第四十一話 決闘開始
俺は今、ギルド内地下にある修練場に来ていた。
目の前にいるのは、俺の決闘相手であるマサニ。
この修練場は、獣人の国にある決闘場とよく似た造りになっているらしい。
中央にある砂の修練場、その周りを囲うようにいくつもの観客席が設置されている。
今その観客席には、決闘の噂を聞きつけた冒険者共が集まってきていた。
それにしても、凄い歓声だ。まぁ、歓声と言っても、それは俺に対してではなく、マサニ対して行われているものばかりだけど。
というか、俺に対しては罵詈雑言ばかりだ。何か、前よりも俺の印象悪くなってないか?
「………おい、それは何の真似だ?」
マサニが俺を睨みつけてくる。
というのも、今の俺はさっき執務室にいた時の格好のままで、何の武器も装備していないのだ。
マサニはしっかりと自分の愛用武器を構えているというのに、まるで戦う気が無いとも取れる俺の態度に、苛立ちと違和感を覚えたのだろう。
「何の真似って?」
俺は分かっているのにあえて訊き返す。
「決闘を受けといて、武器を持ってこないのはどういう真似だと訊いているんだ!! まさか、素手なら俺が手加減してくれるとでも思ってるのか!?」
「まさか。単純に、お前程度に武器を使うのは過剰っていうだけだよ。あ、お前は殺す気で来いよ。じゃないとお話にならない」
「───っっっ!!!!」
ギリギリと激しい歯軋りを行うマサニ。俺に馬鹿にされるのが相当屈辱なようだ。
「それではぁ! Cランク冒険者マサニと! Eランク冒険者ラクトの! 決闘を開始するぅ!」
観客席の方にいるギルドマスターから声がかかる。
この決闘の審判をしてくれるのもあの人だ。無意味にこんな所で冒険者が命を散らさないよう、又、決闘で不正が行われないよう、ギルドマスターが厳しく監督してくれる。
と言っても、もう俺がマサニに殺られるような事態には、万が一にもならないだろうけど。
「両者構え! それではぁ! 開始ぃぃ!!」
決闘開始の合図がなされた瞬間、ネフィサファ鉱山の時と同様に、『スキル』によって一瞬で間合いを詰めてくるマサニ。
俺にその大剣をぶち当てようと、すでに上段で構えていた。
□□□
その昔、マサニがまだ子供だった頃。
彼は貧民窟での生まれだった。
満足に生活するための金は無く、常に薄汚れていて、貧民窟に捨てた両親の顔すら分からない。
生まれながらにしての負け組───それは、彼が十歳の時、己を顧みて感じた感想だった。
その事実を認識した時、彼は異常に腸が煮えくり返るのを感じる。
負け組だと感じた時、誰に対してかは分からないが、非常に腹が立ったのだ。
しかし、その理由が分からない。何故、こんなにも自分が憤っているのか、よく分からない。マサニは、ここまでの人生において、こんなにも腹を立てたことが無かった分、余計にその答えが分からなかった。
とにかく、分からないものはしょうがない。答えの出ない問いを、このままずっと立ち止まって考えていても意味が無いと思い、その日もいつもと同じようにゴミ山を漁って得た今日の成果を持って、自分の拠点へ帰ろうとした。
だが───その日に限って、いつもとは違うことが起きた。
同じ貧民窟に住む、マサニよりも年上の男が、マサニの持っている成果を狙って、絡んできたのだ。
男は成人していた。貧民窟の出ゆえに体は痩せ細っていたものの、当時まだ子供だったマサニよりは力を持っている。さらには、薄汚れたナイフも持っていて、「こんな子供に負ける筈ない」と、「こいつの持っている成果は全部俺のもんだ」と、下卑た笑みを浮かべていた。
見下されている───それを感じた時、いつもなら何も感じなかった筈のそれに対しても、マサニは無性に腹を立てた。
見下されるのはいつものこと、だというのに、何故だかその日は、その事実を受け入れることができなかった。
気付けば、マサニは手で抱えていた今日の成果を落としていて、怒りの赴くまま、その男に殴り掛かっていた。
マサニは生まれながらにして『スキル』を持っていた。
『金剛力』と『高速移動』。『金剛力』は、魔力により自分の細胞の強度を上げることができ、『高速移動』は、自分が定めた地点へ、魔力によって強化した脚力により、勝手に移動させてくれる。簡単に言うと、めちゃくちゃ硬くなって、めちゃくちゃ速く動けるようになる、ということだ。
これまで、マサニは、自分が『スキル』を持っているなんて知らなかった。
物心ついた時から、親はおらず、この貧民窟で育ってきたのだ、それは当然とも言える。
だが、怒りによって我を忘れたマサニは、この時、無意識に、自身の持っていた『スキル』を発動させた。
怒りが、己が内側を全てさらけ出させたのだ。
男に殴りかかり、男を地面に倒して、殴打を続けていく。
