第三十九話 受付嬢とのお話
先ほど部屋を出ていった受付嬢さんによって、新たに二人が部屋へと入ってくる。一ヶ月前、俺の持ってきた依頼を受理した受付嬢さんと───
「───っ」
あの日、ネフィサファ鉱山で俺を殺そうとした男、Cランク冒険者・マサニ。
受付嬢さんの方は顔を真っ青にして入ってきたというのに、マサニの方は「面倒くせぇな」とでも言うように顔を背けている。
あんなことがあったっていうのに……よくもまぁ、平然と顔を出せたな、こいつ。
二人が入ってきたのを確認して、ギルドマスターが顔を上げた。
「君達を呼んだのは、勿論話を訊くためなんだけど、とりあえず順番に訊こうか。まずは、アリエ君」
「───っ!!」
名前を呼ばれただけでビクッと肩を跳ね上げる受付嬢さん。
というか、あの受付嬢さん、アリエっていうんだ。
「一ヶ月前、事件があったのを覚えているかな? とある書類が隠された件だ」
「……」
「そこにいるラクト君が依頼を受けてから一週間、未だに武器が返却されてないとの報告を受け、ギルド内で調査が行われたよね? 調査理由としては、武器の貸し出しを依頼したラクト君が、一体何の依頼を受けたのか。依頼内容によっては、長期の貸し出しもありえるからね。それを知るために、ギルド内で処理した依頼書を一斉に漁ったりもした。結果、ラクト君が受けた依頼書は発見された───誰も使っていない筈の机の引き出しでね」
「……」
え? どういうこと?
「たまにある話だよねぇ。冒険者とギルド職員が結託をして、不正を働く。今回の例で言えば、誰も入ってこない立ち入り禁止区域で違法な取引を行うために、そこに入っていても問題無いように見せかけるため、依頼書を偽造したり隠ぺいしたりするケース。今回も似たような形だったから、真っ先にそれを疑った。でも、内容はあまりにも稚拙。日にちの改ざんも行われておらず、廃棄すらしていない。依頼書の改ざんはそれなりに経験のあるギルド職員なら簡単に行えることだ。だから、今回は、未熟な冒険者と新米ギルド職員の犯行だと考えられた。まぁ、重要な連絡事項を伝え忘れて、誤って依頼を受理した挙句、後々自分のミスに気付いた職員が、焦って隠した、なんて線もあったけど。とりあえずは、故意の犯行だと仮定して、捜査が続けられた。
しかし、問題はここから。犯行があったと分かっても、犯人を特定するのって難しいんだよね。使われている判子は同じだし、人によって受理する依頼書の量はバラバラ、監視用の記録魔術も無ければ、受理した依頼書はまとめて処理されるため、その時にはもう誰が受理したかは分からなくなっている。ここから誰が犯人かを突き止めるなんて不可能だ。それこそ、高位の魔術師でもなければね。そうだろ?アリエ君」
「………はい」
俯きながら、か細い声で返事をするアリエさん。
ギルドマスターの喋り方、顔は笑ってるのに対して、ちょっと怖い。
ここまで確認した所で、少し間が空く。ここで間が空くのも少し怖いな。
そして、ギルドマスターの表情が引き締まった。
「今、ラクト君から新たな証言を受けた。あの依頼書を受理したのは君だそうだね、アリエ君。しかも、ラクト君は注意喚起を受けてないと言っている。これは本当かな?」
「───っ」
「……まぁ、部屋に入ってきた時からの表情でなんとなく察しはついていたけどね、今の反応からして間違いは無さそうだ。………残念なことに」
今のギルドマスターの言葉で、アリエさんは俯きがちだった顔をさらに下へ向ける。まるで、親に怒られた時の子供のような反応だ。
ギルドマスターもギルドマスターで、一瞬苦悩の表情を見せた。
「君が犯人ということは、だ。ミスという線は消えたね。君はいつだって、大なり小なり、何かギルドにとって不利益なことがあればすぐに報告に来ていた。例えそれが、人のミスでも自分のミスでも、ね。そんな君が起こし、隠した不祥事───ミスなんかである筈がない。………と、僕は思うんだけど、そこの所はどうかな?」
「……ぉの、とおり……です……」
アリエさんの声は、とてもか細いものだった。まるで今にも泣いて、消えてしまいそうな、小さい声。今の声からしても、酷く震えているのが分かる。
「ふむ、つまり……故意だった、と?」
