第十六話 落胆後に迫る高みからの挑戦
この模擬戦闘の授業において指導役を担当している教師・ケイン=カーコブラックが、カマザ君との戦闘を終了するよう口にした。
「これ以上は模擬戦の範囲から逸脱する。この授業の指導役として、それは認められない。木刀を下ろせ」
「───」
そう言われ、僕は頭に血が昇っていた事を自覚し、木刀を下ろす。
いけない……後少しで、取り返しが付かない所まで行く所だった。
感情に身を任せて人の命を奪う、それは『騎士』としてあるまじき行為だ。
カマザ君にはこれまでの恨みがある。それでも、その感情に身を任せて動くのは───駄目だ。
僕は深く息を吸う。
「すみません」
「………気付けたのならいい。次からは呑まれない様に気をつけろ」
「───!」
気付かれてた……! というか、僕の方もきちんと見てたのか。
さっきの自分の内心・底辺と揶揄される僕の事もきちんと見ていたのかという、二つの驚きが僕を襲う。
「………はい」
それでも、さっきの自分は反省するべきだと分かっていたから、きちんと返事をする。
「よし」
先生は立ち上がり、周りを見渡す。
「俺はセコを医務室まで連れて行く! お前達は模擬戦を続けておく様に! だが、くれぐれも一線は越えるなよ!」
言い終えると、カマザ君を担いで、先生は修練場から校舎へと歩いていった。
「ほんっっっと情けねぇなぁカマザの奴。おいラクト、次は俺達とやろうぜぇ〜」
そうして一人となった僕の後ろから、二人の男子生徒が声を掛けてきた。
□□□
「カマザの奴、だっせぇよなぁ」
「まさかザ・最弱にやられるなんてな」
「今まで苛めていた相手に仕返しされるとか、無様でしかないんだけど」
周りは僕にやられたカマザ君を嘲笑する声で埋まっている中、二人の男子生徒が僕に近付いてくる。
黒い髪を刈り上げているのがダマセ君、深緑の髪の方がモグ君───二人共、カマザ君程じゃ無いにせよ、僕の事を苛めていた人達だ。
「カマザの野郎、実力も無い癖に威張ってて ちょ〜ウザかったんだよ。フルボッコにされて ざまぁって感じ」
「でもさ、それで今度はお前が調子に乗り始めたら それもそれで不快な訳」
「つう事で、今の内に自分の立ち位置を再認識させてやろうってんだ。有難く思えよ?」
「あ、勿論、受けねぇって選択肢はねぇから」
「………」
好き放題 自分達の理論を押し付けてくる二人。聞いてるだけでイライラしてくる。
だが、顔には出さない。さっきので学習したからだ───感情に呑まれてはいけない、と。
この苛立ちは、真っ当な打ち合いで発散しよう。
僕は両手で木刀を持ち、正眼の構えを取った。
「───! はっ、一丁前に構えやがって。良い度胸じゃねぇか」
「あ〜ぁ、早速調子乗り始めちゃったかぁ。今まで通り隅で縮こまっているって言うなら、今回軽く撫でるだけで済ませてあげたのに」
ダマセ君が少し苛つきながら木刀を片手で持ってこちらに近付いてきて、モグ君は後ろで僕を憐れむ様に笑っている。
ダマセ君がある程度近付いてきた所で止まり、木刀を片手でだが構えた。
「さぁ、来やがれ。てめぇに格の差ってやつをおしえ───」
僕はすでにダマセ君の「来やがれ」の言葉で動き出していた。
「来い」という事はつまり「始め」という事。
僕からの始めの合図ならいざ知らず、相手からの始めの合図だ───速攻を仕掛けたって何ら卑怯には当たらない。
ダマセ君の木刀を右に弾く。そして、その無防備になった腹に蹴りを叩き込んだ。
「───っ!?」
腹に足が直撃した瞬間、少しだが衝撃が彼の体を貫通し、鈍い音が響く。
彼の体がくの字に曲がり、そしてそのまま膝が落ちて四つん這いの状態へとなった。
痛みで体を震わせている。
その彼の上からさらに孤を描く様に足を振り下ろした。
下が砂で出来ている修練場が、かなりの力でダマセ君の体を押し付けられた事で勢いよく砂が掻き分けられ、少し陥没する。
カマザ君はそこで気を失ったのか、ぐったりと倒れ伏した。
「なっ!?」
それを見たモグ君が反応。
「てっめぇ!!」
ダマセ君がやられた事で怒ったのか、すぐに彼も木刀を片手で握りこちらに向かってくる。
木刀を雑に上げ、僕目掛けて振り下ろしてくるモグ君。だが、その剣撃も───遅い。
僕はモグ君の木刀と自分の体の間に持っている木刀を挟み、木刀同士が接触した所で角度をズラす。彼の木刀はそのまま僕の木刀の刀身をなぞり、外れる事となった。
大振りをした事でモグ君も無防備になる。
そんな彼に僕は間髪入れずに拳を腹へ突き立てた。
「───っっっ!!!!」
殴られた痛みでモグ君は大きく口を開けるが、悲鳴が声になっていない。
僕の拳は丁度モグ君の鳩尾を捉えていた。モグ君はそのまま地面に膝を付き、上半身だけ地面に伏す。体を震わせてはいるが、立つ事は出来ないみたいだ。
これでこの授業三度目の模擬戦が終わった。
これが………今まで僕を馬鹿にしてきた修練生の実力……?