ひたすら殴り、殴り、殴り───男が命乞いをし、醜い悲鳴を上げ、血を流そうとも、殴り、殴り、殴り───その男の命尽きるまで、殴り続けた。
マサニが気がついた時には、男は目の前でボロ雑巾のように酷く醜い姿になっていた。
この時、マサニは、人を殺めてしまった罪悪感───は覚えず、逆に、心がスッと軽くなったような感覚を覚えた。
マサニがこれまでに感じたことの無い心地良さ。その初めての感覚に戸惑いながらも、マサニは、その時初めて、笑みを零した。
その後、どんどんとマサニはその感覚にハマっていく。
人を貶め、自身の我儘を通し、人の上へと立つ。
そして、遂には、貧民窟にいる全ての者を屈服させ、貧民窟の一番にまで上り詰めた。
これが、マサニにとって初めて、自分の意思で行った行動である。
彼は生まれながらにして、人の上に立たなければ我慢ならない性質だった、という訳だ。
さらに月日は流れ、さらなる上へ求めて、マサニはギルドの門を叩いた。
それからも、彼の人生は順風満帆だったと言えよう。
新人の中では自分が一番強く、迫り来る魔物も彼によって蹂躙される。
自分に適うものはいないという全能感───彼はメキメキと自分の実力を伸ばしていった。
だが、実力が備わってくると、自然と視野も広くなる。周りがよく見えるようになるのだ。
そして、彼の齢が十八を超えた頃、遂に彼は、上を見てしまった。
上位冒険者───Bランク以上の冒険者、本当の才能を持つ者達を目にしてしまったのだ。
彼らにはどうやっても追い付けない。本能でそれを悟ってしまうぐらいに、彼らの活躍は鮮烈だった。
マサニは初めて挫折を味わったのだ。
そして、Bランク以上へ行くことも諦めてしまう。
自分は上には立てない、そう悟った。
───しかし、それでも尚、自分という名の性質は、それを許してはくれなかった。
人を虐げる喜びを知った。人の上に立つ快感を知ってしまった。
それを知ってしまった以上、もう誰かの下で甘んじることは我慢ならない。
そうやって葛藤の末、悩みに悩んだ挙句、彼の出した結論は───今自分より弱い者全てを屈服させる、そういう歪んだ結論だった。
現段階で自分より弱い者を虐げ、これから強くなろうとする者を許さない。
俺より上へ行くことを許さないと言わんばかりに、彼は弱者にとって、先に進む際に障害となる壁となった。
そのためなら何でもした。
自分より弱い者を奴隷のように扱い、自分という名の恐怖を植え付け、強くなろうと勇敢にも先へ進んだ者には『死』さえも与えた。
それで、自分の下へとくだった者には、それなりに恵んでやったりもして───彼は、自分が気持ち良く過ごせる環境を作り出してしまったのだ。
自分が誰よりも上に立ちたいという欲求が、彼をここまで歪にした。
生まれ持っての性が、彼をここまで醜くした。
彼は、生まれながらにして欠陥を抱えていた訳だ。
時間は戻る。
マサニは、ラクトに向けて大剣を振り下ろしていた。
自分よりも弱いクセに、こうやってしゃしゃり出て、挙句の果てには自分を見下す発言───ラクトの取った行動は、マサニにとっては許し難い愚行だった。
マサニは一度ラクトに勝利している。
にも関わらず、敗者がここまで粋がることに、マサニは不快しか感じなかった。
だから、ここでまた屈辱を与えてやろう、と。
ここでまた、痛みと共に屈服させてやろう、と。
ここでまた、覆しようのない“弱者”という名の烙印を押してやろう、と。
マサニは力任せに大剣を振り下ろした。
マサニには『金剛力』という『スキル』がある。並大抵の攻撃では、マサニには通らない。
故に、このような隙多い単純な振り下ろしでも、攻撃として成立する。
隙を見せ、相手に攻撃させる。しかし、『金剛力』を持つマサニにとって、ほとんどの攻撃は体勢を崩すまでには至らない。
そうして、攻撃のために近寄った、又は、その場で留まっていた相手に、自分の攻撃を押し通す。
高い防御力を持つ故に成立する単純な戦法。
マサニは油断していた。
自分よりも低ランクなラクトでは、自分の防御を突破することはできないだろう、と。
一か月前、ネフィサファ鉱山の地下へと落とした。
そこから生還したことには驚いたが、それでも、何とか隠れて、魔獣の隙を見て、命からがら脱出したに違いない───マサニはそう思っていた。
ラクトの実力は以前と変わらない。マサニの認識はこうだった。
そういう認識だからこそ、これから彼は地獄を見ることになる。
ラクトが大剣の振り下ろしを体の向きを変えるだけで避ける。
余裕を持った回避行動。
当てる的を失った大剣が闘技場の砂へと激突し、大きく砂埃を立てる。
自分の攻撃が避けられたことに舌打ちしながら、それでもマサニは、ラクトへ攻撃を続けていく。
───それが、敗北への歩みとも知らずに。





