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過去の濁流は加古の清流とともに  作者: 藤田大腸


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9/21

歓迎会兼期末テスト打ち上げその3 初めてのボウリング

 一同はミーツテラスにあるボウリング場に向かった。フードコートそばの連絡通路を通る途中で、桃李が立ち止まってミーツテラスの右隣にある、レンガ造りの建物を指した。


「加古川の発展を支えてきた歴史が、こういう形で残っているんだね」


 勉強熱心な桃李のことだからすでに知っているだろうが、このニッケパークタウンは日本毛織という毛織物メーカーの、加古川工場跡地を商業施設に転用したものである。今の本館が建てられた折、今から向かうミーツテラスの場所にはまだ工場建物が残っていた。しかし平成時代に入り近隣に大小のスーパーが乱立したため集客力が低下、そのため残っていた工場建物も取り壊してニッケパークタウンに取り込んだ。そこに建てられたのがミーツテラスである。


 隣にあるレンガ造りの建物には数字の「6」が描かれている。元々は加古川工場の6番倉庫として使われていたものが例外的に残され、改修を施されて今はレストランとカラオケ店として使われ続けている。かつての加古川工場を知る生き証人、といってもいいだろう。


「今でも川の向こう側にニッケのレンガ造りの大きい工場があって現役で動いとるよ。小学生の頃に社会見学で行ったけど、めっさでかかった。ここと合わしたらいったいどんぐらいの広さやったんやろうな」

「確か、あっちの病院まで工場の建物があったんだよね」


 左手には加古川中央市民病院がある。東播磨地域最大規模の病院である。最後まで残っていた工場跡の土地を、病院建設地を探していた市の要請を受けて譲渡したという経緯がある。


「そうそう。あの辺に工場の建物があったのはギリギリ覚えとるわ。病院が建ったんはだいたい十年前の話やし」

「形はすっかり変わったけど、加古川を支え続けているんだな」


 桃李は感慨深そうに言った。商業施設と娯楽施設と医療施設がひとかたまりになり、市民の礎になっている。汐里は言われるまで意識していなかったが、改めて便利な場所やなと感じた。


「何しとんねん、入るで」


 翠に呼ばれて、二人は急いでボウリング場に入った。翠は手際よく受付を済ませ、指定されたレーンに一行を引き連れた。


「よーし、じゃあゲーム開始や」


 桃李のレーンでは、まず汐里が一番目、二番目に真希、三番目が果穂で最後に桃李が投げる順番で設定されていた。


「じゃあまず投げ方を教えるわ」


 汐里は10ポンドのボールを持って、初心者の桃李と果穂に説明を始めた。


「三つ穴があるからここに親指と中指と薬指を入れる。そうやってあんな感じで転がすねん」


 隣のレーンで翠が投げようとしている。助走をつけて、腕を後ろに振り上げ、レーンのちょうどど真ん中にボールをリリースして走らせた。中央のピンに命中して六本倒れたが、右左に二本ずつ残ってしまった。いわゆる「ビッグ4」だ。


「うおっ、しょっぱなから最悪や!」


 翠が頭を抱えて、他のメンバーには笑われた。


「何が最悪なんだ?」


 桃李が質問した。


「ボウリングは一フレームで二回投げれるから、翠はあと一回投げれる。残っとるピンを全部倒したらスペア言うて、そうすると次の一回目でピン倒したらその分ぐっとスコアが増えるんよ。でもあんな別れた形やと上手くピンを弾かん限り全部倒れへんし、プロでも倒すのはむずいって言われとる」

「なるほど、わかった。じゃあここは確実に二つ倒した方がいいってことか」

「そういうことやな」


 翠はなかば自棄気味に二投目に挑んだ。右側のピンを倒しにかかったが、するとどうだろう。二本のピンを倒すことに成功したが、そのうちの一本がスルッと左側に滑って、なんと左側のピンまでなぎ倒してしまった。


「どやあああ! これが籠谷翠の実力じゃあ!」


 翠はガッツポーズを何度も見せて吼えた。


「翠ちゃんやるやん!」

「日頃の行いがええからな!」


 なぜか爆笑が起きる。「笑うとこちゃう!」と翠。


「まあ、こんな感じでとにかくピンを倒したらええんよ。まずは自分に合った重さのボールを選んで。わからんかったら10ポンドを基準にしたらええわ」


 だいたい10ポンドが初心者の女性向けの重さと言われている。果穂は少し軽い9ポンドを選び、桃李は少し悩んで12ポンドを選択した。


「重たいことない?」

「こっちの方がしっくりくる気がする。とりあえずこれでやってみるよ」

「わかった。じゃあ私からも手本見せるで」


 汐里がレーンに立つ。翠がビッグ4のスペアを取ったならストライクを狙っていいところを見せよう。その気持ちで挑んだ一投目だったが、コントロールをミスしてガーターになってしまった。