流石に、僕が三人の相手に勝利した事で、周りのざわめく様子が変わってくる。
「お、おい………どうなってんだよ? カマザはともかく、ダマセとモグが瞬殺って……」
「ダマセ君とモグ君って弱かったっけ……?」
「い、いや………ていうか、俺らの代では割りと上位だろ……あの二人は」
周囲に動揺が広がっていく。
だが、そこで───
「次は僕とやろう」
癖のある銀髪で鋭い目付きをした一人の男子生徒が、僕に模擬戦を挑んできた。
□□□
時は少し遡り、模擬戦が開始された時の事。
癖があり尖っていながらも綺麗な銀髪に、百八十を超える身長・鋭い目付きや鼻の位置までもがきちんと整った顔───俗に言う美男子と評される一生徒が、こちらもまた癖のある尖った黒髪に・銀髪の男子生徒よりもさらに獰猛な鋭い目をした生徒と模擬戦を始めていた。
黒髪の少年の名はワシド=クロアーノ。銀髪の少年とラクトを除けば、この場で一番実力のある修練生である。
もっと端的に言うと───今年度入学してきた生徒達の代の次席、つまりは実力者だ。
では、銀髪の少年はと言うと───名はキリシア=メフィスワート、この代の首席であり、そして“剣聖”の息子だ。
剣聖とは、生まれながらにして七つの『スキル』を持ち、尚且つ、魔力を利用した特殊な技・“剣技”を五十種類以上扱える───この王国内で一番強い者に与えられる称号である。
その息子、キリシア。彼もまた今代“剣聖”と同じく七つの『スキル』を生まれながらにして持ち、次の“剣聖”は間違い無く彼だと言われる程の有望株。
その非常に稀有な経歴から察せられる様に、彼は幼少の頃から、“剣聖”になるべく鍛錬をさせられてきた。剣の持ち方に振り方・効率の良い型に他の流派の型まで覚えさせられ、常に鍛錬・鍛錬・鍛錬───と鍛え上げられてきた。
彼の実力はこの代の中では飛び抜けている。
目の前で模擬戦を行っているのが次席の男だというのに、彼は勝利どころか退屈の方を心配していた。
ワシドが攻撃を仕掛けるも、その全てはかわされ・受け流され・利用されて、キリシアにはダメージどころか疲労さえ大して蓄積されていない。
ワシドはこれでもかと言う程 全力でキリシアに向かっていた。しかし、そうすればそうする程、キリシアとの実力の差が浮き彫りになっていく。
ワシドは『スキル』まで用いて攻撃するのに対し、キリシアはそれを“技”のみで対処していく。
圧倒的な格の差。
キリシアは、ワシドと戦い終えてからの暇な時間をどう潰すかと、模擬戦中でありながら そっちの方に頭を回していた。
だが、少しして、周りの様子がおかしくなり始める。
「俺はセコを医務室まで連れて行く! お前達は模擬戦を続けておく様に! だが、くれぐれも一線は越えるなよ!」
修練場にいるほとんどの生徒がとある方向に注目し出したのだ。カマザがラクトにやられて先生に運ばれた件である。
キリシアはカマザの事を知らない。実力が無く、這い上がってきすらしない生徒になど、興味が無かったからだ。
ここは『修練塔学園』、実力至上主義の場。それに、キリシアは少しでも自身を高める事を目的にこの場へ通っている。
弱者に構っている暇など無い。少しでも“剣聖”である父親に近付く為、今日もキリシアは自分に見合う相手を探す。
だから、キリシアは先生に運ばれていく生徒に視線を向けてはいない。
気になったのは、そのカマザの相手をした生徒だ。
その生徒は、弱者に興味が無いキリシアでも流石に知っていた。
『ザ・最弱』『底辺騎士』『ウィーク・オブ・ウィーク』と不名誉な名を幾つも付けられた この学園内においての一番の弱者・ラクト=ユウキ。
その男が、誰かに勝利していた。
つまり、這い上がってきている。
キリシアからすれば非常に好感が持てる相手だった。
そこからキリシアは、ワシドの相手をしながらだが、ラクトの方に視線を向け出す。彼が現在どこまで這い上がってきているのか、気になったからだ。
ラクトは他の修練生二人と模擬戦を開始する所だった。
その戦闘を見て、キリシアは少なくない驚きを覚える事になる。
ダマセに接近し、そのまま流れる動きで相手の気を刈り取ったラクト。
初速ゼロからのあの急加速は並の筋力では引き起こせない。最弱と呼ばれていたにしては異常な程の瞬発力。
しかも、ラクトの様子から、まだ彼は何かを隠している事をキリシアは見抜いていた。
その後モグとの戦闘も終え、ラクトは自分の握り拳を見ながら困惑を顕にしていた。
その姿は、『修練塔学園』に入学した際のキリシアに通じるものがある。
キリシアもまた、入学当初、あまりの程度の低さに困惑と落胆を覚えた。
強くなれると期待し、又、強者と一緒に実力を高め合っていけると考えていたからこそ、その現実はあまりにも苦いものだったと、彼は覚えている。
───いた。
キリシアはラクトを見ながら口角を上げ、そして模擬戦の最中でありながら木刀を下ろし、ワシドなどそっちのけでラクトの方に向かっていく。
キリシアは思ったのだ───彼ならば、今尚成長を続ける自分についてきてくれる・一緒に高みへと登ってくれる、と。
彼はやっと自分の望む相手を見つけたのだ。
「次は僕とやろう」
そうしてキリシアは、ラクトを前にし、木刀を構えた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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