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過去の濁流は加古の清流とともに  作者: 藤田大腸


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3/21

謎が残る転校生

 転校から一週間経ったが、桃李はすっかり加印高校の中になじんでいた。


「休みの日に厄除八幡宮(やくよけはちまんぐう)に行ってきたんだ」


 桃李は嬉しそうに、汐里たち含む周りにスマートフォンで撮影した画像を見せる。厄除け祈願で有名な八幡神社、通称厄除八幡宮の境内である。地元民にとっては厄神さんという呼び方が馴染み深い、奈良時代から存在する歴史ある神社だ。


「へー、厄神さん行ってきたんや」

「あの辺は緑が多くて楽しかったよ。それから日岡神社にも行ってきた」


 今度は日岡神社の境内の画像を見せてきた。春には花見客で賑わう日岡山公園の側にあり、こちらも奈良時代に建てられたと伝えられている神社である。ここには安産の神様が祀られており、古い時代から多くの参拝者が安産祈願に訪れてきた。


 画像の中には自転車用ヘルメットを被っている桃李の自撮り画像や、クロスバイクが映っているものもあった。クロスバイクで加古川じゅうを走っているようだが、厄除八幡宮と日岡神社では自転車でも半時間はかかるほどの距離がある。


()()()()ってめっさアグレッシブなんやなあ……」


 汐里はだけでなく、一組の間では桃李のことを「とーりん」と呼ぶようになっていた。最初は翠がふざけてつけたあだ名だったのだが、意外にも桃李が気に入ったためにとーりん呼びが定着したのであった。


 あだ名呼びをすんなりと受け入れるほどの柔軟性があり、一方で加古川の各所を巡って、積極的に加古川を知ろうとする姿勢がうかがえる。それが加印高校の中にすっと溶け込めたことに繋がったのであろう。


「この地域は交通マナーが悪いから気ぃつけてよ」

「そうなの? 私は都内より走りやすいと思うけどな」

「いや、ここも怖いよ。実際に事故多いし。翠ちゃんなんか中学校に入りたての頃に大きな事故やっとるもん」


 翠は待ってましたとばかりに、ぱっつんにした前髪をめくりあげた。生え際のところに一筋の傷跡がある。桃李は「ど、どうしたの?」と驚いた。


「登校途中に自転車乗って横断歩道渡ってたら、信号無視のバイクに突撃されてん。ヘルメットしとらんかったら今頃お墓の下よ」

「よく助かったね……」

「すごかったで? 何かしらん間にいきなり体が宙を舞ってな、周りの光景がスローモーションになってな、何でか知らんけど『新加古川音頭』が流れ出してん。で、気づいたら病院で寝とった」


 笑い事ではないのだが、翠はぎゃははと笑って話した。


「何で盆踊りの歌が……」

「そらお盆みたいにご先祖がお迎えに来たからやろなあ。日頃の行いがエエからあっちに行かんで済んだけどな。ま、あの事故で頭打たんかったら性格の良い淑女に育っとったかもしれんなあ」

「うっそー。入学した頃から今の性格やったやん。川端くんへの当たりきつかったし」

「ホンマやで。こいつに何度いじめられたかわからんもん」


 大和が割り込んできた。翠が「ろくに教室の掃除もせんと遊んどったから懲らしめただけやろがい」と反論する。中学時代の大和は掃除の折によくふざけていた。


「翠ちゃんが入院したときの川端くん、めっちゃ泣いとったけど。私今でも覚えとるで」

「余計なこと言わんでええ!」

「ウチも嬉しかったわあはーと」

「言わんでええから、もう!」


 漫才を見せられた桃李も、みんなと一緒に笑っている。


 放課後、大和は汐里と翠を渡り廊下に呼び出した。


「さっきは調子乗ってイジリ過ぎたわ、ごめんなさい」

「いや、そういう話とちゃうねん」

「何なの?」

「俺、実はとーりんのことが気になってて」


 うおおい、と汐里と翠が揃って変な声を出した。


「野球一筋の川端大和がついに……お母さんは嬉しいわあ」

「誰が俺のオカンじゃ」


 ボケた翠に大和がツッコむ。


「そういう話やなくて。お前らもとーりんのこと気にならんの?」

「何がよ」

「俺も調べたんやけど、聖峰学院ってお金持ちの上に相当頭良くないと入れへん学校らしいやん。それが進学校でもなんでもない、地方の公立校に転校してきたのは何かおかしくないか?」