「……………はぃ……」
「………」
アリエさんの受け答えにより、疑念が確信に変わったことで、ギルドマスターは瞼をこれでもかと強く閉じ、眉間に右手を持ってくる。怒り、狼狽、悲しみ……とにかく、強く残念に思っているのは間違い無い。
「理由を……訊かせてもらっても、いいかな……?」
ギルドマスターが質問を続ける。
なんとか平穏を保とうとしているように見えるが、感情が乱れに乱れて、上手くいっていないようだ。
「………」
アリエさんは、最初、自分の胸の前で両手を握り、何やら怯えているようにも見えたが、それでも、震えながらも、口を開き始めた。
「……私怨です」
「……」
彼女の口から出たのは、中々に衝撃な言葉だった。
「最初は、謝ろうとしました。私は、彼の実力と努力を疑った。だから、きちんと彼に謝罪して、またいつもの生活に戻ろうって。でも……考えている内に、どんどん黒い感情が湧き上がってきて………いつの間にか、彼を貶めることばかり考えていました」
「………」
「自分でも……分からないんです。何で、あんな思考になったのか。でも……あの時は、彼をどうやって貶めるか……そんなことしか、考えられなくっていたんです。ユウキさんの言った証言に、間違いは無く、そして、ギルドマスターの仰った、通りです……本当に、本当に……! 申し訳ありませんでした!!」
そう言って、アリエさんは頭を下げた。
「何で、そんなに……」
俺は、彼女が語った理由が、理解できなかった。
私怨って言われても、俺と彼女に接点はほとんど無い。それこそ、ゴブリンカイザーの件で少し話した程度と、後は依頼での受理ぐらい。恨まれる理由が分からない。
「……君は、公私混同はしないと、思っていたんだけどね……」
「……私も、今までは、そう思っていました」
ギルドマスターがまた苦悩の表情を浮かべながら「ふー」と息を吐く。
その間も、アリエさんは頭を下げ続いていた。
また少し間が空く。嫌な沈黙だ。空気が重苦しい。
色々と、訊きたいことはある。アリエさんとは本当に接点が無いんだ。こんな私怨をぶつけられる筋合いは無い。
でも、何から訊けばいいのか……あまりによく分からなさ過ぎて、頭が回らない。
そして、沈黙が続き───またこの沈黙を破ったのは、ギルドマスターだった。
「君がやったのは、許されることじゃない。運が悪かったら、一つの命が失われる所だった。懸命な君なら、分かるね?」
「……はい」
ギルドマスターがまた息を吐く。その後、顔を引き締めて。
「ラクト君、この通りだ。これで、君への疑念は全て取り払われた。今回、謝罪をすべきは我々だった。本当に、申し訳ない」
ギルドマスターが深々と頭を下げた。
「………」
「職員の不手際は管理する僕の責任だ。今回、我々ギルドの過失により、君の命を危険に晒させてしまった。謝って許されることじゃないのは分かっている。だが、今はどうか、謝らせて欲しい。本当にすまない」
「……」
「もし何か要望があるなら言ってくれ。出来うる限りのことはしよう。今後、ギルドは君に敬意を示し、最大限のバックアップもする。何かないかな?」
………。
ハッキリ言って、凄いことだ。
支部とはいえ、一組織が俺を優遇してくれると言う。
ただの不手際で被害を被っただけにしては、破格の待遇だ。
でも、今はそれに、それほど魅力を感じていない。
何故か? ───そんなことよりも、興味を惹かれる事象があるからだ。
いや、興味というのは違うな。怒り・憎しみ───マイナス面の感情であることは間違い無い。
「……アリエさんの話は分かりました」
俺が口を開いたことで、またアリエさんが肩を跳ねさせた。
でも、今は気にしない。
「正直、何が? とか、何で? とか、色々物申したいことはありますけど………でも、今は、それよりも先に優先して話しをつけたいことがあります」
俺はそう言いながら視線を───マサニに向けた。いや、視線を向けたと言うより、強く睨んだと言った方が正しいか。
「……そう、だったね。うん、アリエ君の処遇については一先ず後にしよう。では、ラクト君の要望もあったことだし、次は、マサニ君、君に話を訊こうか」
そうして、ギルドマスターも、一度気持ちを切り替え、マサニの方に話を振った。





