって回転斬りを放とうとした。


 だが、そこから先、彼が攻撃することは無かった。


 回転斬りを放とうと後ろを向くマサニ。

 しかし、その瞬間、強い衝撃を彼は顔面に感じた。

 マサニが大剣を持った時にはすでに彼の真後ろまで来ていたラクトが、マサニの振り向き様に合わせて左の拳を振るったのだ。


 そのまま、今度は反対側の修練場の壁まで吹き飛ばされるマサニ。

 勿論壁は陥没し、周りはひび割れ。

 先の蹴りと今の拳、たった二発の攻撃で、マサニの体は限界を迎えようとしていた。


 壁から離れ、倒れようとするマサニの体。

 視界はぶれにぶれ、思考もままならない状態。

 しかし、彼を殴り飛ばしてすぐに距離を詰めたラクトが、そのまま倒れることを許してはくれなかった。


 右手で首を掴み、彼の体を易々と持ち上げる。


「ぐっ、あっ……」


「……」


 首を掴まれ、苦しそうに嗚咽をもらすマサニ。

 そんな彼に、ラクトは冷ややかな視線を送っている。


「……まだ倒れるなよ?」


 ラクトは、表情を変えず、瀕死のマサニに話しかける。


「これは決闘だ。お前が負けを認めるまで俺は攻撃をやめない。言ったろ? 弱者の気持ちを味わえって。これから、完膚無きまで、お前を殴り続ける」


 ラクトのその言葉が聞こえているのか、マサニは苦しそうにもがきながらも、どんどんと顔が青褪めていく。


「安心しろ? 『気功術』は使わない。使ったら、殴る回数が減っちゃうからな。───今まで虐げられた分、お前には、一つでも多く、その痛みを味わってもらう」


 ラクトが左の拳を握り、込める力を強めていく。

 その様子を見て、マサニの瞳に初めて『怯え』が映った。




「歯ぁ食いしばれ」




   □□□



 そこから先は、最早決闘ではなかった。

 一方的な蹂躙。

 マサニには『金剛力』という『スキル』があるが、以前の六倍のステータスになったラクトはただの殴打で軽々とその防御力を突破する。

 肉のひしゃげる音、骨の砕ける音が聞くに絶えない不快音となり、マサニの短い悲鳴や吐血音が歪なハーモニーを生み出している。


 ラクトはその手を止めない。止めなどする筈がない。

 これまでの雪辱・殺されかけた恨み、個人的なもののみならず、これまでも、マサニはその力に任せて他者を陥れてきたという大罪。

 どれを取っても、どこを見ても、止める意味が見つからない。

 だからラクトは止めない。マサニを殴り続ける。

 顔面を守ろうと腕を交えて構えれば、空いた腹を突き、突かれた衝撃で仰け反れば、また顔面に拳を叩き込む。そこに慈悲など無い。

 ひたすらラクトは殴り続け、殴打し、殴打し、殴打、殴打、殴打───。


 一分間にも続く暴行の果て、マサニは、




 ───とうとう、その地面に倒れ伏した。




 小さく血と共に嘔吐えづくことだけ許された状態。

 体は小刻みに震えているが、もう戦う余力など残っていない。

 ラクトは、地面に転がったそれを冷たく見下している。


 ここに、決着はついた。


「勝者! ラクトぉ!!」


 驚愕と認識拒否によって静まり返った修練場の中、ギルドマスターの声のみがよく響き渡るのだった。

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