第十四話 また一歩踏み出して
夜も更けてきた時間。
ギルドにて、今までラクトの実力を認めようとせず、そして、今日に限っては、Bランク冒険者のガルクと言い合いをしていた、眼鏡がトレードマークの先輩受付嬢が、すでに借家へと帰宅し、ギルド指定のスーツを脱いだり着崩したりして、虚ろな瞳で床を眺めながら、床にへたり込んでいた。
へたり込んでいる理由は一つ───とある少年のことだ。
少年は、長いことFランクのまま居座っていた。言ってしまえば“才能の無い者”。
才能の無い者がいくら努力をしようが、才能ある者には遠く及ばない。彼女は、それを身を以て知っていた。
強さとは、生まれながらにして備わるものだと、後天的ではないということを、知っていた。
彼女も、その昔、冒険者だった。冒険者として、その頂きを夢見ていた。夢を見て───現実という理不尽に、挫折を強いられた。
彼女が冒険者をやっていた時間は、実に六年。そして、Fランクにいた期間もまた六年。その時間を経て、彼女は、答えを導き出した───才能という、一つの答えを。
その答えが間違っていないという証明も、冒険者を辞めた後、長年受付嬢をやってきたことでされていた。長年、様々な冒険者を見て、されていたのだ。
これは、彼女にとって一つの“真理”。そう簡単に揺らいでいいものではない、彼女なりの人生への答え。
彼女は知っていた。彼女は“才能の無い者”だった。
だが、少年は違った。少年には、その法則が当てはまらなかった。
最初は、自分と同族だと思った。Fランクで一年もくすぶるなど、底辺の証に他ならない。少年もまた、自分と同じように、現実を見て挫折する、と信じて疑わなかった。
しかし、少年は強くなった。上級冒険者に認められるほどの実力を手にしていた。
頭を撃たれるような衝撃だっただろう。自分と同じだと思い、自分と同じような挫折を味わうと考えていた存在が、そうはならず、みるみると実力を伸ばしていた。それがどれほど彼女の心を揺さぶったか。
彼女は大いに動揺し、最初は信じることさえできなかった。
でも、考えてみれば簡単なことだったのだ。
少年は彼女とは違う存在だった。少年には強くなれる素質があった。少年は───“才能のある者”だった。
ただ、それだけのことだったのだ。
「………馬鹿みたい」
たったそれだけのことだったのに、どうしてあんなにも認めるのを拒んでしまったのか。普通に考えれば、分かることだったのに。
これではまるで道化だ。
「……よし」
彼女は両手で頬を叩く。
明日、少年に謝罪をしよう。これまでのことを詫び、私もまたいつもの生活に戻るのだ───それが、きっと良い選択だと、結論づけて。
───本当にそうなのか?
「え?」
不意に、頭の中で声が響いた。
不思議な感覚だった。耳から手に入れた情報ではない。まるで、誰かが直接脳内に語りかけてきてるかのような衝撃だった。
───本当に、少年には才能があったのか?
───なら何で一年も底辺でぶらついていた?
───急に強くなることなど、ありえるのか?
どんどんと、矢継ぎ早に、言葉が繰り出されてくる。
それは、これまでの彼女を肯定する言葉だった。それは、今の彼女を否定する言葉だった。
───急激に強くなる、
確かに、それは才能だろう。
───だが何故、そんな才能を持っていながら、
そんな才能を持っているなら、
一年もくすぶる必要があったのか?
「そ、れ……は……」
───明らかにおかしい。
───明らかに不正している。
───そうでなければ説明がつかない。
───ズルでないとするなら、
では、
何故、
お前には、
その機会が訪れなかったのだ?
