第三十六話 噂をすればなんとやら
冒険者組合内にて。
「よぉ嬢ちゃん、元気にやってるかい?」
とある受付嬢に話し掛ける一人の冒険者がいた。
「あ、ガルクさん! お久しぶりです!」
Bランク冒険者であり、ラクトがEランクに上がるための昇格試験において試験官をやった男・ガルクだ。
ちなみに、話し掛けられたのは、今も尚ラクトを疑っている眼鏡を掛けた受付嬢・アリエと仲の良いラムーという女性だった。
「いやぁ〜長かった。ほれ、これ討伐部位」
「え? うひゃ!? うえぇ……? か、確認してきましゅ!」
ガルクが受付嬢の前にほっぽり投げたのは、一メートルもありそうな巨大な牙。今回ガルクが討伐してきた魔獣の討伐証明部位だ。
これを見てラムーは慌てふためき、確認のため奥へと引っ込んでいってしまう。
少しして、彼女が一つの紙を持って戻ってきた。
「えっと……ガルクさんが受けたのは……ここから南西にあるムロミッチ砂丘に住み着いた、ブービーアントラの討伐で………二週間前!?」
ブービーアントラ───体躯は蟻地獄と酷似しているが、サイズは成人男性の五倍、習性も少し異なっている。
通常、蟻地獄はサラサラとした地面に住み着き、罠を作って獲物が落ちてくるまで待つ。
しかし、ブービーアントラの場合、地中の中をまるで泳ぐかの如く自由に行き来し、獲物を見つけたらその場で地面の性質を変え、即席の罠を作り出す。
その巨大な体から推測できるように力も強いが、口から消化液まで吐き出す、出会ったらまず無事でいられないと言われる危険度Bランクの魔獣である。
そして、ムロミッチ砂丘はこの都市から南西に大きく離れた所にある。
この都市から馬車で早くても五日。最悪、十日かかる時だってあるほど遠い。
しかも、その面積は広大で、お目当てのものを探している最中に迷い帰れなくなるなんてざらだ。
行くのに片道五日はかかる広大な砂の土地で、地面に潜る敵を見つけ屠り、全部合わせて二週間で帰還する、それがどれだけ異常なことか。
「ど、どうやったらこの依頼を二週間で終わらせられるんですか……!?」
「ん〜……嗅覚?」
「………」
自分の鼻に手を当て、根拠の無い理由を示すガルクに、ラムーがなんとも言えない表情を浮かべる。
人間なのだから、嗅覚で獲物を嗅ぎ分けるなんて不可能。だが、ガルクならやれそうと思えてしまう分、「そんな訳あるか!」と突っ込めないのが何とも歯がゆい所だ。
「それよりも……坊主は今どうしてる?」
ガルクが話題を変える。
少し神妙な顔になったことから、彼にとってはブービーアントラよりも優先度の高い話なのだろう。
「坊主……?」
「そうそう、坊主。えっとな……なんつったっけ? ………そうだ、ラクトだ!」
「………」
ラクトの名前が出た所で、ラムーが一瞬目を見開き、言いにくそうに顔を俯かせる。
そして、少し間を開けると、彼女は再び口を開き始めた。
「ラクトさんは、ここ一ヶ月顔を出していないんです」
「あぁ? んだそりゃ……って、そういや坊主は学生だったな。じゃあ、今は学業に専念してるっつう訳か」
「いえ、それが……そうでもないんです」
「はぁ?」
歯切れの悪いラムーに、ガルクがまた懐疑の声を上げる。
「そうでもないって、何でそんなこと分かんだよ? 坊主は一ヶ月ここに顔出してねぇんだろ」
「実は一ヶ月前、ラクトさんはここで武器の貸し出しを要請してまして、それが未だ返ってきてないんです」
「……武器と依頼は?」
「貸し出した武器は戦斧。依頼は………ネフィサファ鉱山での、魔石発掘でした」
「………は?」
その依頼内容はガルクにとっては信じられないものだったようで、返事に少しの間が空く。
そこから彼は「何言ってんだ?」と言わんばかりに目を見開き。
「ネフィ、サファ……? いや、は? あそこは、立ち入り禁止の筈だろうが。他ならぬ俺があそこの危険性について伝えてやったんだぞ。何言ってやがんだ? は? いや、は?」
「……」
「おい、黙ってねぇで何とか言えや」
「……っ」
ラムーの表情からして、ガルクが正論を言っているのは明らかだった。
一か月前、ギルド全体でネフィサファ鉱山の依頼は見直しされることがギルド長から言い渡された。
