転校生、かつめしに会う
授業中は常に後ろからオーラを感じつつ、緊張と興奮のさなかで一時間目を終えた途端、生徒たちが一斉に桃李の周りを囲んだ。
「今どこに住んどん!?」「趣味は何なん?」「好きな食べもんは?」「休みの日は何しとん?」「何かスポーツやっとる?」「部活何するか決めとる?」「スキンケアはどうしとるん?」……
「こらぁ! いっぺんにしゃべりかけたんな!」
翠が学級委員の仕事をした。
「まったく……新開さんは聖徳太子とちゃうんやぞ」
その意味が汐里にはわからず、周りもきょとんとしていたが、桃李が真っ先にクスッと笑った。その仕草だけで男子も女子もおお、と声を漏らす。
「聖徳太子みたいに十人同時に聞くのは無理ですよね」
「おお、拾ってくれてあんがとー!」
翠は両手を組んで、感謝を伝えた。
「ほいじゃ一人ずつ質問して。汐里から」
「私から!?」
「席の近い順からや」
見た目だけに気を取られていて、内面を探ることに気が一切向いていなかった汐里だったが、脳みそを絞ってどうにか考え出した質問がこれである。
「鶴林寺には行ったことある……?」
翠が露骨に顔をしかめた。「せっかくのチャンスやのに答えやすそうな質問せえや」と言いたげである。東京の人間で鶴林寺を知っている人がどけだれいるのか、汐里は考えていなかったが、
「行きましたよ。まさに聖徳太子ゆかりのお寺ですよね」
桃李はにこやかに答えた。救われた気がした。
「お……おー、行ったんや! どうやって知ったん?」
「引っ越してきた直後に加古川に何があるか調べてみたんですよ。そしたら聖徳太子が建立したお寺があると知って驚いて、すぐ実際に見に行きました。千四百年の歴史を全身で感じられて良かったですね」
「そうなんや。お寺とか神社とか好きな方なん?」
「ええ、大好きですよ」
翠は今度は白い歯を見せて親指を立てた。「趣味を一個聞き出せた、ようやった」と言わんばかりに。
このような感じで二時間目、三時間目の休み時間でも質疑応答は続いたが、桃李は嫌な顔ひとつせず、丁寧にハキハキと受け答えした。授業でも転校生の力試しとばかりに教師が質問してきたが、まさに立て板に水といった感じの回答を見せて教師を唸らせたのであった。
見た目も良ければ中身も良し。クラスメートの評価はすでにストップ高といったところである。
四時間目が終わり、昼休みに入った途端に翠が汐里に話しかけた。
「山本汐里に籠谷翠が学級委員命令を伝える。なんてな」
「な、なに? 命令って……」
「新開さんを学食に連れて行って一緒にご飯食べてきて」
「えっ、わっ、私が行くん……?」
「実は前の休み時間、汐里がおトイレ行っとる間にみんなで決めてん。みんな一緒にご飯食べたいやろうけど、まだ学校に慣れてへん中でみんなにわーっと囲まれてご飯食べたってめっちゃストレスかかるだけやん。そやから今日は汐里が代表でお相手したって」
「翠ちゃんこそ、学級委員なのに一緒に行ったらんでええの?」
「ウチは性格ねじくれとるから新開さんが疲れてまうって。その点、汐里は人畜無害やからな。悪いようにはならんやろ」
じゃあ頼むでぇ、と汐里の肩をポンポンと叩いた。性格ねじくれてると自嘲しているが、気が回る方である。
「ご配慮、恐れ入ります」
桃李の大人びた態度に、汐里は縮こまった。
「い、いやこっちも正直緊張しとるから上手いことしゃべれるかどうかわからへんけど、よろしく……」
食堂は校舎を出て、正門近くにある「創立五十周年記念会館」の一階にある。道すがらすれ違った生徒たちが感嘆の声を上げながら桃李を見てくるので、必然的に連れ立って歩いている汐里にも注目が集まってしまう。桃李が王子様なら汐里自身は従者みたいに思えてきたから、とにかく恥ずかしかった。
食堂に入っても先客の生徒に驚かれ、「芸能人!?」と大声を出す生徒も出てくる始末。桃李は笑って受け流したが、それが相手に誤解を与えたようで、うっとりした顔つきでへなへなとへたり込んでしまった。
「なんか、ごめんな。その、ここは新開さんみたいにかっこよくてキレイな子を見慣れとる生徒がおらんから……」
「こちらこそ申し訳ないです。実は前の学校でも同じことを経験してまして……」
聖峰学院時代でも人気の生徒だったらしい。東京のお嬢様学校の上澄みが地方の県立高校に降臨するとこれだけのディープインパクトを与えてしまうものなのか、と汐里は驚愕する他なかった。
