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過去の濁流は加古の清流とともに  作者: 藤田大腸


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4/21

ニッケパークタウン

 休日、汐里は家族とともにニッケパークタウンを訪れた。家の掃除機が壊れたため、新しい掃除機を買いに来たためであった。


 ニッケパークタウンは一九八四年(昭和五十九年)に建てられたショッピングセンターである。開業当初はダイエーが入居しており、ダイエーのシンボルマークが建物に描かれていた。それから平成、令和と時代の変遷とともに中身も様変わりしていき、敷地も拡がり、今ではスポーツクラブとクリニックモールも含めた、種々の店舗が入居している巨大商業施設として加古川市民の暮らしを支えている。


 汐里の家では普段、食品や日用品は近所のディスカウントストアやホームセンターで購入しているが、今日は掃除機のついでということでニッケパークタウンで食品を買うことにした。両親は一階の食品売場に降り、汐里は掃除機を自家用車に積み込むためにいったん屋上の駐車場に戻った。


「よいしょっと」


 ラゲージルームに掃除機を積み込み、店内に戻ろうとしたときである。


「汐里!」


 呼び止めたのは桃李だった。Tシャツにトラックパンツというラフな格好をしているにもかかわらずよく似合っている。


「わ、偶然やな」

「買い物に来たのかい?」

「うん、家族と一緒に。とーりんもお買い物?」

「いや、今日は市街地を散策に来たんだ。このショッピングモールも気になってたから寄ってみたけど、すごく広いんだね。駐車場も広々としていて」


 桃李は目を輝かせながら周りを見回す。汐里から見れば普通の立体駐車場である。


「広いっちゃ広いけど、東京の百貨店の方が広いんちゃうの」

「広さだけならね。でもここには東京に無い味がある。どう言い表していいのか自分でもよくわからないけど」


 桃李はフェンス越しに加古川駅方面の遠景を見つめる。栄えている箇所なので大きなマンションが数棟あるが、人口およそ二十五万人の地方都市故、東京の高層ビル群に比べると正直見劣りする。それでも桃李は博物館の貴重な展示物を見るような目で、加古川市を見ていた。


「東京はつまらんかったん?」


 汐里は少し意地の悪い質問を投げかけてみた。


「どうだろう。生まれが東京だし、当たり前のように感じていたと言うのかな」

「私かてそうやわ。生まれも育ちも加古川で、この場所も庭みたいなもんやから逆に良さがわからへん。それこそ当たり前なんよなあ」

「汐里って東京に行ったことある?」

「それが一度もあらへん」

「じゃあ、行ったら今の私みたいになるかもしれないね」

「広いなあ、じゃ済まへんかもなあ。人が桁違いに多いから」


 時々、翠から東京の話を聞くことがある。東京の大学に通っている彼女のいとこが定期的に東京での生活を知らせてくるのだが、ことあるたびに故郷に帰りたくないと言っているらしい。何もかもが便利すぎて遊ぶ場所も無限大にあるからだそうだ。仮に自分がこの先東京で暮らすようなことがあったとしたら、故郷を捨てたくなってしまうのだろうか。


 そう考えたところで嫌なひらめきが頭の中を走った。今、桃李に「東京に帰りたい?」と聞いたらどう返事するだろう。今の彼女の様子だとNOと返ってくるだろう。そこからさらに「帰りたくない事情でもあるん?」と聞いたら、転校の理由もわかるかもしれない……。


「あ、もしかしてまだ買い物終わってない?」


 桃李に言われてハッとした。


「そうや。家族がまだ買い物しとんねん。戻らんと」

「ごめんね、引き止めちゃったみたいで」

「いやいや」


 二人は店内に入った。エスカレーターで二階まで降りたところで、桃李が「じゃ、私は店内を散策してくよ」と言った。


「加古川ライフを楽しんでなー」


 手を振って別れて、汐里は一階に降りた。


 フロアの中央にあるセンタープラザは吹き抜けになっていて、二階部分が下からでもよく見えるようになっている。桃李が柵越しにこちらを眺めている様子が目に映った。


(楽しそうにしとるなあ)


 たまたま桃李と目が合った。もう一度手を振ると、桃李もニコッと笑って手を振り返してくれた。学校では王子様然としていても、今は無邪気な子どもみたいで可愛らしく思えた。


 食品の買い物を終えた後、汐里はエコバッグを一つ携えた。中身は食品でパンパンになっていた。


「結構買い込んだんやなあ」

「たまたま特売日やったからねえ。ちょっと多すぎたかもしらん」


 母親は苦笑いした。母親の持っているエコバッグも同じようにパンパンになっている。父親はビニール袋を持っているが、詰め込もうとしたらエコバッグ二つで足りなかったから急遽買ったものである。


 二階に上がったときである。なんと桃李がまだ柵からセンタープラザを眺め続けている。


「とーりん、まだおったん!?」


 つい失礼な物の言い方で声をかけてしまった。


「ははっ、人で賑わう様子が一望できるからつい見てしまって」


 桃李が恥ずかしそうにこっちを振り向いた途端、母親が「ひゃっ」と声を上げた。


「汐里、あんたの友達なん?」

「うん。この前話した、東京からやってきた転校生の子よ」

「まあ~モデルみたいにシュッとしてるからびっくりしたわ」


 桃李は照れ笑いする。


「この子、休みの日に加古川のいろんなとこ行っとんねん」

「あらそう~。加古川は東京に比べたら物足りんかもしれんけど、ええ街よ。わからんことあったら娘に聞いてな」

「ありがとうございます」


 汐里が言う。


「じゃあ私ら帰るけど、あっ、そうや。寺家町商店街には行った?」

「ジケマチ商店街? いや、行ってないな」

「とーりんって神社やお寺とか行くやん。多分、歴史に興味ある系やろ」

「うん。かなり好きだよ」

「だったらうってつけやわ。昔は江戸時代の宿場町として栄えたところで、その雰囲気が残っとるところもあるし」

「江戸時代か」


 桃李は食い気味になった。


「とにかく歴史を感じる場所やな。実際見てみたら気にいると思うわ。場所は南側の出入り口から出てすぐのとこや」

「行ってみる!」


 心底、楽しそうに答えた。今の桃李にとっては、加古川のありとあらゆるものが刺激になっているのかもしれない。


 帰り道の車の中で、普段は物静かな父親が珍しく桃李のことを聞いてきた。


「あの子お上品な感じやったけど、ええとこのお嬢様やったりするんか」

「ほんまもんのお嬢様やで。お父さんが帝都化学工業の子会社で社長やっとるって」

「おお、ええとこもええとこやん」


 淡々としていた。それだけ? と汐里が言いかけたところで、


「学校で歓迎会とかはやったんか?」

「歓迎会? あ、いや、やってへんけど」

「せっかく遠いところから来てくれとんのやから、やってあげた方がええんとちゃうか」


 言われてみればそうだな、と汐里はうなずいた。桃李は自ら進んでクラスに溶け込んでいったものの、誰か一緒に遊びに行ったという話は聞かない。加古川巡りで忙しいのかもしれないが、ここは一つクラスを上げて加古川案内、というのも有りかもしれない。


 具体的にどうしようか? ここはやはり学級委員の翠に相談を持ちかけた方が良さそうだ。

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