表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/4

第一章 濡れた通知

 最初に異変を訴えたのは、二十九歳の会社員――三浦麻衣だった。


「……変なんです」


 その声は震えていた。

 横浜の喫茶店の隅。雨だった。

 窓の向こうを流れる街灯の光が、水滴で滲んでいる。

 向かいに座る間宮響子は、コーヒーカップに触れたまま黙っていた。


 彼女はすぐに言葉を挟まない。

 相談者が“言いたくないこと”を口にするまで待つ。

 それが癖だった。


「何が変なんですか?」


 響子の声は静かだった。

 麻衣はスマホをテーブルに置く。

 だが、その置き方がおかしかった。

 まるで汚物でも触るように。


「……夜中の二時に通知が来るんです」


「誰から?」


「分からないんです」


「番号?」


「表示されません」


 響子の眉が、ほんの少しだけ動いた。


「通知音だけ?」


 麻衣は首を横に振った。


「最初は……動画でした」


「見せてもらえます?」


 一瞬、空気が止まった。

 不快なほど嫌な沈黙。

 麻衣の顔色が白くなる。


「……消せないんです」


「え?」


「削除しても戻るんです」


 スマホを差し出す指が、小刻みに震えていた。

 画面には動画ファイル。

 タイトルはない。

 送信者もない。

 ただ――

 “2:00”

 とだけ表示されている。


 響子は再生を押した。

 漆黒の闇の底を彷彿とさせるほどの暗闇だった。

 完全な暗闇。

 ノイズだけ。

 シャァァァ……

 シャァァ……

 最初、それが何か分からなかった。

 だが数秒後、響子の視線が止まる。


 水音だ。

 ぽた……

 ぽた……

 ぽた……

 スマホのスピーカーから、やけに生々しい音がする。

 まるで耳元で滴っているようだった。

 そして。

 暗闇の奥。

 何かが動いた。


「止めてください」


 麻衣が掠れ声で言った。


「……見ない方がいい」


 響子は止めなかった。

 暗闇に目を凝らす。

 そこに、いた。

 女。


 否。

 “顔だけ”。

 水の中から浮いている。

 髪が濡れている。

 皮膚は白い。

 蝋燭のように異様に白い。


 だが。

 目だけがない。

 空洞だった。

 映像が突然ぶれる。

 近づく。

 異様な速度で。

 ぐしゃっ。

 そこで動画が終わった。


 無音。

 喫茶店の空気が冷える。

 響子はスマホを伏せた。

 その瞬間。

 ぽたり。

 テーブルに水滴が落ちた。

 響子は動かなかった。

 麻衣の顔が凍りつく。


「……今の見ました?」


 テーブルが濡れている。

 スマホの下から。

 まるで内部から染み出したように。

 水が。


 響子の声が低くなった。


「これ、いつから?」


「四日前です」


「他には?」


 麻衣は答えなかった。

 代わりに袖をめくった。

 腕。


 そこにあったのは――

 濡れた指の跡。

 青黒い痣。

 まるで、水浸しの誰かに掴まれたような。

 響子の表情が変わった。

 嫌な予感だった。

 これは霊障ではない。

 もっと悪質。

 もっと“近い”。


「部屋、見せてください」


 その言葉に。

 麻衣は泣きそうな顔で、言った。


「……来ない方がいい」


「もう遅いです」


 響子は静かに言った。


「向こう、もうあなたを見つけてる」


 その時だった。

 ぶるるる……

 テーブルのスマホが震える。

 画面が点灯。

 通知。

 時刻。

 午後二時〇〇分。

 だが通知名は。

 《まだ、みてる》


 その瞬間。

 喫茶店の窓に。

 誰かが立っていた。


 雨の向こう。

 ずぶ濡れの女。

 顔がない。

 目だけが、ない。


 そして。

 窓ガラス越しに――

 スマホを持っていた。


 同じ機種を。

 同じように。

 こちらへ向けながら。



 ―(続く)―

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