表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
過去の濁流は加古の清流とともに  作者: 藤田大腸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
19/21

交渉

 汐里が亜美を引き連れて自宅に着いたら、ガレージの中に母親が使っている自転車があった。思ったより早く帰ってきたようだ。インターホンを鳴らすと、母親が玄関のドアを開けた。


「ただいまー」

「あら、どこかに出かけとったん……ってその子は?」

「中学校の友達の一人や。家の事情で、今は遠いところの高校に通うとる。お母さんは知らんやろうけど、散歩行ってたらたまたま会うてん」

「え、ちょっと」


 勝手に中学時代の友達扱いされた亜美が狼狽するが、汐里は「いいからとにかく名前だけ」と小声で伝える。亜美はこわばった表情で自己紹介した。


「仁科……亜美です。はじめまして……」

「あら~、全然見たことない制服やけどどこの高校なん?」

「静岡やて」


 汐里はさらにウソを重ねた。よくわからないが、静岡という単語がとっさに口から出てきた。亜美が目を剥く。


「お茶にうるさいからエエお茶出したって」

「麦茶しかあらへんけど、まあ上がってちょうだい。遠いところからご苦労さんやねえ」

「お、お邪魔します……」


 亜美はベレー帽を脱いで玄関をくぐった。汐里がさあ上がって上がって、とにこやかに二階の自室まで招いたが、亜美は部屋に入るなり怒りだした。


「なんであんなウソを……!」

「まあ待ちいや」


 汐里が手で無理やり亜美の口を塞いだ。


「声がでかいっちゅうねん。あんな、仁科さんが聖峰学院の生徒やと知れたらお母さんから質問攻めされるよ。お母さんもとーりんのこと気に入っとるし。そんときに仁科さんがうっかりバカ正直にとーりんの過去を漏らさんとも限らんやん。とーりんの過去を知っとるのは私と学校のごく一部の先生だけやし。お母さん、結構おしゃべりやから話がウイルスみたいに広まっていくで? それが学校に届いてみ? とーりんが学校におりづらくなるやん」

「その辺はちゃんと注意して受け答えすればいいことではなくて?」

「悪いけど、あんたを信用できん。まあとにかく座りいな」


 汐里が座布団を無造作に置く。亜美は眉を吊り上げながらも、「失礼いたししますわ」と一言断ってから、座布団の上に正座した。汐里はあぐらをかいた。


「あんな、とーりんを聖峰に戻すって今更何言うてんのよ。簡単にはい戻りますー、ってなるか?」

「山本さんが憤るのはわかる。しかし混乱を収めるためには桃李さまが必要なの。生徒会長が解任された後、桃李さまが新会長に収まれば学院に再び安寧が訪れること間違いないわ」

「何勝手なこと言うて」

「桃李さまは今どこにおられるの?」


 亜美は汐里の言葉を遮り、強い口調で聞いた。


「……今は塾の夏期講習に行っとる。塾の場所は知らんから教えられへんで」

「今のお家はどこ?」

「それも知らん」

「知っててとぼけてないわよね?」

「ひつこいなあ。そもそもとーりんはあんたと会いたがらへんと思うで」

「どうして!? 私、桃李さまと何度もお話するほど仲がよろしかったのよ? あのお方とお話するだけでももう心がとろけそうになって……」


 またうっとりとした目になる。


「自分に酔うとるときに悪いけど、じゃあとーりんから連絡あった? 他の誰か連絡を受けた?」

「え、いや……」

「とーりんはきっちりしとるから、今までよくしてあげた子には元気してるよって一言連絡するはずやん。それをせんってことはあんたを含めてみんなと縁を切りたいってことちゃうの?」

「そ、そんな……」


 亜美の目に涙がじんわりと溜まっていく。汐里は「まあ落ち着きいな」と一言添えてティッシュを渡した。


「誤解したらアカンけど、あんたが嫌いになったんやなくて、聖峰学院が嫌いになったってことやからな。あんな学校、むちゃくちゃになって潰れてしまえと思うとるまであるかもしれへん。父親も巻き込んで酷い仕打ちしよったからな。あんたがとーりんやったらはい戻りますー、って答える?」

「そんな仮定の話しをされても……」


 亜美がティッシュで涙を拭き取ると、母親がドアをノックして入ってきた。


「ええお茶はないけどええお菓子はあるわ。さっきちょうどパート仲間から淡路島に行ったお土産をもろてきたんよ」


 お盆に乗せられているのは小袋入りのせんべい。袋には淡路島産玉ねぎせんべいと書かれている。


「あ、これ食べたことあるわ。結構美味しいやつやん。仁科さん食べよっ」


 久方ぶりに出会った友人に語りかけるように、汐里はわざと声のトーンを高くした。亜美は「じゃあ、いただきます……」と恐る恐る手を伸ばそうとしたら、


「あら、仁科さん何かあったん? 目ぇ赤いけど」


 母親の言葉に汐里はギクッ、としたが、


「ひっ、久しぶりやからちょっと泣いてもうてな。なあ?」

「え、ええ……」

「静岡やったら気軽に会いに行かれへんもんなあ。静岡のどこら辺に住んどるの?」


 もしも汐里が同じ質問をされたら、上手く答えられないかもしれない。静岡=お茶と富士山のイメージしか出てこなかったからだ。うまく亜美をアシストできないかもしれない。雑なウソをついたことを悔やんだが、