「じゃあ、まずは自動券売機で食券買うて」
汐里は手本として、うどんセットの食券を買った。うどんにいなり寿司がついているメニューである。
桃李はスマートフォンを取り出している。汐里は何をしようとしているのか察した。
「ごめんな、キャッシュレス決済対応とちゃうねん」
「失礼しました」
「前の学校ではキャッシュレスやったん?」
「生徒専用の決済アプリがありましたから」
ほええ、と気の抜けた声が汐里の口から漏れ出た。東京のお嬢様学校はやっぱり違う。
桃李が聞いた。
「この、"かつめし"とは何ですか?」
「お、良いところに目をつけたなあ。これ、実は加古川の名物料理なんよ」
「なんと。ではこれにしましょう」
桃李は千円札を入れると、どういう料理なのかも聞かずにかつめしのボタンを押した。
注文口で食券を出すと、流れ作業ですぐに注文したメニューが出てきた。
「これがかつめしですか……」
カレー皿に盛られたライスの上に牛カツとキャベツが乗せられ、デミグラスソースがかかっている。これが加古川の御当地グルメかつめしである。が、汐里の知っているかつめしとは何かが違っていた。
「えらいカツがモリモリちゃう……?」
牛カツが倍以上盛られている。すると食堂のスタッフが声をかけてきた。
「今日転校してきた子やろ? サービスしといたで~」
「ええー、知っとったんですか……」
「おばちゃんの情報網をナメたらあかんよ~」
食堂にまで名が広まっているとは恐るべし。
汐里は桃李の方をチラリと見た。カツを凝視している。
「ど、どない? 食べきれそう?」
「いえ、とても美味しそうだなと思いまして……」
かつめしよりも高級フランス料理が似合っている垢抜けた風貌。口ではそう言っても、果たして庶民が口にする郷土料理が口に合うのだろうか。
開いている二人がけの席に座る。周りは一斉に食事をピタッとやめて視線を向けてきた。
(こんな露骨な反応されたら食べにくいやろうに……)
自分の食事に集中してくれ、と思う。しかし桃李には戸惑った様子は見られない。前の学校でもしょっちゅう起きていたことらしい。
「いただきます」
二人は両手を合わせた。まず、桃李は牛カツを口にした。
「これは……」
桃李の目が大きく見開いた。汐里は次の言葉を待った。
「美味しい!! え、なにこれ! すごい!」
汐里の目の前にいる美しい生徒は、先ほどまでの丁寧な言葉遣いのお嬢様でも、王子様でもなくなっていた。
「そんなに喜んでくれるとは思わへんかった……」
「ああっ、すっ、すみません。つい……」
「いや、嬉しいんよ」
かつめしは小さい頃から食べてきて、確かに美味しいのだが、良いところ育ちの桃李をここまで驚かせるほどとは思っていなかった。同時に、桃李が自分たちと変わらない一面も持ち合わせていることに、汐里は安堵した。今まで住む世界が違っていたとしても、この素直さであればこちらに馴染むのも早いかもしれない。
桃李は結局、大盛りのかつめしを完食してしまった。
「大丈夫? ずつないことない?」
「ずつない……?」
「あ、こっちの言葉で腹いっぱいでしんどいって意味やねん」
「そう言い回しがあるんだ、面白いですね」
外の自動販売機で食後のコーヒーを買うことにした。汐里は百円玉を入れると「何でも好きなもん選んで」と言った。
「え、悪いですよそんな」
「エエからエエから。遠慮せんと」
「じゃあ、すみません。いただきます」
アイスコーヒーにした。汐里も同じものを買う。
最初、桃李に抱いていた畏怖に似た感情はすでになくなっている。
「私ら、同じ学年なんやからタメ口でエエよ」
「良いんですか? まだ知り合って間もないのに」
「前の学校はそうせなアカンかったかもしれんけどさ、ここではお上品な態度を取る必要あらへん。かつめし食べてたときみたいに素を出してくれてええんやで」
桃李は顔を赤らめた。
「結構、かわいいところあるんやな」
「いやその……いろいろと迷惑をかけるかもしれないけど、よろしくね」
「そう、その調子で今後もよろしく」
一度、食事を共にしただけで二人の距離感は一気に縮まった。教室に帰ってきて晴れ晴れとした顔つきの汐里に、翠は「やるやないけ」と一言声をかけたのだった。




