歓迎会兼期末テスト打ち上げ
五日間にわたる期末テストはあっという間に終わった。汐里は自分なりに頑張ったつもりではいるが、どう結果に結びついてくるかはわからない。それよりも桃李の歓迎会兼期末テスト打ち上げのことで頭がいっぱいになっていた。
学校は午前で終わり、歓迎会参加希望者は正門前に集合した。
「よし、みんな揃ったな! 行くぞー!」
翠が右手を上げると、「おー!」と威勢の良い返事が返ってきた。しかし人数は汐里と翠を入れても八人だけ、しかも全員が女子である。ほとんどは部活動を理由に辞退していた。運動部は期末テスト明けに活動再開するところが多く、とりわけ川端大和がいる野球部は現在、夏の大会予選真っ只中なので絶対に参加できない。卓球部の翠はたまたま今日が活動日では無かった。
男子がいない理由はよくわからない。ただ汐里が見た限り、今では桃李の男女との会話比率はだいたい一対九といったところ、ほぼ女子相手としか会話していない。男子との仲が良くないというわけではないのだが、王子様然とした見た目だけでなく品のある言動は同じ女子に好かれるタイプだから、自然と周りに集まるのが女子だけになってくる。その中に男子が混ざろうとするのは気が引けるだろうし、歓迎会の場ではなおさらのことだろう。
そういうわけで、歓迎会に参加を決めたのは今日が部活動が無い女子だけになってしまった、と考えられる。汐里の中には薄情だなと思う気持ちと、まあ仕方ないかなと思う気持ちが半々あった。
「声かけておきながら全然集まらんくてごめんな」
汐里は謝罪したが、桃李も「いや、こちらこそうまく都合つけられなくてごめん」と謝罪した。日を改めればもう少し参加者は増えたかもしれないが、桃李も明日から塾の夏期講習を受けることになっており、今日しか体を空けられる日が無かった。ちなみに有名私立の進学校の生徒も通う有名な塾だという。
(これから、とーりんが加古川めぐりができる時間も限られてくるかもしらんな)
だからこそ、今日は良い思い出を作ってあげなければならない。
学校からニッケパークタウンまでは自転車を使えばすぐに着く。まだ加古川駅の北側は再開発が進んでいるが、南側にはまだ古い商業施設が残っている箇所が多い。汐里にとっては当たり前の光景ではあるが、桃李は違う。とっくの昔に閉められたであろう工具店の外壁にある、市外局番が描かれてない電話番号を見て「いつからあるんだろうね」と汐里に話しかけてくるほどである。
「いつからやろ。この辺は私どころか親が生まれる前からあった建物も多いからなあ」
「きっと、その頃はもっと人が賑わっていたんだろうな。その時代の人ってどういう生活してたのかな。ネットもスマートフォンも無かったのに」
「うーん……まあ、そんなのが無くても不便やなかったのは確かやろうな。どうなん? その時代に住んでみたい?」
「住みたい住みたくない以前に、生きるか生きられないかの段階で話をしないといけないかもね。道に迷っても地図アプリが無いし、誰もいないところで大怪我をしても救急車を呼べない。私はきっと無理だな。汐里はどう?」
「絶対無理」
即答した。
ニッケパークタウンに着くと、翠はみんなに「まずメシ食うぞー」と告げた。
「んじゃ何食べるか、とーりんが選んで」
桃李をフロアマップの前に立たせる。
「じゃ、ここで」
迷いもせず指さしたのは、二階フードコートにあるハンバーガー店だった。
「ホンマにそれでええん?」
「私、実はハンバーガーを食べたことがなくて」
「あ、そうなん?」
翠のリアクションは薄い。お嬢様であればハンバーガーを食べたことがなくてもおかしくないだろう、というのがみんなの共通認識である。
「よーし、じゃあ初ハンバーガーや。行くで!」
一行はフードコートに直行した。ハンバーガー店は有名チェーン系列で、値段はそれほど高くはない。
「セットメニューでポテトとドリンクも一緒に頼んだ方がお得やで」
汐里は桃李に説明した。
「なるほど。じゃあこれにするよ」