「………」
彼女の顔に影が落ちる。
それは、己の過去を思い出したからだろう。
『あたし! 立派な冒険者になってみせるから!』
彼女が生まれたのは生粋の冒険者一家。
今は、十分な金が稼げたからと引退しているが、父と母は元Bランク、祖父に限っては元Aランク冒険者といった実力者揃い。
三人ともガサツだったせいで、それを反面教師として真面目に育ったものの、心の内ではそんな三人を尊敬し・憧れて、将来の夢もまた、家族のような高ランクの冒険者になることだった。
家族からの期待、目の前で高ランク冒険者を見続けてきたからこその憧れ、立派な冒険者になることが夢であり、それが己の信念でもあった。
もしかしたら、彼女は、誰よりも強く高ランク冒険者に憧れていたと言えるかもしれない。いや、少なくとも、彼女自身はそう思っていた筈だ。
その証拠に、六年だ。人間からしたら十分に長いその年月の間、色々な奴らに馬鹿にされ、蔑まれ、見下されながらも、耐え、耐え、耐え───その間、一時も、冒険者であることをやめなかった。
そう、あの時までは。
───お前ほど
強く
冒険者であろうとしたものはいない。
───そんなお前にチャンスが訪れないで、
何故あのような少年に訪れる?
───そんなこと、あっていいのか?
「……っ」
謎の声に煽られて、彼女は強い歯軋りをする。
───これは冒涜だ。
───世の戦士に対する冒涜だ。
───他ならぬ、お前への冒涜だ。
───許していいのか?
「許して……いい訳がないっ」
───そうだ。
───お前は間違っていない。
───間違っているのは、
───あの少年の方だ。
声が、聞こえなくなる。
まるで、目的は達したとでも言うように。
そして、その声と話していた彼女はというと───暗い瞳に、薄暗い光が灯り始めていた。
□□□
翌朝、組合内では職員が一つの部屋に集まり、一番位の高い者───支部長の話を聞いていた。
ギルドでは、定期的に情報を全体に共有する朝礼が行われる。
これは、それの一環。勿論、その場には、昨日ガルクと言い合いをしていた眼鏡が特徴的な受付嬢の姿もあった。
「───で、次の話だが、昨日、Bランク冒険者・ガルクから報告があった。内容は、ネフィサファ鉱山内に、魔獣以外の気配を感じたというもの。よって、しばらくの間、調査隊を編成し、安全が確認できるまで、ネフィサファ鉱山への侵入は原則禁止。冒険者も例外じゃない。依頼を受けに来た冒険者にも、積極的にこの情報を伝えてくれ。誤って、そこの依頼を受理しないようにな」
ギルドマスターが今日からの注意事項を伝えながら、それからも色々な話を続けていく。大事なこと・これからの方針に関わるもの・大したことありそうで実はそこまで気にしなくていいもの、どの内容も同じトーンで話すものだから、聞いている者にとっては、どれが優先度の高いものか聞き分けがしづらいだろう。
だが、この朝礼が初めてという訳でもない。もう何度も行なわれている。にも関わらず、何故このような話し方なのか? どうして直そうとしないのか?
それは一重に、信頼からだ。こんな話し方でも十分伝わる。ウチの職員は優秀だから、大丈夫だ───そんな思いが根底にあるからこそ、ギルドマスターはツラツラと言葉を並べていく。
そうして、伝えるべき情報が伝え終わり、ギルドマスターが「今日も頑張ろう」的な言葉を言い出した所で、眼鏡をかけた受付嬢に話しかける存在がいた。少し前に彼女と話をしていた後輩受付嬢だ。
「はぁ………相変わらず長いですねぇ、マスターの話。それに、やるべきこともまた増えた。今日からまた大変大変」
「……朝礼の時は静かにしないと、何度言ったら分かるの?」
「相変わらずお堅いですね、先輩は。こんなに長くて面白味の無い話、お小言無しじゃ聞いちゃいられませんよ」
「他の人は、皆そうしてるけど?」
「優秀すぎるんですよ、皆、先輩も含めて」
「……」
「………」
「……何?」
いつもならもうちょっとつついてくる所で後輩受付嬢が黙ったので、眼鏡をかけた受付嬢が疑問の声を上げる。
「いえ、その……」
「何よ、何かあるなら言いなさい」
「あ、う〜ん………勘違いだったらあれなんですけど」
「先輩、何か変わりました?」
「………」
何かあるなら言えと言った受付嬢は、その質問に対し、何も答えなかった。
