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過去の濁流は加古の清流とともに  作者: 藤田大腸


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15/21

平荘湖にて

 お盆に入り、山本家は墓参りに向かうことにした。掃除用具を車に積み込んで、途中で寄ったJAの直売所でお供えの花を買い、向かった先は父方の実家がある平荘町(へいそうちょう)。加古川市の北中部、汐里の実家側から見て加古川の向こう岸にある地域てある。汐里の父方の祖父は健在だが、祖母は汐里が産まれる前に病気で亡くなっており、一人暮らしを続けていた。


 祖父の家に車を停めて、祖父とともに裏手にある小山のふもとにある墓地まで歩く。この辺りは工業地帯の一角を担う南側と比べて、田畑と低山の光景が広がる自然豊かでのどかな場所である。


「うっわー、ボーボーやん……」


 山本家先祖代々の墓の、隣の墓が雑草で覆われている。供えている花も枯れてしまっており、長い間墓の世話がされていないことがすぐにわかった。


「そこの墓な、前まで世話しに来とった親族が亡くなってもうてん」


 近くの水場でバケツに水を汲んできた祖父が、戻ってくるなり隣の墓を指さした。他人の目には失礼に映る行為だが、祖父はそういうマナーをいっさい気にしない性格である。


 祖父が言うには世話をしていた親族も高齢で、息子と嫁はいたが、亡くなってからは今まで墓の手入れに来たのを一切見たことが無い、と祖父は言った。


「何で来えへんのやろ」


 汐里の言葉に、祖父は「面倒なんやろ」とただ一言。


「最近の若いもんは墓の世話したがらんしな。今はお寺さんに頼まんとそのまますぐ火葬場で焼いて骨も墓に入れんと海に撒いたりするらしいな。ワシんとこの墓はまだ大丈夫やろうけど、あと四十年五十年したらわからへんのう」


 この先父親や母親が亡くなったとして、自分がちゃんと墓の世話をできてしいるのだろうか。兄もちゃんと墓の世話をしてくれるのだろうか。まだ若い汐里にはまったく想像できない。


「しかしせめて草だけは抜いてくれ思うけどな。おかげでこっちにも草が生えてきよるさかい、こまめに刈り取らないかん」

「もう隣のも刈ったったら?」

「ほっといたらええ。自分の墓のことぐらい自分とこで始末せなあかん。ほっといてもバチ当たるんはあっちの家じゃ」


 祖父はぶっきらぼうに言った。祖父が言うだけあって、山本家の墓は管理が行き届いていて清潔そのものである。それでも汐里と両親は先祖への感謝をこめて、念入りに墓を掃除した。それから花と線香を供えた。


 祖父の家に戻り、汐里は昼食の準備を手伝った。メニューは祖父が所有する畑で採れたナスビを使ったカレーライスである。毎週に一度はカレーライスを食べるのが祖父の元気の秘訣だそうだ。

 

「今年はナスビがようけ採れたさかい、お前らも持って往ね」


 祖父は数枚のビニール袋にたっぷりとナスビを詰め込んでいる。


「ちょっとお義父さん、そんなにたくさんは要らへんよ」


 母親が遠慮しても「ええからええから、持って()ね」と押し切られてしまった。祖父はいつも野菜をくれるときは「持って往ね」である。こうして里帰りした後は、しばらくの間季節の野菜が山本家の食卓に並ぶことになる。


 昼食を終えて、汐里たちは祖父の家を後にした。


「こんなにいっぱいナスビもろうてしもうて……」


 母親がぼやく。毎日三食ナスビを食べ続けたとしてもひと月で食べ切れるかどうわからないほどの量である。


「なんぼか辰馬に送ったりいな」


 父親が言ったが、「あの子料理できひんよ」と母親。


「送っても先輩に分捕られるやろうし、そもそも食べる暇もあらへんやん」


 辰馬は高校に進学して以来、お盆の時期にまとまった休みを貰って実家に帰ってきたことがない。高校時代は野球漬けの生活で、先月みたいに日帰りすることもできなかった。大学に入ってもお盆休みはオープン戦があるので帰れない。実家を気にかけて電話をかけてきてくれるだけマシであった。汐里も話をしたが、オープン戦から一軍メンバーに入れてもらえるとのことらしくやたらと気合が入っていた。


 車は平荘湖の方角に向かう。遠回りになるが、祖父の家に寄った折はいつも平荘湖の側を通って帰っていた。父親のかつての遊び場であり、思い入れが深い場所だからである。そして今でも時折、休日に平荘湖周辺をウォーキングしている。


