第十三話 過小評価するなら自惚れろ
僕は今、ガルクさんに大剣の刃を首近くに当てられていた。その事を自覚した瞬間、一筋の汗が流れる。
あ、有り得ない……!
最後の僕の攻撃、あれは完全にガルクさんの裏をかいていた筈だ。
どんなに速い人でも、認識外の攻撃には対応出来ない。だから、あの攻撃は当たる筈だったんだ。
でも、結果は違う。
僕の攻撃はかわされていて、その反撃として放たれたガルクさんの剣を僕はかわせなかった。
一体、何が起きた……?
ガルクさんが自分の大剣を引き、肩に担ぎ直す。
「何をしたか分からなかったって顔だな」
「………」
僕は驚きで表情を固めたまま、彼の方を見る。
「今のは“縮地”っつう技だ。魔力を瞬間的に足へ集中させ、擬似的な瞬間移動を起こす技。まっ、俺の技量じゃ、ほんの少し先へ移動するのが限界だがな」
しゅく、ち……?
「………筋は悪くねぇ。それどころか、ここまで熱中させてくれたんだ───Fランクの中では異常とも言える。だがな」
「………」
「圧倒的に経験が足りてねぇ」
「……っ」
経験……。
「上に上がれば上がる程、“縮地”なんて珍しくも何とも無くなる。それどころか、より多くの技を見る様になるさ。だが、坊主は上に行った事が無いからそれを知らなかった。奇襲だって一辺倒だったしな」
「───! 一辺倒?」
「そうだ。坊主、お前、奇襲の際には必ず俺の背後へ回っていただろ?」
「───!!」
そう言われて気付いた。そうだ、僕は必ず、攻撃のリズムを変える時、相手の背後に回る事を考えていた。
………いやでも、後ろからの攻撃が一番対応しづらいんじゃ……?
「確かに、死角に入るって意味じゃあ それは正しいがな。こう何度もやられてると、流石に分かる」
「───っ!」
「別に裏をかかれたって、相手がどこにいるのか把握出来てりゃあ対応は簡単なんだ。まだまだそこを分かってない」
「……………っ」
そうか……そうだったんだ。
それが、敗因……っ!
僕は視線を下に下ろし、下唇を噛む。そして、そのまま四つん這いの姿勢となり、下の地面を握りしめた。
ガルクさんはそんな僕を見て、呆れ混じりに笑みを浮かべながら息を吐く。
「……だがま、最後のには驚いた」
「……」
「最後のあれ、受け止めた時、今までのどの攻撃よりも強かった。でも、それさえ囮にしてくるとは思わなんだ」
「………」
「後ろに回られた瞬間、血の気が引いたよ。思わず冷静になっちまった。使う気の無かった“縮地”まで使わされるし……これじゃあ どっちが勝ったか分かったもんじゃねぇな」
ガルクさんがそう言い、闘技場から去っていく。
最後のあれは、励ましだろうか?
使う気が無かった“縮地”を使わせた。だけど───
『上に上がれば上がる程、より多くの技を見る事になる』
それは遠回しに、彼にはまだ他にも技がある事を意味している。つまり、僕はガルクさんの全てを引き出す事が出来なかった。
別に、勝てるって自惚れていた訳では無い。相手は幾多もの死線を乗り越えてきたベテランで、僕は元々底辺にいた人間だ。数日そこらで乗り越えられないのは分かってる。
それでも、それでも……! せめて、爪痕ぐらいは残したかった! 少しでも、実力を認めてもらって……全力で、相手をして欲しかった……!
僕は、彼にとって、それにすら値しない人間だった───という訳か。
あまりにも悔し過ぎて、僕はそこからしばらくの間 動けなかった。
□□□
僕は闘技場から出て、受付の方に足を運ぶ。
「おう、おせぇぞ。何だ? どっか痛めたか」
「いえ……」
そこにはガルクさんがいて、右手を掲げながら僕に声を掛けてくれる。
「そんじゃあまぁ、結果を伝えてやってくれや」
「………はい」
よく担当してくれる受付嬢さんが、何やら書類を持ちながら体をこっちに向ける。
「ラクト=ユウキさん」
「……はい」
「今日この時から、貴方をEランク冒険者として認定します。おめでとうございす」
「……………」
Eランク冒険者に昇格。平常時なら、場所も考えず叫び喜んでいた所だろうけど………今は、素直に喜べない。
「………」
「………」
そうやって押し黙る僕を見かねたのか、ガルクさんが片手で後頭部を掻きながら口を挟む。
「なんだぁお前ら。揃いも揃って、何でそんな変な雰囲気 醸し出してんだよ」
「………え?」
揃いも揃って? その言葉が気になり、顔を上げる。
受付嬢さんがこっちを見据えている………というか、何か訝しまれている?