□□□
「なぁ、最近あいつ、生意気じゃねぇか?」
朝礼後、ギルド内を見回り中、隅の方で何やら話し合いをしているパーティを彼女は見つける。
「生意気って何? あの寄生虫のことぉ?」
「そうだ、寄生虫ラクトのことだ」
「───!」
別に隅の方で話していても、それは一パーティの自由なので、そのまま通り過ぎようとした受付嬢は、ラクトという名前が耳に入ったことで、振り向きはしないまでも、目を見開き、立ち止まった。
「寄生虫が何? あたし、あいつの話なんか聞きたくないんだけど」
「でも、聞きたくなくても耳に入ってきちゃうよねぇ。本当ウザったらしいわぁ」
「あぁ。最近じゃあそれで調子に乗ったのか、俺達の所にも頼み込みに来なくなったしよぉ」
「本当うぜぇ」
「………」
受付嬢は、そのパーティの話に耳を傾ける。
「んでも その寄生虫が何だよ? 何かあったんか?」
「何もねぇから腹立つんだろうが。変わらずヘコヘコしてりゃあいいものよぉ」
「もういいから早く本題話してくんない? さっさとこの話終わらせたいんだけど」
「おっと、わりぃわりぃ。そうだな、そんじゃまぁ本題だが───」
「───いっちょ俺らで、お灸を据えてやらねぇか?」
「───!」
お灸という言葉に受付嬢が反応を示す。
「お灸って何?」
「ちょっと依頼最中にこらしめてやるんだよぉ。自分の実力をきちんと認識させてやるのさ」
「………あぁ、なるほど」
「いいねぇそれ! のった! 最近癪に障ることばっかだったからなぁ! 楽しくなってきたぁ!」
「うふふふ、そういうことなら早く言ってよぉ。いいねぇ、腕が疼いてきたぁ」
「………」
受付嬢がまた歩みを再開する。
本来、冒険者同士のいざこざはご法度。故意に誰かを傷つけることは禁止されていた。というか、下手したら国の法に抵触するかもしれない行いだ。
しかし、受付嬢はそれを咎めず、見逃した。
咎める立場にあるにも関わらず、聞かなかった事にしたのだ。
───そう、自分は何も聞かなかった・何も見なかった、と。
彼女は、傍観者になった。
□□□
僕は今、一週間ちょいぶりに学院の門をくぐっていた。
正直、ここに通うのはまだ怖い。
強くなったって実感もあるし、ガルクさんというベテラン冒険者にもその実力を認めてもらえた。
でも、この『修練塔学園』はそもそものレベルが高い。生徒一人一人が恵まれた才能───『技能』を持っていて、この学院に入る前から剣術を学んでいた者も多い。
才能の巣窟───それが『修練塔学園』だ。
もしかたら、この学院の中では僕はまだ弱いままかもしれない。そういう恐怖がある。
だけれど、それでも進まないと。“最強”になると決めたんだ。ここでの経験は、他と比べると重要なアドバンテージになる。
レベルアップも大事だが、それと同時に経験もまた大切だ。ガルクさんとの闘いで、僕はそれを学んでいた。
だから、怖くても立ち止まってはいられない。
例え暴力を振るわれる事になっても、もう縮こまってはいられない。
冒険者としてやっとEランクに上がれたんだ。
ここでも、前へ進むんだ。
「お〜い、ラクトぉ〜」
と、歩いていた所で、横から声を掛けられた。
「………っ」
その声が聞こえただけで体が強ばる。大して暑くも無いのに汗が垂れてくるし、呼吸も少し乱れる。
声を掛けてきたのは───カマザ君だった。
僕は彼の方に顔を向ける。
「ラクトぉ、てめ今まで何処にいたんだよ。てめぇが来ないせいで、こちとら退屈な日々を過ごす事になったじゃねぇか」
ニヤニヤしながらこちらとの距離を詰めてくるカマザ君。退屈って………騎士を目指す為に、修練とか学習とか色々やる事があるじゃないか。
「……」
でも、僕は何も言わない───言い返せない。
言い返したら殴られると、体に刻み込まれているからだ。
「おらぁ……何とか言えっよ!」
「───!」
でも、カマザ君は言い返してもいないのに、挨拶代わりと右の拳で殴り掛かってきた。
そうだ、こうして理不尽に暴力を振るってくるのがカマザ君だった。僕が何をしようがしまいが関係無い。
そうやって、僕の顔面に向かって迫ってくるカマザ君の拳。
そうだ、この拳だ。前の僕は、この拳が一切見えなくて、その暴力を一身に受けてきた。才能のある者による理不尽な暴力。
だけど………あれ?