にも関わらず、まだランクの低いラクトに、危険だと分かっているネフィサファ鉱山へ行かせた。行くことを許可した。
明らかに、ギルド側の失態である。
「……一か月前、私達は確かに、依頼を受けに来た冒険者に対して注意喚起をしていました。ネフィサファ鉱山へ行こうとしているのかどうかは関係無く、全体に。誰も許可を出す筈が無かったんです」
「だが、坊主は現に依頼を受け、ネフィサファに行ってんじゃねぇか、あん?」
「私達も、分からないんです。これに気付いた時、当然ギルド内で調査が入りました。本当にラクトさんが受けたのはネフィサファ鉱山の依頼なのか、その当時担当していた受付は誰だったか、他にも。でも、何も分かりませんでした。見つかったのは、受理された依頼書だけ。本当に、全く、分からないんですよ!」
ラクトが一か月間行方不明。
受付の誰かがネフィサファ鉱山の危険性についてラクトに話さなかったが故に起きただろう事件。
同じギルド職員として、ラムーにも思う所があるようだ。その表情には影が差す。
「……チッ、捜索は?」
「……今回は事が事だけに、救出に向かってくださる冒険者が見つからなかったんです。ネフィサファ鉱山が危険なのは、全冒険者に伝えられている情報。そんな危険な所に自ら足を突っ込む方が悪いということで、引き受けてくださる人が見つからず……」
「んだよそれ……」
「……」
ガルクが「納得できない」と一息吐き、後頭部を掻くと。
「……はぁ、それでこの騒ぎか」
後ろを振り返った。
「ざまぁねぇよなぁ! 調子のるからだぁ!」
「馬鹿だよなぁ! 自分から危険区域に足を突っ込むなんて!」
「寄生虫が図に乗るからぁだぁ!」
ギルド内にいる冒険者が、これでもかと酒を飲みはしゃいでいる。
「ひでぇ言い草だな。これ、ギルドとして放っておいていいのか?」
「……ぐうの音も出ません。まさかここまで大きな話題になるなんて思っておらず」
「あぁの坊主、相当嫌われてんなぁ。俺の目にはこんなにも嫌われるような悪人には見えなかったんだが、実は坊主、性格悪いのか?」
「いえ……そんなことはないと思うのですが。私としても、ひたむきで頑張っているなぁというイメージしか」
「んだよなぁ。………どちらにせよ、これは風評被害だろ。ギルド職員として、注意しなくていいのか?」
「しましたよ。でも、こちらも激務なんです。仕事の最中、中々注意見回りには行けなくて……気付いたら、もう収集のつかない所まで広がってしまっていたんですよ」
「んで、注意喚起は諦めた、と」
「………はい」
「はぁ……」
二人の間に少しの沈黙が訪れる。
「そうか、もう坊主は……」
冒険者ギルド内にて、マサニは一人席に着き、酒を呷っていた。
その顔はどこか綻んでいる。
マサニは、急成長するラクトに対して、良くない感情を抱いていた。
嫉妬どころではない。最早それは、憤りや恨みと言っても差し支えないレベル。
そんなラクトが消え、ギルド内はその事実を祝福するように大騒ぎ。
これにより、彼の溜飲も下がったことだろう。愉悦すら感じているかもしれない。
時間は大体夕刻も終わり。そろそろ暗くなり始める頃。
大体の冒険者も、依頼を終え、得た報酬で酒を酌み交わしている時間だ。
その時、とある男がギルドの扉を開いた。
この時間、依頼を終え戻ってくる冒険者が多いため、人の出入りを気にする奴は少ない。
それでも、今回入ってきた男にだけには皆、注意を向けざるえなかった。
理由は二つ。
一つは、引いてきた荷車に乗っている鉱石の量が異常だったこと。これでもかとパンパンに膨れ上がった袋が三つ乗っており、その袋のどの口からも入り切らなかった宝石が顔を覗かせている。
二つ目は、男そのものに。今まで大半の冒険者が話題にしていた男が帰ってきた。
誰もが驚愕せざるをえなかった。
男は荷車を入口近くに置きながらも歩みを続ける。
皆、どう接すればいいのか分からず避けることで、男の前には自然に道が空き。
男───いや、少年は、ガルクとラムーのいる受付窓口にまでやってきた。
「あれ、換金お願いできますか?」
少年は、一ヶ月前と変わらぬ笑みを浮かべ、持ってきた宝石類の換金を依頼したのだった。
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