「………ラクトさん」
「え? あ、はい」
「どうやって、その力を身に付けたんですか?」
「へ?」
「ラクトさんは長い間Fランクにいました。それが、最近になってゴブリンカイザーを倒し、さっきはBランクのガルクさんとあれ程の闘いを繰り広げられる様になっていた。これは明らかに異常です。いくら何でも短期間で実力が変わり過ぎている。ラクトさん、アナタ、何かよくない事に手を出したりしているんじゃないですか?」
「えぇ……」
食い気味に問い詰めてくる受付嬢さん。
その勢いに、少し気圧されてしまう。
「ラクトさん、答えてください! これは、場合によっては冒険者の───ひいては街・王国を揺るがす程の大事件に発展する可能性だってあるんです! ですから───」
「ちょいちょいちょい」
そうやって、まるで自分の考えを疑っていない発言をする受付嬢さんを、ガルクさんが口を出す事で止めてくれる。
「そりゃあねぇんじゃねぇのかい。それはあんまりにも坊主が報われねぇ」
「………」
勢いに身を任せてこちらに詰め寄ってくる受付嬢さんを制止してくれるガルクさん。どうやら彼はこちらの肩を持ってくれる様だ。
というか、何で受付嬢さんはこんなにも問い詰めてくるんだろう?
急激に力を付けた事と大事件、一体どうやったら繋がるって言うんだ? 因果関係が滅茶苦茶だ。問い詰めるにしても、そこら辺をハッキリして欲しい。
「ガルクさん……っ。ですが───」
「まぁ待てや。おい、坊主」
「え、はい!」
「お前さん、気功術使えるだろ?」
「え……?」
何で、ガルクさんがその名前を……?
「………ん? 何だ? もしかして、知らなかったか?」
「あ、いえ、知ってます。というか、使えます」
「やっぱりな」
ガルクさんが口角を吊り上げる。
「つう事だ、受付嬢。坊主は何ら不正を働いている訳じゃねぇ」
「……? 一体、その……キコウジュツ? とやらが何だと───」
「お前さんが訊いた事の答えだよ。坊主が強くなった原因。気功術が、その答えだ」
「……え?」
「はぁ………これ以上話すのは正直しんどい・ダルい。後はギルド長に訊くなり資料を漁るなり自分で何とかしろ。とりあえず、この坊主の実力はお・れ・が保証してやる」
「………」
ガルクさんの言葉で口を閉ざす受付嬢さん。面食らったのは僕も一緒で、僕の視線は彼の方に移っていた。
どうして……彼はここまで僕を弁護してくれるのだろう?
「それにだ、坊主がEランクだぁ? お前さん何を見てたんだよ。坊主の実力なら、即D……いや、Cが妥当だってもんだろうがよ。検討のし直しを要求するぜぇ」
「───!!」
「なっ、それは出来ません! 実力ある者には常に責任が伴います。街の人達の信頼だって必要になるんです! ですから、実績や信用を徐々に築き上げていく為にも、ワンランクアップ制を取っている訳で───」
「かーっ! 固い! ホントに固いねぇギルドの考えは! それで実力ある奴らを遊ばせている方が余っ程 不利益ってもんだろうがよい」
ガルクさんと受付嬢さんが言い合いを始める。
だが、それよりも………僕はさっきのガルクさんの言葉の方が気になっていた。
Cが、妥当……? でも、僕は結局彼の本気を引き出せなかった訳で……それも、後ちょっとで全てを引き出せたとかそういうレベルではなく、まだまだ底は見せていない様子だった。ほとんど相手にならなかったと言っても過言では無い。
ゴブリンカイザー戦よりもレベルが上がり、Cランクぐらいの実力はあると自惚れていた。その結果が、Bランクのガルクさんにぼろ負け。ワンランクの差どころでは無い。
強くなったと思っていたが……世間一般から見れば、そこまでの変化は起きていなかったのでは……? そんな挫折感を味わった。
たかだか一週間とはいえ、三度命の危機に瀕してきた。一度目は訳が分からず、二度目は自ら魔獣の肉を喰らい、三度目は格上と命を懸けた戦いに望んで。
誰よりも濃い一週間だったと思う。常にハイリスクを求めて、それなりのリターンを貰えている筈だ───そう思っていた。
けれど、現実は違った。強くなれる様になったとしても、元々素材が劣悪な僕では、たかが知れていた。
僕なんかが“最強”などと、そう思う事すら甚だしい事だったのだ。
でも、そうじゃなかったのか? 思ってもいいのだろうか? 自惚れてもいいのだろうか?
