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過去の濁流は加古の清流とともに  作者: 藤田大腸


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13/21

加印高校一番打者・川端大和

 先行は加印高校。背番号4をつけた川端大和が先頭打者として左打席に立った。


 吹奏楽部はコンクールに向けた練習があるので参加していないが、代わりに控え部員が口ラッパで『宇宙戦艦ヤマト』の主題歌を奏でる。名前が大和だからという理由で選ばれたに違いなかった。


 着目すべきは春先に変えてみた、と大和が言っていたバッティングフォームである。バットを垂直に立てた状態でさらに前かがみになるクラウチングスタイル。ただでさえ低い身長なのにさらに縮こまって小さくなる格好であり、これには辰馬も驚いた。


「あんなんでほんまに打てるんか?」

「それが打つんよ」


 あっ、とここで汐里は忘れていたことを思い出した。


(とーりんに送る動画取ったらな)


 スマートフォンのカメラを大和にズームして、録画ボタンをタップする。そのわずか一秒後にキィン、と低反発バット特有の打撃音が響いた。三塁線ギリギリのところへの流し打ち。塁審がラインを何度も指さした。


 トップスピードに乗った大和は一気に二塁をめがけて走る。滑り込んでセーフ。スッと立ち上がって塁上で軽く右拳をつき上げた。


「おおお、足めっちゃ速いやんけ! ベースの回り方もスライディングも上手いし」

「そやろ? 運動会のクラス対抗リレーで最下位から一気にぶっちぎったこともあってん」


 汐里は自慢げに話した。ところが撮った動画を見て愕然。いきなりのヒットに興奮して、大和が一塁を蹴ったところでカメラを持ったままで両手を上げてしまっていたのだ。そのせいで途中から青空しか映っていなかった。


 それでも「川端~! 川端~!」と、しきりに彼の名を叫ぶ声がしっかりと記録されている。翠の声に他ならない。


(おもろいから、このままとーりんに送ったるか)


 メッセージアプリで動画を送信した。


 改めて、もう一度大和を録画し直した。二番打者の送りバントで三塁に進んだ。先制点のチャンス、大和の足だと多少浅い外野フライでも帰ってこれるだろう。


 三番打者が一塁側ファウルゾーンにフライを打ち上げた。ブルペンの方に飛んだ打球をライトがキャッチ。決して深い場所では無かったが、大和はためらいもなくスタートを切った。


 ホームベースから砂塵が巻き上がる。送球は若干それ、タッチすることも叶わなかった。一点先制である。三塁側スタンドは大盛りあがりだ。とりわけ翠の歓声が目立っている。


「あそこからでも帰ってこれるかあ。さすがやな」


 辰馬は褒め称えた。「せやろせやろ」と汐里。


 今度はいい感じで撮れている。桃李が例えルールを知らなくても、足の速さはじゅうぶんに伝わるだろう。もう一度、桃李に送信した。果たして桃李はどう反応するのだろうか。


 攻守入れ替わった後、三年生の背番号1のピッチャーがマウンドに上がる。身長は辰馬と同じぐらい大きいが、ヒョロっとしている。スピードもキレのある変化球も特に持っているわけではないが、コントロールが良く、ゴロで詰まらせて打ち取るのを得意としている、というのが汐里が知っている情報だ。


 先頭打者に対しては内角攻めを駆使し、詰まらせた。当たりは決して良くなかったが、ファーストの脇を抜けていく。


 大和にはもう一つ、守備という武器がある。


 打球に追いついた大和はボールをサッとすくい上げて、サッと一塁に送球。ベースカバーに入った先輩ピッチャーのグローブに収まった。


 次もどん詰まりのセカンドゴロ。ハーフバウンドの難しい球を難なく捌いて一塁送球。


 三番打者の打球はピッチャーの足元を抜いていったが、その先に大和がいた。ヒットはたちまちセカンドゴロに変わってしまった。


 大和の守備力の高さを、ふんだんに観客に見せつける一回の裏となった。まだ一回の攻防が終わったにすぎないが、現時点でのMVPを決めるとすれば間違いなく彼だ。


「あいつ、功徳学園や太平洋大付属姫路でもレギュラー張れとったやろ」


 それが辰馬の評価である。


「やばいな。今日のあいつキレッキレやんけ」


 翠が汐里の席まで上がってきた。


「とーりんに動画送ったったけど、見てよこれ」


 夏期講習の合間にたまたま動画を見る機会があったのか、既読がついていた。喜びを示す絵文字やスタンプが連投されている。


「こんな可愛らしいリアクションする思わんかったなあ。普段連絡するときは淡々としとるのに」

「翠も嬉しいんちゃう? 川端くん大活躍で」

「ウチが? まあこんぐらいやってくれんとなあ」


 汐里は動画を再生し、川端川端と叫んでいる翠の声を聞かせた。


「翠ちゃんは正直やなあ~」

「はい、攻撃始まんで!」


 翠は逃げるようにして、ちょこちょこ走りで前列に戻っていった。その後ろ姿を見て、汐里がクスクスと笑う。


 辰馬が汐里を見た。


「何? あの子もしかしてちっこい奴とできとん?」

「しっ、声でかい! まだそこまで行ってへんけど、ってところや」

「そっかあ。ええなあ、羨ましいなあ。俺男子校やったから全然あらへんかったもん、そんなん」

「大学は共学やろ? 辰兄もすぐできるって」

「まあ俺のことはええんよ。お前どうなん?」

「私? 良い人おったらええんやけどなあ」

「ちっこい奴狙わんの?」

「アホ!」


 汐里は背中を叩いた。


「いたた……冗談やんけ」

「言うてええことと悪いことがある。川端くんは翠ちゃんとくっつくの。私はただ見守るの。わかった?」

「わかった。もう言わんて」


 二人は試合に集中することにした。


 加印高校が上げたのは最初の一点だけで、そのまま淡々と試合は進行していった。大和の二打席目はフライを打ち上げてしまい足が活かせず。三打席目はいい当たりだったがセカンドライナー。一方、須磨一ノ谷高校は初めは抑えられていたものの徐々にいい当たりが飛び出し、三回以降は毎回ランナーを得点圏に進めていた。それでもあと一本が出ない。