「あらららっ……やってもうた」

「おーい。うそやろー。何しとん? なにしとーん? なーにーしーとーん?」


 翠がわざわざこっちのレーンにやってきてニタニタ顔で煽ってくる。


「うわっ、うっざ! ビッグ4取ったぐらいでいちびんな!」

「にひひひっ、せいぜい頑張ってなー」

「腹立つわー、もー」


 気を取り直して二投目。今度は命中して、六本倒した。最低限の面目は保った。


「じゃあ、真希さんが本当のお手本を見せてやろ」


 二番手の真希は14ポンドと重めのボールを使う。それでもきれいな動作でボールを投じると、一撃ですべてのピンをなぎ倒した。一斉に拍手が起こった。


「すごーい! え、めっちゃ上手ない?」

「当たり前やん。毎週のように行っとるし軽音楽部の打ち上げでもずっとここ使っとるからな。ここは真希さんの庭みたいなもんよ」


 かなりやりこんでいるとは知らなかった。


「はい、じゃあ次はとーりんね」

「あれ? 二回目が残っているけど」

「ストライク取った場合はそれで終いやねん」

「なるほど、わかった」


 いよいよ桃李の番である。


「えーと、こうだったかな」


 桃李は見様見真似で構えたが、サマになっている。真希が「かっこええやん」と呟く。


「そのまま軽く助走つけて転がして」

「オッケー」


 四、五歩歩いてから、桃李はボールを投じた。ゆっくりではあるが、真ん中よりほんの少し右よりのところをまっすぐにボールが転がっていく。


 ガコーン、と小気味のいい音を響かせて、ピンはすべて倒された。


「すごい! いきなりストライクやん!」


 真希のとき以上に大きな拍手が上がった。


「いやあ、ビギナーズラックというかなんというかだけど……」

「いやいや、翠よりも普段の行いがええからよ」


 汐里は少しばかりの仕返しとして、翠への当てこすりを含めて桃李を褒め称えた。

 

 最後は果穂だ。


「う、どうしよ……投げられるかな……」


 こわばっていると、桃李が優しく声をかけた。


「君ならいけるよ。将棋だと思ってやってみて」


 そう言って肩を軽く叩いてあげた。汐里は心の底で「将棋とボウリングって全然違うやん」とツッコんだが、果穂にはよほど効いたアドバイスだったらしい。


「やっ、やっ、やりますっ! やったるっ!」


 顔を真っ赤っ赤にして興奮気味に叫ぶ果穂に、一同は驚いた。普段はボソボソ声なのに。


「えーいっ!」


 果穂は小走りで助走をつけてボールを投じた。若干ロフトボール気味、放り投げる感じになってしまったためドンッ、という着地音が響く。力を込めて投げたのか、ボールのスピードは早い。


 まさか、と汐里は予感し、それは的中した。すべてのピンが弾け飛ぶように倒れされたのである。


「米村さんまで!?」

「わ……わ……」


 放心状態の果穂。真っ先に近寄って祝福したのは桃李だった。


「ほら、できたじゃないか!」


 果穂の手を取って称える。果穂はつい、「きゃあああ!」っと叫んでしまった。


「うっ、うそっ……ストライク取っちゃった!」

「とーりんのアドバイスが役に立ったやん! 良かったなあ!」


 汐里もハイタッチで褒め称えた。そこに翠がやってきてボソッと一言。


「ジブンも頑張りや~。今んところドベやぞ~」

「わかっとるわ!」


 翠の煽りに発奮して、汐里は巻き返して安定したスコアを叩き出した。果穂はやはりビギナーズラックだったのか尻すぼみになっていったが、それでも初めてにしては悪くないスコアであった。


 三ゲームプレイして、全員の中で一番スコアが良かったのは真希である。その次はなんと桃李であった。


「とーりん、めっちゃセンスあるやん」


 汐里がスコアシートを見て感嘆した。


「自分でもここまで上手くいくなんて思っていなかったよ」

「いやでも、とーりんは運動神経エエからなあ。完璧やん」


 頭の片隅にあった疑念が不意に湧き上がってくる。


 どうしてこんな完璧な子が名門の聖峰学院を去って、地方の公立校にやって来たのだろうか。


 後藤教諭からは「何かあった」いうことは伝えられている。かつ、以前に令から教えられた聖峰学院の裏事情と照らし合わせてみると、やはり桃李には恐ろしくろくでもないことが身に降り掛かっていたんじゃないか、と邪推せざるを得なかった。


「し、新開さん。あのっ」


 果穂が話しかけてきた。


「喉、乾かへん? これ、飲む……?」


 スポーツドリンクのミニペットボトルを差し出す。桃李は白い歯を見せた。


「ありがとう。いただくよ」

「ボウリング、楽しかったやんね?」


 果穂は続けて話しかける。


「ねー。人のプレイを見ているだけでも楽しいよね。米村さんもかっこよかったよ。普段のイメージと違っていたから」

「いやっ、新開さんの方が数億倍かっこいいって。新開さんが『王将』なら私なんか『歩』みたいなもんやし……」


 いきなり将棋の駒に例えだして変なやり取りになってしまったが、まともに話しかけられなかったときに比べたらかなりの進歩である。


「今の米村さんは『と金』にはなってると思うで」

「お、上手いこというなあ」


 汐里の言葉に翠が同調する。果穂は恥ずかしそうに笑ったが、もうオドオドとした態度は見られない。これで歓迎会の一つの目標達成、といったところである。


「さ、次は隣行ってカラオケや!」


 歓迎会はまだまだ続く。

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