メニュー看板にある、「超肉厚ビーフバーガー」のセットを指さした。
「飲み物は?」
「えーと……よし、コーラにしてみるか」
「一応聞くけど、コーラ飲んだことは?」
桃李は首を横に振った。庶民の食事が果たして口に会うかというところだが、今まで学食でかつめしやら何やら一通りのメニューを食べてきているからハンバーガーもコーラも問題あるまい。
もうすぐ昼時が終わるとあって席は空いていた、四人掛けの席に二グループに分けて座るが、席の差配は翠がやった。翠自身と汐里はあえて桃李と別の席にして、桃李の真向かいには米村果穂という生徒を座らせた。一つ結びに大きな丸眼鏡をかけたおとなしい子だが、彼女を桃李の目の前に座らせたのには理由がある。
話は期末テスト前にさかのぼる。果穂が汐里に相談をもちかけてきたことがあった。
「明日、新開さんと日直やるんやけど上手くやれるかな……」
日直は基本的に出席番号順で二人一組になるが、当初はクラス人数が三十五人。奇数であったため、出席番号三十三番から三十五番までは三人構成で日直を担当していた。一番最後の三十五番は米村果穂、三十四番は山本汐里である。それが転校後の桃李には出席番号三十六番が割り振られたため、日直の編成も変わり、三十五番の果穂と三十六番の桃李が二人一組で日直を担当することになったのである。
「全然悪い子やないから大丈夫やって」
「わたし、あんまりしゃべったことないんやけど……新開さんキラキラしすぎてて、わたしなんかが声かけていいのかわからんし……」
「大丈夫大丈夫、優しくしてくれるって」
汐里は軽い気持ちで答えた。そして翌日、放課後の果穂は異様に落ち込んでおり、自分の席に座ったままうつむいていた。たまらず汐里が声をかけた。
「ど、どないしたん?」
「山本さん、やっぱだめやった……」
日誌の書き方などを教えようとしたが、言葉がつっかえてなかなか出てこなかった、と果穂は言った。逆に桃李の方から「こういう書き方で良いんだよね?」と聞いてきて、ただ「うん、うん」とうなずくだけで終わってしまった。
「絶対まともに会話できひん子と思われとる……」
顔色はひどく青ざめていた。
会話ができない、というわけではない。ただ自己肯定感が低く、見た目も性格も王子様のような桃李と釣り合う相手ではないから話すのもおこがましいと思い込んで、自分で抑圧しているだけなのではないか。そのことは汐里も感じていた。
桃李には誰とでも好き嫌いなくコミュニケーションを取れる度量の大きさがあるし、果穂も自信を持って交流してほしい。だからこそ歓迎会の場で果穂に交流の機会を作って、桃李と仲良くなってほしい、と汐里は強く願っていた。
果穂に声をかけた当初は嫌がったが、翠も一緒になってしつこく説得したら、渋々ではあるが参加してくれることになった。「次日直になったときまたしんどい思いするで」という翠の一言が決め手になった。
フードコートの席順については、翠が他の参加者にも事前に説明して了承を取っている。あとは果穂次第だ。
「えー、じゃあただいまより新開桃李さんの歓迎会および加印高校一学期期末テストの打ち上げを行います!」
翠が立ち上がって開会宣言を始めた。
「じゃあ汐里、乾杯の音頭取ったって」
「え、私!?」
「企画持ちかけたんジブンからやん。当たり前やん」
それはそうだが、大人の飲み会みたいに乾杯するとは聞いていない。それでもせっかくの歓迎会、仕方ないのでやってやることにしたが、乾杯の音頭の作法は一切わからない。そもそもドリンクはストローで飲むものばかりで、それで乾杯というのは絵面としてどうなのだろうか。
考えても仕方ないので、先に進めることにした。
「はいじゃあテストお疲れさまでした! とーりんもお疲れさまでした! 楽しく遊びましょう! 乾杯!」
かんぱーい、と一斉に声を上げ、ストローでドリンクをすすった。やはり何かおかしくて、汐里はつい笑いだし、みんなも釣られて笑ってしまった。




