守りたい、この笑顔。
コンコン。
「失礼いたします。」
侍女が部屋へ入ってくる。
「お嬢様。本日は刺繍のお稽古のお時間でございます。」
「あっ、そうだった。」
十四歳のセシリアには、十四歳のセシリアの日常がある。
すっかり忘れていた。
机の上には刺繍枠と色とりどりの糸が並べられていた。
私は針を持ち、見よう見まねで縫い始める。
「……。」
「…………。」
「難しい……。」
思ったより全然うまくいかない。
元々お裁縫とか授業でしかやったことないし。
四苦八苦しつつ進めていると侍女が優しく微笑み声をかけてきた。
「エレノアお嬢様は、刺繍も大変お上手でございます。」
「お姉様が?」
「はい。以前はセシリアお嬢様にも、よく教えてくださっておりました。」
「……そうなんだ。」
原作では語られなかった姉妹の日常。
刺繍は全然楽しくないけど、そういうの聞けるならもう少しやってもいい。
私は刺繍枠を見つめ、小さく呟いた。
「……お姉様に見ていただいてもいいのかな?」
「もちろんでございます。」
姉妹の微笑ましい場面を見るような顔で侍女は優しく笑った。
◇
コンコン。
「お姉様、セシリアです。」
侍女に案内されエレノアの部屋をノックする。
「どうぞ。」
柔らかな声が返ってくる。
部屋へ入ると、エレノアが本を閉じて立ち上がった。
「いらっしゃい、セシリア。」
ふわりと微笑む。
(やばい。)
(可愛い。)
(実写の破壊力すごい……。)
思わず部屋を見回した。
白を基調とした落ち着いた家具。
大きな本棚には、王妃教育で使う本が整然と並んでいる。
机の上には開いたままの教材と、書きかけのノート。
部屋は綺麗に整えられている。
けれど、セシリアの部屋のような華やかな装飾はほとんどなく、どこか少しだけ物足りない印象を受けた。
(あれ……?)
(思ってたより、ずいぶんシンプルなんだ。)
(生活感……。)
(推し、生きてる……。)
「セシリア?どうしたの?」
「あっ。」
慌てて刺繍枠を差し出す。
「刺繍のお稽古をしていたんですけど……。」
「お姉様に見ていただきたくて。」
「あら。」
エレノアは嬉しそうに目を細めた。
「もちろん。」
二人でソファへ腰掛ける。
エレノアは私の隣へ座り、刺繍を優しく見つめた。
(近い近い近い……。)
(推しが隣にいる……。)
(心臓がもたない……。)
「とても綺麗に刺せているわ。」
「本当ですか?」
「ええ。でも、ここを少しだけこうすると……。」
エレノアは私の手元へそっと指を添えた。
「針を通しやすくなるの。」
「なるほど……!」
言われた通りにやってみる。
「あっ!」
さっきまで引っかかっていた糸が、するりと通った。
「できた!」
「ふふっ。」
エレノアが優しく微笑んだ。
「ありがとうございます、お姉様。」
ほどなくして、侍女が紅茶と焼き菓子を運んできた。
二人の前にティーカップが置かれ、ふわりと上品な香りが広がる。
「どうぞ。」
「ありがとうございます。」
一口飲む。
優しい香りが口いっぱいに広がった。
(推しとお茶してる……。)
(え、私今日死ぬのかな……。)
(いや、一回死んだから今ここにいるのか……?)
(……まあ、細かいことはいっか。)
「美味しいでしょう?」
「はい! すごく!」
思わず勢いよく返事をすると、エレノアはくすっと笑った。
「良かった。」
本当に優しい。
「王妃教育は大変ですか?」
何気ないふうを装って尋ねる。
「覚えることはたくさんあるわ。」
エレノアは少しだけ考えてから微笑んだ。
「でも嫌ではないの。」
「いつか、アレクシス殿下のお力になれたら嬉しいから。」
その笑顔は、とても幸せそうだった。
私は胸の奥が少しだけ締め付けられる。
「セシリア?」
「えっ?」
「今日はぼんやりしていることが多いわ。」
「あ、あはは……。」
誤魔化すように笑う。
「お姉様が優しすぎて、見惚れてました。」
「えっ……。」
「もう、セシリアったら。」
エレノアは少しだけ頬を赤く染めて笑った。
(照れてる……。)
(可愛い……。)
(世界遺産……。)
◇
部屋の外では、アンナが足を止めていた。
「……。」
閉じた扉を静かに見つめる。
今日のセシリアは、少し様子がおかしい。
朝食の時もそうだった。
以前なら、自分からエレノアの部屋を訪ねることなど、まずなかった。
(何かあったのかしら……。)
アンナは小さく微笑み自室へと歩きはじめる
その笑みは優しい。
けれど、その瞳だけは静かに娘を観察しているのだった。
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