落ち着け私。
朝食を終え、自室へ戻る。
部屋の扉が閉まった瞬間、私はふぅ、と大きく息を吐いた。
「疲れたぁ……。」
たった一度の朝食なのに、緊張しっぱなしだった。
エレノア。
アンナ。
推しと悪役。
情報量が多すぎる。
ベッドへ倒れ込もうとして、ふと足を止めた。
……そういえば。
朝は混乱していて、部屋をちゃんと見ていなかった。
改めて見回す。
大きな天蓋付きのベッド。
陽の光が差し込む大きな窓。
淡いクリーム色を基調とした家具。
可愛らしい花柄のティーセット。
鏡台には繊細な装飾が施され、小さな宝石箱や髪飾りが綺麗に並んでいる。
「すご……。」
思わず声が漏れた。
(本当にお姫様のお部屋みたい……。)
(いや、公爵令嬢だから、お姫様じゃないんだけど。)
(でも可愛い……。)
ほんの少しだけ胸が弾む。
(なんでここにスマホがないの……。)
(全部フォトスポットじゃん……。)
(絶対、何百枚でも撮るのに……。)
……はっ!
「違う違う。」
私は軽く両頬を叩いた。
「浮かれてる場合じゃない!」
ベッドへ腰を下ろし、大きく深呼吸をする。
(そういえば……。)
(私、なんでここにいるんだろ……。)
(私の本体ってどうなってるの……。)
「…………。」
「………………。」
(まあ、わからん。)
(考えてもわからんものは、わからん。)
私は小さく肩をすくめた。
今考えたって答えは出ない。
だったら、今できることを考えよう。
思い出せ。
私は必死に原作の記憶を辿った。
『婚約破棄された公爵令嬢ですが、すべては九年前から始まっていました』。
略して『9年前』。
社会人になってから何度読み返したか分からないくらい大好きな作品だ。
更新されるたびに読んで。
完結してからも何度も読み返した。
だから思い出せるはず。
(今って何話?)
エレノアはまだ王妃教育へ通っている。
アレクシス殿下との婚約も続いている。
アンナも、まだ表向きは優しい継母。
ここまでは間違いない。
じゃあ、この先は?
私は原作を一ページずつめくるように、記憶を辿る。
ドレス事件。
髪飾り。
手紙。
贈り物。
王妃教育の課題。
閉じ込め。
「あっ……。」
思わず声が漏れた。
第七話だ。
第七話が終わったところ。
ちょうど、ここだ。
(ってことは……。)
(今から髪飾りのイベントだ。)
アレクシス殿下はエレノアへ髪飾りを贈る。
でも、その髪飾りはエレノアには届かない。
アンナに奪われるから。
そこから少しずつ、歯車が狂い始める。
手紙は届かない。
贈り物も届かない。
王妃教育の課題も届かない。
アレクシス殿下は「エレノアに避けられている」と思い込み。
エレノアは「嫌われてしまったのかもしれない」と苦しむ。
悪いのはアンナだけなのに。
……いや。
セシリアもだった。
(私じゃん……。)
私は思わず頭を抱えた。
「悪役令嬢、私じゃん……。」
改めて口にすると、なんとも複雑な気持ちになる。
でも。
落ち込んでいる暇はない。
(よし。)
(まずは目標を決めよう。)
(エレノアとレオン様のハッピーエンドを守ること。)
これだけは絶対だ。
私が原作至上主義だから――というだけじゃない。
あの二人には、絶対に幸せになってもらいたい。
そして――。
(できれば結婚式も見たい。)
(いや、参列したい。)
(壁際でもいい。)
(最後に「おめでとうございます」って言えたら、それだけで泣く。)
うん。
それが私の目標だ。
(そのためにも。)
(ここから先に起こることを、一つも漏らさず思い出そう。)
(私だけが知ってる。)
(これは、私だけのアドバンテージなんだから。)
私は大きく深呼吸をして、気合いを入れ直した。
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