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過去の濁流は加古の清流とともに  作者: 藤田大腸


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14/21

料理同好会の招集

 汐里の夏休みの一日の過ごし方。午前中に課題を済ませて、午後は漫画を読むかゲームをするか、今だと甲子園の中継を見るか、もしくは母親が家にいる日は買い物の付き添い。夕方になると夕食作りの手伝い。晩はお気に入りの配信者の動画視聴。基本的にこのルーチンの繰り返しである。


 インドア派というわけではないが、最近は外に遊びに行こうにも暑すぎるので、どうしても家にいる時間が多くなってしまう。かといって家でゴロゴロしているのも体に良くないとはわかっている。どうにかしたいが、どうしようかと悩んでいた。


 スマートフォンの時計を見ると、ちょうど午後九時。


(とーりんに電話かけたろかな)


 メッセージアプリのアカウントを立ち上げたが、やめておいた。絶対に今でも勉強しているだろうから、邪魔はしない方がいい。


 先月に加印高校野球部の試合を観に行った日は、晩に桃李に電話をかけて試合のことについて話したのだが、その折に何かページをめくる音が頻繁に聞こえていた。聞いたら夏期講習の課題に取り組んでいる最中とのことだったので、早めに切り上げた。つきあわせて申し訳なかったと今でも思う。


 しかし、大学受験はまだ再来年の話なのに受験に備えて勉強するのは汐里にとって正直、理解できなかった。汐里は大学に行くかどうかも決めていない。その点、桃李はやることがすでにはっきりと決まっているから自分みたいにダラダラと過ごさずメリハリある生活ができている。しかしその反面プレッシャーもあるだろうから、桃李のような生活を送ってみたいとも思わなかった。


(せめてちょっと息抜きぐらいはしてほしいけどなあ)


 スマートフォンを弄っていたら、メッセージの通知があった。


 料理同好会の会長、大貫向日葵(おおぬきひまわり)からの発信である。


『急ですみませんが、明日文化祭の話し合いをします。来れる人は午前十時に家庭科室に集まってください』


 汐里は音読した。本当に急すぎるなと思ったが、九月下旬には文化祭がある。夏休みが過ぎたら本番まであっという間だから、今のうちに決められるところは決めてしまいたいのかもしれない。


 ダラダラルーチンからは抜け出せそうである。『出ます』とすぐに返信しておいた。


 翌朝、結局同好会員は全員集まった。とはいっても三学年でたった五人しかいない、ごくごく小規模の部活動である。


 会長の向日葵は唯一の三年生であった。大人びた性格もあって、部員からは頼りにされている存在である。


「まず、いきなり招集をかけてごめんなさい。私の家の事情のせいで、今日ぐらいしか話し合える日が無かったから」


 実は夏休み直前、大貫家の親戚の一人に不幸があった。汐里が本人から聞いた話では、亡くなった親戚は独り身であったために遺品整理に遺産相続手続きといろいろやることがあり、向日葵も遺品整理の手伝いをしているという。四十九日が終わるまでは落ち着くことが無いらしい。


「でもやることは例年だいたい同じでしょ? ぱぱっと決めちゃいましょ」


 そう言ったのは同級生の梶原樹(かじわらいつき)。彼女は写真部と兼部しており、同好会内のムードメーカー的存在だ。


「でも今年ぐらいはもう少し変化つけた方が良くない? お客さん飽きてまうし」


 続いて意見したのは同じく同級生の安井小夜(やすいさや)。彼女も兼部勢で、普段は箏曲部での活動を中心としている。


「去年のアイスクリームはめっちゃ好評でしたけど、今年も暑い中での開催になりそうですし、やるとしたらやっぱりアイス系ですかね」


 と、汐里が言うと、「やっぱりそっちの方が無難かなあ」と向日葵。


「いや、僕としては勘弁してほしいですね」


 反対意見を出したのは唯一の一年生、かつ唯一の男子部員の井置隆聖(いおきりゅうせい)。彼もまた科学部と兼部しているが、五月に入って誰も入部希望者がおらず汐里たちがどうしたものかと困り果てていたら、彼が唐突にふらりとやってきて入部してきた。


「何でアカンの?」


 汐里が聞くと、


「科学部でも今年アイスクリーム作りをやる予定なんで、企画がかぶってしまいます」

「何で科学部がアイスを?」

「凝固点降下を利用してアイスを固める実験をするんですよ。だだ実験見せるだけやったら面白ないでしょう? 何か見学者に利益のあることもせえへんと誰も見に来てくれませんから」

「そない言われたらなあ……じゃあ先輩、飲み物にしますか? 手作りジュースとか」

「あ、それええかもね」

「ごめん、ジュースも勘弁してください。科学部でもレインボージュースやるんです」

「レ、レインボージュース?」

「色をつけたいろんなジュースや砂糖水を使って、比重の違いを利用すれば虹のようにいろんな色に分かれたジュースが作れましてね」

「と、とにかくジュースもやるんやな」


 隆聖の会話はこんな調子である。料理同好会にちゃんと参加してはいるが、科学オタクの色が濃く、会話も科学に関する話しかしない。悪い子ではないが変わっている、というのが部員の共通認識であった。


