第二十一話 怪我の後は安静に
キリシア君が医務室から去っていく。
それと同時に、リーネ先生がまた僕の近くへ戻ってきて。
「ね、ねぇラクト君、今のって……」
「はい?」
「「はい?」じゃないよ! あれってキリシア・メフィスワートじゃない!? “剣聖”の息子の!」
「あ、はい、そうみたいですね」
「「そうみたいですね」って……何でそんなに軽いの!?」
先生はさっきから困惑しっぱなしだ。
先生の話す感じからして、やっぱり先生とキリシア君は初対面だったのだろう。それでも、フルネームや“剣聖”の息子だというのを知ってるということは、やっぱりキリシア君はこの学院内ではそれなりの有名人なんだな。流石首席。
先生は一度大きく息をつき、落ち着きを取り戻す。
「………ラクト君、キリシア・メフィスワートに勝負を挑まれるって、何したの?」
「何って……別に模擬戦していただけですが」
「え、それだけ?」
「はい」
「……………はぁ〜」
リーネ先生が今度は別の意味で驚いたような顔になる。
「“剣聖”の息子に勝負を挑まれるほどの闘いぶり、か。ラクト君って、ちゃんと強くなってたんだねぇ」
「……」
いや確かに、今まで修練の度に怪我をして運ばれてきていた訳だし、強くなっていない思われるのは仕方ないかもしれないけど……声には出さないで欲しかった。
改めて、そう思われていたと分かると、何か落ち込んでしまう。
それに……。
「………」
「ん? ラクト君?」
僕の様子が気になったのか、リーネ先生が改めて声をかけてくる。
「え?」
「え? じゃないわよ。どうしたの? そんな暗い顔をして。首席君に勝負を挑まれるってことは、それだけアナタが強くなったって証明じゃない。どうして、そんな暗い顔をするの?」
「………」
実力を認められた、か。
確かに、それはその通りだ。その通り、だが。
「いえ……まぁ、その通りなのですが、けど、キリシア君に認められても嬉しくないと言うか、認められたからこそ悲しいと言うか」
「……? どういうこと?」
リーネ先生が僕の真意を訊いてくる。
「その、僕、あまりキリシア君のことが好きじゃないんだと思います。というか、この学院にいる生徒そのほとんどが、好きじゃない」
「……」
「………僕にとっての騎士って、弱い人を守る、凄く強い人っていうイメージだったんです。でも、この学院にいる人は、どっちかというとその真逆。弱い人を守らず、見下し、虐げる。こんな人達が騎士になるのかって、ずっと疑問でしょうがなかった」
「それは……」
「キリシア君なんて、今代の首席ですよ? それも、騎士を目指す学院の首席。なのに、一度として、弱者には手を差し伸べなかった。この時期になってくると、もう僕ぐらいしか(イジメられていた人は)いませんけど、でも、代替わりする度に、そういう弱者は複数人いたんです。ここにいる人達は、誰一人としてそんな存在に手を差し伸べようとしなかった。おかしいですよね? ここにいる人達は、何かを守る職業に就こうとしてるのに」
「……」
「今まで話しかけるどころか見向きもしなかった癖に、今日になって話しかけてきたのがいい証明です。強者以外に興味は無い、強くなったから認めてるやるよ………騎士になろうとしている人が、そんなんでいいのかって。別に、僕を助けてくれなかったから全員嫌い、なんて言うつもりはありません。そうじゃなくて、その……ここにいる人達は、誰かを助けるってことをしなかった。僕の思い描く騎士像とはかけ離れてある。だから、好きになれない……いや、これも結局は助けてくれかったから嫌いってことになるのかな? いや、でも………その、あぁクソッ、上手く言えない……」
頭を掻きながら、相応しい言葉が無いか思案し続ける。しかし、中々この気持ちを表す上手い言葉が見つからない。これでは、ちぐはぐでロクでもない愚痴を吐きに来ただけの空っぽな人間ではないか。
取り繕おうと、ひたすら良い言い回しがないか探る僕。
そんな情けない姿を見せているというのに、リーネ先生はひたすら僕から紡がれる言葉を待ってくれていた。
「………僕って、おかしいんですかね? 騎士って、そんなものじゃないんですかね? ここにいると、不安になるんです。もしかしたら、僕の理想ってかなり的外れなものなんじゃないかって。僕以外の全員が正しくて、僕だけが、ひたすら間違い続けてるんじゃって………何言ってんだろ、僕……」
こんな弱音、言うつもりじゃ無かったのに。
そもそも、こんなことを思っている自覚すら無かった。
不安だったのか、僕は。
初めて覚える感情に戸惑いを覚える。
そうやって狼狽する僕───そんな僕に対して、リーネ先生は。
「私、騎士じゃないし、何が正しいかどうかは、人によって違うから、一概にラクト君を肯定することはできないかな」
リーネ先生が、僕の頭に手を置き、優しい声色で混乱する僕を宥めようとしてくれる。
「でも、個人的な感情で言えば、ラクト君の理想はとっても素晴らしいと思うわ。弱者の味方でいてくれる騎士様、素敵じゃない」
「……」
「周りに同じ人がいないから怖い? 誰もやってないから、間違っているんじゃないかって不安なのかな?」
「……はい」
「でも、ラクト君からしたら、正しい理想像なんだよね?」
「……はいっ」
「なら、“強くなる”しかないんじゃない?」
「───!」
「騎士はこうあるべきだ、騎士にはこうあって欲しい───なら、ラクト君が一番強くなって、皆のお手本になるしか、ないんじゃない?」
「───」
そうだ、その通りだ。
全く以て、その通りだった。
リーネ先生の言葉が、スッと胸の中に入ってくる。