「浜松市です」


 亜美は答えた。


「浜松ってどこやったかな」

「西の方です。これが静岡県としたら、ここに浜名湖があって、ここに天竜川があって、これが浜松市ですね」


 亜美は床に指で静岡県の形を描き、さらに浜名湖と天竜川の場所、浜松市をスラスラと描いてみせた。


「静岡は横に長いけど、だいぶ左側やねんな。お茶意外に何か名産品はある?」

「うなぎが有名ですね。あとは日本で大きい楽器メーカーの本社があります」

「へー、そうなん。私社会苦手やったから知らんかったわ。あ、ほなゆっくりしてってな」


 母親が退出すると、汐里は大きな安堵のため息をついた。


「ようポンポンと出てきたな……実はほんまに静岡に住んだことがあるとか?」

「学校で習ったことをしゃべっただけよ。あなたは全然覚えていなくて?」


 意地悪そうな笑みを浮かべてきた。今まで汐里が一方的に責め立てていたからか、一矢報いてやった感がありありと出ている。


「ま、まあ食べながら話ししようや。『上』に庶民の味が合うかどうかわからんけどな」

「食べ物の好き嫌いはいけないと教わってきた身だから、ご安心なさい」


 せんべいをかじる。玉ねぎ独特のふんわりとした甘みが口に広がった。


「あら、本当に美味しいじゃないの」


 亜美の評価は「上」のようだ。あっという間に一枚平らげてしまった。


 氷を浮かべた麦茶も、極悪なほどの暑さを誇る令和の夏にちょうどいい。冷房が効いてきたところで、亜美は口を開いた。


「私以外にも桃李さまを慕う方々が大勢いらっしゃって、みんな学院に戻って頂きたいという思いで兵庫県南部のあらゆるところを八方手を尽くして探していたの。しかし、まさか普通の公立校に通っていらっしゃるとは思いも知りませんでしたわ」


 汐里には「普通の公立校」が何か含んだ言い方に聞こえたが、受け流した。


「どうやって知ったん?」

「この前、将棋の全国大会があったのをご存知? 加印高校の選手も個人戦に出ていらっしゃったわよね。確か米村さん、だったかしら」


 麦茶を飲もうとしていた汐里がコップを下ろした。


「な……何で知ってんの」

「だって私もその場にいたもの。私、実は将棋部なのよ」


 しばしの沈黙の後、汐里が口を動かす。


「まさか、米村さんがバラしたんか……?」

「いいえ、会話は一切してないわ。対局時間前に会場のお手洗いに行ったら洗面台のところにスマートフォンの置き忘れがあって、待ち受け画面を見てしまったの。そしたら桃李さまが写っている画像だったから、目玉が飛び出そうになったわよ」


 桃李の歓迎会の後、汐里がニッケパークタウンで写した記念撮影の画像のことに違いなかった。


「その子を脅して聞き出したりとかしてへんやろな……?」


 気の弱い果穂なら問い詰められたら口を割ってしまいそうなものだが、亜美は「そんなことしていませんわ」と首を横に振った。


「大会本部に届け出て間接的に本人に返したわよ。画像を抜き取って私のものにしたい衝動を抑えて」

「よう我慢できたな」


 皮肉をこめて言う。


「時間があれば米村さんに質問攻めしたかったけれど、対局とは関係ないことを持ち出して動揺させるのはフェアではないから思いとどまったわ。ただ、兵庫県の複数の出場校で探していないところは米村さんの加印高校しか無かった。それだけで充分な情報でしたわ」

「で、仁科さんが来たってことか」

「そういうこと」


 記念撮影の後に「私やったら待ち受けにするで」と軽口を叩いたことを汐里は後悔した。


 亜美がいったん麦茶で口の中を潤し、続けた。


「正直に言うと、私は桃李さまともう一度だけお話できればそれでいいの。だけど私は個人の願いだけで動いているわけではなく、数多くいる桃李さまを慕う方々の代表でもある。その方々の願いを無にするわけにはいかない。遠い加古川まで来ておいて手ぶらで帰るわけにはいきませんわ。桃李さまの連絡先はご存知でしょう? 是非とも取り次いでいただけないかしら」

「はいわかりました、って私が言うとでも思うんか?」


 汐里は顔を歪めた。


「とーりんは加印高校の生徒で私たちの友達や。もう聖峰学院の桃李さまと違うんや。あんなだっちもない学校に戻れって頼む手伝いなんかできるかいや」


 日本一ガラが悪く汚いと揶揄されることが多い播州弁で、汐里は威圧した。しかし亜美は引かず、ずいっと汐里の方ににじり寄ってきた。


「とにかく取り次いでいただきたいわ。戻る戻らないはこの際置いておくことにしても、せめて私やみんなに向けてのお言葉だけでも賜りたいの。それだけでも私は生徒たちの団結力がいっそう高まって、学校側も条件を飲まざるをえないでしょう」


 さらににじり寄る。


「それでもあなたがあくまでも拒絶するというのなら結構。私も覚悟を決めて、加印高校に乗り込んで桃李さまが登校してこられるまで座り込みでもして待ちますわ」


 目が据わっている。本気でやりかねない気がしてきた。


「……わかった。その代わり条件がある。とーりんに何言われてもそっくりそのまま伝えて。恨みつらみ言われても、ほんまはあんたらのことが嫌いやったと言われてもや。それができるって約束するなら取り次いだる」

「わかったわ。その条件、飲みましょう」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