僕は左に体を逸らして彼の拳を避ける。
「………」
カマザ君が驚いた様に目を見開き こっちを見ている。
そして彼は、こちらから視線を放さず、一度体勢を整える。
「………───っ!」
次は左の拳が飛んできた。
しかし、僕はそれも、今度は上半身を右に捻ってかわす。
「……………あぁ?」
またもカマザ君は驚いた顔をして、さらに遺憾の声まで上げた。
そこからも彼は僕に攻撃を続けてきた。下から右フック・側面からの左フック・左の裏拳・右足の蹴り上げ・蹴り上げた足を踏み込みにして左の正拳突き───様々な技が僕に襲いかかる。
しかし、僕はそのどれもをかわして見せた。どんどんと前進してくるカマザ君に合わせて後退しながら、上半身を上手く逸らしてかわしていく。
何か………カマザ君の攻撃、遅い?
かわせない速度じゃない───どころか、これなら普通に動かなくてもいなせてしまう。
あれ? カマザ君ってこの程度だったっけ?
まだぶっちゃけ彼の事は怖い。それでも………前より彼が大きく見えない。
カマザ君の攻撃をある程度見た所で、上手く隙を縫って彼の背後へと回る。
そして、僕はそのままの勢いで彼を置いて校舎の方へと走っていく。
さっきまであんなに怖かったのに、今では大分気が楽になっていた。
もし、今の僕の力でも通用しなかったらどうしよう? またあんな惨めな目に合うのでは? ───抱えていた不安が、一気に解消されていく。
今まで学院の中で───いや、学院に通い始めてからこの一年、本当の意味で笑みを浮かべることは無かった。
そんな僕が、今では笑みを浮かべて、校舎の方へ向かっていった。
僕が去り、カマザ君が取り残された中───。
僕が他の誰よりも弱いことは割と多くの人の中で周知の事実になっている。
そんな僕にあっさりと攻撃をいなされ、それどころか相手にもされなかった。
それにより、取り残されたカマザ君は、
「え? 何あれ?」
「あんなに息巻いてたのにさ」
「あれ、滅茶苦茶ダサくね?」
「うわぁ、ねぇわ」
周りで見ていた他の生徒から嘲笑の対象にされていた。
「……………っ」
この時の僕はすでに去ってしまっていたから知らない。───嘲笑を受けたカマザ君が、その表情を異常なまでに憤怒で歪めていたことを。
□□□
僕は現在、模擬戦闘の授業を受けていた。
授業時間は六十分。体を痛めない様にほぐした後、時間の許す限り、ペアを組んで そのペアと木刀を打ち合うというシンプルなもの。
ただ、ちょっと問題があって………。
この授業を受ける生徒は、当然だけど自分の実力を高めるのを目的としている。だから普通、実力が近い者同士でペアを組む訳で………。
底辺と知れ渡っている僕とペアを組もうなんて人はいない。
けれど、この授業を受けている生徒は偶数。つまりは余りが出ないようになっている。
だから、いつも僕は余りが出るまで待ち、そして、余った人と組んで───そして、ボコボコにされてきた。
まぁ、そんな簡単に評判が変わるとは思っていない。これから少しずつ改善していこう。今回も、いつもと同じように余りが出るまで待つ───ことにしてたんだけど。
今日はいつもと違い、声をかけてくる人がいた。それは───
「よぉラクト」
カマザ君だった。
「よくもまぁ朝はコケにしてくれたなぁ。一週間経って自分の立場を忘れちまったか? なら、今後一生忘れねぇよおに、その体に刻み込んでやらねぇとな」
木刀の先を肩に当てながら、いつものようなニヤニヤした笑みでこっちを見てくる。しかし、その顔には、うっすらとだが青筋が浮かんでいた。
「おら、構えろよラクト。てめぇに格の差ってやつを教えてやるよ」
「………」
こうして、僕の模擬戦の相手はカマザ君となった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
もし少しでも面白いと思っていただけたら、ブクマ又は感想等 貰えると嬉しいです。作者自身、自己顕示欲の塊みたいな者なんで、貰えると滅茶苦茶 励みになります。
また、誤字や辻褄が合わない点などがあれば即修正に入ろうと思いますので、言って貰えると幸いです。
よろしくお願いしますm(_ _)m。
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それではまた次回の更新で。