 樹が意見する。


「アイスはともかく、ジュースぐらいやったらいつもクラスの出し物でカフェやって出してるところあるし、別に被ってもええんちゃうかな」


 小夜の反論。


「クラスの出し物と同じメニューを出すっていうのはどうかと思う。同好会でも料理の部活なんやから、もっとクオリティ高いのを出したいやん」


 二人ともうーん、と首を捻った。このままでは話が進みそうにないので、汐里が隆聖に話を振った。


「井置くんは何出したらええと思うとん?」

「僕が言っちゃっていいんですか?」

「どうぞどうぞ」

「汗だく激辛スープで」

「はい……?」

「唐辛子をふんだんに使ったスープを作るんです。暑い時期こそカプサイシンの力で発汗作用を促して体調を整えてですね」

「ちょっと、私辛いの超苦手なんやけど」


 今度は汐里が反論しようとしたが、


「今まで食べ物の出し物で辛いものって無かった気がする。ええかもね」


 向日葵は乗り気だった。


「新鮮で良いと思います。私は大賛成です」


 変化を求めている小夜は当然賛成する。


「私辛いのめっちゃ好き! それやったらやります!」


 樹までもが賛成に回ってしまった。これで四対一。


(い、いらんこと言ってしもうたわ……)


 後悔しても時すでに遅し。出し物は激辛スープで決まってしまった。


 その他諸々の話し合いもあったが、すべてその日のうちに終わった。汐里はすぐに帰ろうとせず、普段は滅多に寄らない図書室に立ち寄った。しばらく冷房で涼を取ってから帰るつもりでいた。


「あ、山本先輩」


 隆聖がいた。小脇に本を抱えている。


「何や、お勉強すんの?」


 激辛スープの件のせいで、若干意地の悪い口の聞き方になってしまう。


「読書感想文の本を探してました」


 汐里が一番苦手としている課題である。いい加減に手をつけないといけないことを思い出してしまった。


「読書感想文なあ、私も書かなあかんのやけど何読んだらええんか……」

「自分の興味のある話題だと書きやすいと思いますよ。僕はこれにします」


 隆聖の持っていた本には『発酵と腐敗』というタイトルがつけられていた。


「発酵学の有名な教授が書いたエッセイです。発酵と腐敗って実はプロセスが一緒なんですよ。人間にとって有益なものができるか有害なものができるかの違いでしかなくて、その両方についてわかりやすく解説したのが」

「う、ううん? ようわからんけど……井置くんってやっぱ科学が好きなん?」

「好きですよ。父親が研究職やっとるんで家に科学系のテキストがいっぱいあるんです。ちっちゃい頃は職場から古い試験管とかフラスコとか持って帰ってきてそれ使っておままごとしてましたし」


 英才教育の賜物やな、と汐里は呆れていた。他の科目の出来は知らないが、理科系の科目だけで受験できていたら加印高校より偏差値の高い高校に行けたかもしれない。


「じゃあなんで料理同好会にも入ってくれたん?」

「料理と科学は関係が深いからです。例えば肉を焼くときなんかでも」

「ごめん、またゆっくり話聞かせてほしい」


 話しが長くなりそうなので切り上げた。ただ振り返ってみると、隆聖が料理同好会でやってきたことは料理ではなく、科学の実験の延長ばかりであった。


 例えば家庭科の教科書に載っていた、食品に使われている着色料が本来いかに不自然であるか強調するために白米を着色料で青く染めた画像を敢えて再現した「青米ご飯」を作ったことがあった。その際、青色は食欲を減退させる効果があると延々と講義していたが、誰も真剣に聞いていなかった。本人はおにぎりを作って平然と食べていたが。


「先輩は料理好きなんですか?」

「私? まあめっちゃ好きってわけやないけど、最低限は『できる』レベルではあるかな」

「料理の技術があったら楽しめる本を知ってますよ。同じ教授が書いたエッセイなんですけどすごくわかりやすい文章ですし、これを感想文に使うてみたらいいと思います。確かここにも置いてあったはず」

「そうなん? じゃあ、一応読んでみる」


 隆聖に案内されたエッセイ本コーナーで、教授の本を探す。


「あった、これです」

「何やこれ……」


激臭(ゲキクサ)フード大全』というタイトルに、表紙絵は禿げ上がった中年男が臭いの強烈な食事を見て鼻をつまんでいるイラスト。背表紙の解説によると、世界中の臭い食べ物と作り方、その文化背景について記した本らしい。


 とりあえずめくってみると、果たして隆聖の言う通りだった。テーマはともかく、軽妙洒脱な文体で読みやすく頭にスッと入ってくる。作り方は参考にはならないが、作者の教授があとがきでこの本を書いた意図についても相当数ページを割いて書かれているため、最悪この部分の表現を上手いこと変えつつ書き写してしまえば規定数の原稿用紙を埋められるだろう。


「めっちゃええやん、これ借りるわ!」

「気に入ってもらえて嬉しいです」


 汐里の中で、隆聖の人物像が「悪い子ではないが変わっている」から「変わっているが良い子」に変わった瞬間である。

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