 汐里も小学校の自然学校で、平荘湖にある少年自然の家に泊まったことがある。飯盒炊さんで食べたカレーが美味しかったことを今でも覚えていた。


 父親が先行しているクロスバイクを追い越そうとしたときである。


「あっ、ちょっと車停めて!」

「どないしたんや?」

「今追い越した自転車乗っとるの、とーりんやわ。この前ニッケで会うた子よ」


 父親は言われた通り、少し先のところでハザードランプを出して車を停めた。汐里が降りる。


「おーい、とーりーん!」

「汐里!?」


 クロスバイクが止まる。やはり桃李であった。


「偶然やなあ! 今日は塾休みなん?」

「お盆のときだけね。気晴らしにサイクリングしてるとこさ」

「ちょっと時間ある? 久しぶりにお話しようよ」

「いやでも、家族はいいの?」


 汐里は車の方に戻り、ドア越しに「ごめん、とーりんとお話したいねんけど」と父親に話した。


「ほな、この先の駐車場におるぞ。長くならんようにな」

「ごめんな!」


 了解を取り付けると、車は走っていった。


「これでよし」

「ははっ、そこまでしてお話したいんだ」


 桃李は笑顔でもちょっと困ったような、しょうがないなと言いたげな顔つきになっている。


「よし、じゃあ少しだけね」


 桃李はクロスバイクを降りて、ヘルメットを脱いだ。頭を振り、髪を手で払うと、顎ラインまで伸びたボブヘアが現れた。


「あれ、髪伸ばしたん?」


 最後に見たときは耳にかからない程度のショートヘアだったのだが。


「美容院に行く時間が無くてね。最低限自分で整えてはいるけれど」

「自分で切ってるん? めっちゃ綺麗に切ってるやん」

「でもあんまりしっくりこないんだ。やっぱり切るならやっぱり美容師さんにやってもらいたいよね。学校が始まる前にちゃんと切りに行くよ」

「そう? 結構似合うてる思うけどなあ」


 桃李の場合は顔形が良いので、奇抜な髪型でない限りはどれでも合いそうではある。


 汐里と桃李は歩道を歩き出した。山ほどある話したいことの中から真っ先に選んだのは、夏休みの課題についてである。


「読書感想文終わった?」

「七月のうちに済ませたよ」

「はやっ!」

「まあ、昔書いた感想文と全く同じものを書いただけなんだけどね。学校違うからバレないでしょ」


 桃李はいたずらっ子のような笑みを見せると、汐里は目を見開いて口をすぼめた。


「とーりんって結構すっこいことすんねんな……」

「ずるい、ってことかな? でも、読書感想文は苦手だからね」

「えっ、そんなイメージ無いけどな……期末テスト一位やのに」

「感想文はテストみたいに正解があるわけじゃないからね。自分では良いように書けても先生の心に響かなかったらダメだし。汐里は書けたのかい?」

「一応は書いたよ。いうてあとがきをちょいちょいとイジっただけやけど」

「ははっ、それってよくやるテクニックだよねえ」

「でも、本自体はおもろかったで。学校の図書室で借りたやつやけど、全世界のめちゃ臭い食べ物についての解説本でな」

「え? 結構変わった本読んだんだね」

「ま、これ面白いから借りてみてってアドバイスしてくれたのがめっちゃ変わっとる子でなあ」


 読書感想文から料理同好会の後輩、井置隆聖についての話題に移り変わる。汐里は「青いご飯」のような科学実験めいた料理を作ったエピソードなど、彼の科学変人ぶりについて話したが、その間桃李はずっと笑っていた。


 先ほどまでカンカン照りだったが、いつしか曇り空に変わっていた。左手に見える平荘湖が曇り空と湖畔の緑を美しく映し出している。平荘湖は高度経済成長期の真っ只中、一九六九年(昭和四十一年)に工業用水確保のために作られたダム湖であるが、その光景は自然と上手く調和していて人の手が入っていることをあまり感じさせない。


「汐里の周り、というか加印高校って個性的な人が多いよね。前の学校だとそういう人、いなかったもん」

「みんなお嬢様ばっかやったから?」

「そういうわけじゃないけど……」


 桃李は平荘湖の方をじっと見つめだした。会話が途切れて、何か続きを言おうとする雰囲気もない。


「どしたん?」


 汐里が彼女の顔を覗き込んで見ると、背筋がゾワッとした。表情に虚無感が漂っていたからだ。大切にしていたものをなくしてしまい、どこにいってしまったのかわからず途方にくれている、そんな感じだ。過去のことに触れて、嫌なことを思い出したのかもしれない。


 しかし今だからこそ、桃李は打ち明けてくれるかもしれない。汐里は意を決した。


「あのな、答えたくなかったら答えんでもええんやけど……」


 歩みを止めて、前置きを述べる。


「前の学校で何か嫌なことがあって、こっちに来たんやろ?」


 桃李も足を止めた。ひとつ、大きく呼吸をする。


「いずれみんなには話すつもりだったけど、汐里には先に打ち明けておくか」


 汐里の方を向いて、こう言った。


「不祥事で退学になったんだよ」

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