「お家の仕事の都合言うてたやん。とーりんのお父さん、帝都化学工業の子会社の社長に就任したから一家で引っ越してきたんやって」


 帝都化学工業は日本最大手の化学メーカーであり、桃李の父親は本社で化学薬品の営業部門を統括する役職に就いていたという。それが六月という中途半端な時期ではあるが、出向という形で東隣にある自治体、播磨町に建てられている子会社の社長に就任した。桃李からはそう聞いている。


 汐里と翠は父親にくっついてわざわざ遠いところから来てくれたんやな、ぐらいにしか考えていなかった。しかし大和はどうも納得いかないらしい。


「せやけど、神戸や姫路にも立派なお嬢様学校があるやん。ここからでも全然通えるしさ。ていうかそもそもこういう場合って親だけ単身赴任せえへんの? せっかく良い学校に入った娘を一緒に連れて転校するってもったいないやん。何か闇が深そうな事情ありそうちゃうか」

「闇が深そうて……もうちょい言い方あるやろ。新開家なりの考え方があるんやろ。よその家のことをあれこれ探ったって何の得にもならへんよ」


 翠がもっともらしいことを述べると、大和は「そやけどさあ」と話を終わらせようとしない。業を煮やしたのか、翠が露骨に顔をしかめる。何か言い出して口喧嘩になる前に汐里が先手を打った。


「まあ、まあ。ええ加減切り上げんと部活遅れてまうで。この話はまた今度にしとこ」

「わかった」


 二人とも承知してくれて、解散となった。汐里も料理同好会に属しているが、活動日が週一から二程度のゆるい部活であり、今日は活動日ではなかったからそのまま帰ることにした。


(私かて気にならへん、ってことはないんやけどなあ)


 汐里も大和の疑問に理解は示している。大和だけでなく他の生徒も、もしかしたら翠も本当は気になっているかもしれない。誰か一人でも桃李の真の事情を知っていたとしたらそこから爆発的に広まっているはずだが、そうなっていないということは誰も積極的に聞いていない証拠だ。大和の言葉を借りれば「闇が深そう」だから気を使って聞けていないのかもしれない。


 自転車置き場近くで、後藤教諭に出くわした。グレーの生地に「KAIN」と書かれたTシャツを着て、下は青いジャージを履いている。彼は野球部の監督を勤めていた。


(ひょっとして、後藤先生なら何か知っとるかなあ)


 汐里は挨拶して、「ちょっといいですか」と声をかけてみた。


「お、どないしたん?」

「新開さんのことなんですけど」


 転校の「闇が深そうな」事情について何か知っていないか尋ねてみた。すると後藤教諭は「まあ、知っとるよ」と正直に認めた。


「特殊も特殊なケースやったから、新開さんが来る前に校長先生から説明を受けた」

「やっぱり、何かあったんですね」

「そやけど俺の口からは言えん。ただ本人が問題起こしたとか、いじめを受けたとか、そういう話と違うとだけは言うておく。俺から言えるのはこれだけや。あとこの話は他の先生も一部しか知らん。山本さんも先生が今言うたこと、周りに言うたらあかんぞ」

「わかりました。すみません、ありがとうございます」

「ま、もっと仲良くしていったらそのうち本人から話すこともあるかもしれん。今は新開さんをサポートしてあげること。特に山本さんは新開さんと席近いんやから、積極的に関わったげてな」

「はい!」


 後藤教諭はグラウンドの方に小走りで向かっていった。


(ま、焦る必要はないか)


 汐里はヘルメットを被って、自転車に乗った。もう幾度となく通った通学路は汐里にとって何の変哲もない日常の光景である。これが外部の人間である桃李の目線だとどう映るのだろうかと考えながら、ペダルを漕いだのだった。

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