認めてもらえなかったと思った人に、ここまで言ってもらえた。Bランクの冒険者が、ここまで僕を持ち上げてくれている。
あぁ………そうか。
自分では強くなったと思いつつも、心の中ではどこか不安があった。自分がそう思ってるだけで、本当はそこまで大した変化を得られていないんじゃないかって。
ゴブリンカイザーの時だって、最後の最後まで油断させてからの不意打ち。実力で勝ったとは言えなかった。
でも、ここで初めて、その事を実感する。
僕はちゃんと、強くなれていたんだ、と。
「わぁったわぁった。もういいっつの。ったく、ホントに頭の固い職員だなぁ」
「ここまでしつこく説明させたのはどっちですか! 非はガルクさんにあるでしょう!!」
僕は二人の方を見る。どうやら二人はまだ言い合いしているみたいだ。
「あ、あの」
「おぉ坊主、わりぃな……どうやら、一気に飛び級は無理みてぇだ」
「あ、いえ、それは大丈夫です。きちんとコツコツ上げていきますから」
「おっ、そうかい。そりゃあ楽しみだねえ」
「……?」
楽しみ?
「んじゃま、今日はここらでお開きにするかね。いつまでもここに繋ぎ止めておくのは悪いし」
「あ、はい! 今日はありがとうございました!」
「いんや、別にいいってことよ。俺も十分楽しめたしなぁ」
圧倒的格上に楽しんでもらえた───印象を残せた、それは現段階では十分成果と言えるだろう。僕は自然と笑みが出てしまう。
「そういえば、ガルクさんはこの後どうするんですか?」
「ん? あぁ、俺ぁちっとこの後話があんだよ。だから、気にせず帰んな」
「あ、はい、それでは」
僕はもう一度ガルクさんに頭を下げ、一度ギルドを後にした。
□□□
ラクトがギルドを出るのを見送った後、ガルクは考えていた。
(あの坊主、自力で気功術に到達した、か)
ギルドで別れた若き冒険者の事を思い浮かべながら、彼はこの先に思いを馳せる。
元々、世間一般的には、“気功術”というのは一つの技であり、『スキル』では無い。
生まれた時から『スキル』というものを持たなかった凡人が、強くなる方法として編み出した術。
Bランク以上の冒険者は大体がこれを扱える。逆に言えば、これを扱えぬ者はCとBの間にある壁を越えられない。正しく、この術を扱えるかどうかが上級者下級者の違いと言っていいだろう。
(坊主はどうやら魔術師型の人間っぽいのに、魔術系の『スキル』を得られなかったんだろう。だから、大量にある魔力が宝の持ち腐れとなり、今まで真価を発揮出来ていなかった)
魔術を扱う時に消費する魔力だが、この量もまた生まれた時に変わる。訓練して多少増やしたりも出来るが、生まれ持った差はやはり大きい。
そしてガルクは、ラクトの事を生まれながらに魔力を多く・逆に肉体は筋肉が付きにくい、典型的な魔術師タイプの体をしていると思ったのだろう。
今のラクトの魔力量は凄まじい。戦って、身体能力の扱いが非常に雑だったにも関わらず、全く魔力切れする気配が無かった事からもそれが伺える。
(それが、気功術という魔力を扱って肉体を強化する術を得たからこそ、今や爆発的に実力が伸びてきている。まだまだ扱いは雑で大雑把だが、もしあれを精巧に扱える様になったら………くくっ、笑いが止まんねぇ)
気功術は、魔力を体に循環させ強化する技。
その性質や出力の問題から、体に満遍なく魔力を行き渡らせるよりも、一点に魔力を集中させる方が力が入る。
なので、巧みに気功術を扱える者は、モーションに合わせて随所随所 魔力を集中させる場所を移動させ、最高効率の結果を生み出そうとする。
これの延長戦にあるのが、“縮地”等の極端な技だ。言わばこれらは、“気功術”の派生と言っても間違いでは無い。
もし莫大な魔力量を持つラクトが気功術の扱いを完璧に掴んだら、その実力の伸びは計り知れない。
戦いを楽しむバトルジャンキーからしたら、これ程 楽しみな事は無い。
(あいつは、一体どれだけ化けるかなぁ)
近い将来、必ず来るであろう未来を楽しみに、Bランク冒険者はギルドの奥の方へと入っていった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
もし少しでも面白いと思っていただけたら、ブクマ又は感想等 貰えると嬉しいです。作者自身、自己顕示欲の塊みたいな者なんで、貰えると滅茶苦茶 励みになります。
また、誤字や辻褄が合わない点などがあれば即修正に入ろうと思いますので、言って貰えると幸いです。
よろしくお願いしますm(_ _)m。
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