 転機が訪れたのは七回裏。須磨一ノ谷高校は先頭打者がフォアボールで出塁すると、次打者は送りバントと見せかけてのバスターエンドランが決まりノーアウト一、三塁。その次打者の打席で一塁ランナーが盗塁を決めて二、三塁。


 マウンドに集まる内野陣。本格的なピンチを迎えたが、汐里はただ見守るしかない。辰馬もいつの間にか一言もしゃべらなくなっていた。


 試合が再開される。前進守備を敷く中、若干甘く入った球を打者が捉えた。強い打球が一二塁間を襲う。


 大和が飛びついて止めた。すかさず起き上がる。サードランナーは慌てて戻る。大和はランナーを目で牽制して、冷静にファーストに送球した。


「川端くんナイスー!」


 ビッグプレーに、汐里が立ち上がって叫ぶ。翠はメガホンを打ち鳴らしていた。


 次打者のところで後藤教諭が出てきて、申告敬遠を告げて満塁策を取る。シフトは中間守備に変わった。ダブルプレーを取って無失点に抑えられれば流れは加印側にグッと傾くであろう。


 セカンドゴロなら大和が綺麗な捌いてくれるはず。汐里は大和のところにゴロが転がるよう願った。


 結果としてはそうならなかった。ゴロではあったものの、転がったのはショートの方向であった。それでも教科書通りのダブルプレーのパターンだ。ショートが捌き、大和に送る。二塁を踏んだ大和はファーストに送球した。


 そのボールは、ファーストの頭の遥か上を通過していった。


 高砂市野球場のファウルゾーンは広い。ピッチャーのカバーも追いつかず、一気に二人がホームベースに帰ってきた。


 汐里には一瞬、何が起きたのかわからなかった。ただ、片膝をついてうなだれる大和の姿が目に映るだけで、周りの悲鳴も、逆転を果たした一塁側須磨一ノ谷高校側のスタンドの歓声も、何も聞こえてこなかった。


 試合は大和のエラーが致命的となり、一対二で敗退した。チームメイトがミスをカバーしようと奮戦したが、結果は非情なものとなってしまった。


「応援、ありがとうございました!!」


 試合後、球場外の挨拶でキャプテンが涙を流しながら頭を下げると、部員たちも一斉に「ありがとうございました!」と礼をした。彼らの健闘に対して、応援に駆けつけた生徒や父兄からは拍手で称えた。もちろん、汐里も涙目になりながら拍手した。


 しかし大和が、やはり自責の念に耐えかねてか大声で泣き出して、膝から崩れ落ちた。周りの部員が「お前は悪くない!」「ようやってくれたやん!」と励ましながら抱え起こそうとするも、大和は首を振って泣きわめくだけ。


 胸が締め付けられる思いでただ見ていた中、ズカズカと大和のところに歩み寄る者が。翠だ。紙コップを持っている。


 翠は大和の帽子を取ると、頭を掴んで引き起こし、紙コップの水を彼の顔にぶちまけた。


「てめえっ、何……」

「いつまでメソメソしとんじゃ、このダボが!!」


 一喝に、周囲はおののいた。


「お前が下手くそなせいで負けたんわかっとんのやったら、二度とエラーせんように練習せんかいや! わんわん泣いたら上手くなるんか!?」


 怒鳴りつけるが、その顔は涙でくしゃくしゃになっている。


 汐里は後藤教諭の方をちらりと見たが、なぜかじっと腕を組んで動こうとしない。


「す、翠ちゃん? ちょっと言い過ぎちゃう……?」


 たまらず自分から恐る恐る声をかけたが、大和は立ち上がって袖で顔を拭うと、守備位置についているときのように真剣な顔つきに戻った。


「いちびんなよてめぇ、言われんでもやったるわいや!」

「よっしゃ言うたな? 真剣にやれよお前!」

「おう、来年こそ甲子園じゃ! なあみんな!」


 部員たちは大きな喚声を上げた。どんよりとした重い空気が熱気に早変わりした。


「あいつ、絶対化けるでえ」


 辰馬も涙をボロボロ流しながらも、笑顔で腕を組んで大和を見守っている。


「よし、俺もやったるぞ! すぐ帰って練習じゃ!」

「期末テストあるやろ」

「知らんわ!」


 汐里は苦笑いしか出てこなかった。大和に関する評価は兄の言う通りであろう。新チーム以降どうなるのか楽しみだ。


 一方、翠は後藤教諭に話しかけられている。


「なあ籠谷さん、野球部でコーチしてみいひんか? 立派な鬼軍曹になれるでえ」

「い、いや結構ですわ……」


 我に返った翠は、顔を赤くして必死に首を横に振っていた。汐里がこそっと「かっこよかったでえ」と言うと、ポカポカと叩かれたのであった。

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