あれだけ漂っていた不安という名の暗雲が、晴れていくのを感じた。
「私は、応援するよ」
「………」
不思議な感じだ。
あれだけ沈んでいた気持ちが、今では「何でもできるぞ」と言わんばかりの興奮へと変わっている。
誰かが肯定してくれる───それだけで、これほど自信が持てるものなのか。いや、もしかしたら、肯定してくれたのがリーネ先生だったから───
僕の顔に自然と笑みが浮かぶ。
「ありがとうございます、リーネ先生。なんか、気持ちが晴れました」
「お役に立てたようなら何よりです」
その言葉を交わした後、なんかおかしくなって、二人して軽く笑ってしまう。
さて、改めて、気持ちの整理と目標の再確認ができた所で───僕は椅子から立ち上がる。
「それじゃあ、そろそろ行きますね、リーネ先生」
「え? ちょっと待って、どこに行く気?」
「いや、そろそろ授業に戻ろうかなって」
「何を馬鹿なこと言ってるの! ラクト君は大きな火傷を負ったんだよ! 今日ぐらいはきちんと処理し続けないとすぐ爛れちゃうんだから油断しちゃ駄目! 今日の授業が終わるまではここにいること!」
「あ、はい」
なんか良い感じに話が区切れたので、そろそろ退散しようとしたら、リーネ先生に思いっきり止められてしまった。止める勢いが凄くて、思わず固まってしまう。
「ほら、分かったならベッドに行く! 立ったり座ったりするより、楽な姿勢でいる方が治り良いんだよ」
「わ、分かりました」
そうやって促され、僕はベッドの方へ足を向ける。
まぁ、今日はもう授業を受ける意欲があまり湧いていなかったから、いいか。
そこで、僕は一つのことを思い出す。
「……そういえば……カマザ君が運ばれてきたと思うんですけど」
「カマザ……? あぁ、君が来るよりも前に運ばれてきた子? それならもう帰したわよ。怪我といってもほとんど打撲だったしね」
「……そうなんだ」
僕はベッドに腰を乗せる。
「その軟膏ね、強力だけど、貼り続けているとすぐにカブれてしまうの。だから、数時間したら軟膏をきちんと拭き取って、十数分は間を置かないといけない。本当は、付け直しも良くないんだけどねぇ。でも、ラクト君が受けたのは多分腐食効果のある『スキル』。疎かな処置で終わらせたらすぐに細胞が死んでしまうわ。だから、せめて『スキル』の効果が抜け切るまで───丁度 、今日の授業が終わるまでね、ここで安静にしておかないと駄目よ」
「………」
流石『修練塔学園』お雇いの治癒師。ただ見ただけでそこまで暴けるなんて。
ていうか、そんな凶悪な『スキル』だったのかあれ。受け止められて良かったぁ。てか、本当避けなくて良かったよ。
「本当は回復系魔術ですぐに治すのが良いんだけどねぇ。生憎と私は治療師じゃない。怪我や病気を治したりするための薬を調合することで手一杯の治癒師。ごめんね」
「───!? そんな、リーネ先生が謝る必要なんてどこにも無いじゃないですか! 僕は、ここの保健医が先生で良かったって思ってます。先生がいるおかげで、安心して今後も修練に励めるんですから」
「……ありがとね、ラクト君」
「………」
先生の顔からして、気休めを言われているぐらいにしか思われていないのだろう。
確かに、その場ですぐに傷を治せる治療師と傷を治すための薬を調合する治癒師では格差が存在する。薬で時間をかけて治す所を、治療師はほとんど一瞬で治してしまえるのだから。誰に訊いても、治療師の方が上と答えるだろう。
でも、僕は───
「……本当に、僕は、リーネ先生で良かったって思ってます。リーネ先生が、ここの保険医で良かったって」
「───」
少しでもリーネ先生に自信を持って欲しくて、僕は何とか笑みを浮かべそれを伝えた。
さっきのお礼もある。それ以外にも、リーネ先生の暗い顔は見たくないって気持ちがあって、精一杯その気持ちを伝える。
すると、何故かリーネ先生は一瞬だが目を見開いた。そして、どこか儚し気に笑顔を作り。
「………そっか……うん、ありがとうね」
「………?」
僕にはそれが、今にも泣きそう顔に見えてしまった。
どうして先生がそんな顔をするのか、この時の僕には知る由も無かった。
□□□
それから数時間後。
ラクトはいつの間にか眠り、静かな寝息を立てていた。
リーネは寝ている彼の横に椅子を持ってきて座り、その彼の寝顔を見て微笑んでいる。
「………本当、あの子そっくり」
それは、どこか昔を見詰めているような感じでもあった。
「あの子が生きていたら、こんな感じに育ってくれてたのかな?」
少し崩れていたラクトの前髪を、リーネが指で優しく掻き分け整える。
「精神が強い訳じゃないけど、どこまでも理想を追い求める所は、本当にそっくり」
彼女は「ふふふ」と笑みを溢す。
「あの子も、そんなに強くないのに、何故か負けず嫌いで、夢に一途だったもんなぁ。やっぱり、男の子にはそういう特有の性質があったりするのかな? 不思議」
ベッドの上で頬杖をつく。
「………」
だが、少しの間 無言でラクトを見詰めていると、その顔からいきなり笑みが消え、
「だから、心配だよ」
また泣きそうな顔へと戻った。
「ラクト君も、あの子のようにいなくならないか、心配だよ………心配、だよ………」
震えているその声は、静寂を孕む部屋の中で、静かに溶けていった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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それではまた次回の更新で。





