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太鼓の少女  作者: 森新児
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第4話 仲間入り

「みなさんのお手伝いしたいんです」


 演奏を終えた直後の一座に、僕はいきなり声をかけた。

 一座は今夜は山のふもとにある小さな神社で演奏していた。

 時間はすでに午前零時を回っている。

 拝殿があるだけの殺風景な境内に、溶けたチョコレートのように濃密なブルースと甘い香水の香りが立ち込めていた。

 今夜も十人ほど聴衆がいたが、若い彼らは昨日の聴衆と同じようにうつろな目をして演奏中もじっといた。

 一座が醸すグルーヴにまるで無反応なのが解せない。

 演奏が終ると聴衆は無言で帰っていった……

 唐突な僕の申し出を聞いてアコーディオンを弾く大柄な少女と、ブルースハープを吹く小柄な少女は戸惑った様子で顔を見合わせた。

 ギターを弾く若い男性は巣に隠れる獣のように、素早く顔を伏せた。

 そして赤い浴衣を着た太鼓の少女はこちらに背を向け、僕の顔を見ようともしない。

 するとウッドベースを弾く巨大な美女が、着物の袖を縛った紐を「シュルリ」と涼し気な音立ててほどいた。


「坊やは何ができるんだい?」


 その野太い声を聞いて、僕は初めて少女たちがマダムと呼ぶこの美しい女性が、実は男性であることを知った。


「え? えっと、それは」


 僕は二重に混乱していた。

 女性だとばかり思っていた人が本当は男だったこと、

 そして「何ができる?」というマダムの問いかけに対して。

 僕は荷物運びとかそういった雑用で手伝えることはないか、といったのだ。

 しかしマダムは僕の言葉をそう受け取っていなかった。


「何が弾ける?」


 と、彼女は僕に訊ねたのだ。


「えっと……ギターを少し」


 するとパイプ椅子に腰かけ、うつむいていた若い男性がうつむいたまましかし素早く、自分のギターを僕に差し出した。

 胸元にピストルを突きつけられた気分だ。

 僕は半ばやけくそになってギターを受け取り、ストラップを肩にかけた。


「ピックは?」


 長髪の若者は相変わらずうつむいたまま顔を上げない。

 失礼な態度だが、初めて聞いた彼の声は意外に優しかった。


「素手で弾きます」

 

 僕はすぐにギターを弾き歌を歌った。

 声を出して歌ったのはそうすればギターが下手なのがごまかせるかもしれないと思ったからだ。

 僕が弾ける曲はただ一曲しかない。

 ビートルズの『イエスタデイ』だ。

 だからそれを弾いて歌った。

 この曲はポール・マッカートニーが十四歳のとき母を亡くした、その悲しみを歌ったものといわれている。

 今の僕は母を亡くしたときのポールと同い年だが、僕の母は元気でピンピンしていて毎日録画した韓流ドラマをのんきに見ている。

 だから母のことを考えても、悲しみなんて全然湧いてこない。

 仕方ないから僕はただ無心でギターを弾き、歌を歌った。

 オリジナルでポールは全弦一オクターブ下げてギターを弾いているのだが、僕にそんなチューニングはできないので、レギュラーチューニングで弦を鳴らした。

 鳥居の石の柱に自分の声とギターの音が反響し、やや後れて返ってくる。

 冴えたその音を聞いて、石はギターの音にワックスをかけてくれるんだな、と思った。





 演奏が終りギターを長髪の男性に返した。

 これでお払い箱だ、と覚悟した。しかし、


「いいじゃない? ねえチーちゃん」


 とアコーディオンを弾く大柄な少女が、ブルースハープを吹く少女に確認するよう問いかけた。


「うん、いいね。オー姉ちゃん」


 チーちゃんと呼ばれた小柄な少女は頷き、僕を見て笑った。


「君良いよ」


 やや興奮気味にそういったのは長髪の若者だ。


「ていうか、すごーく良い」


「本当ですか?」


「本当だよ。正直にいうとギターは下手だけど、でも声が素晴らしい」


 若者は僕を見て笑った。

 初めて彼の顔を初めてはっきり見たが、やはり「打ちのめされたボクサー」という最初の印象は変わらなかった。

 でも笑顔を見て、この人はとてもいい人だとすぐわかった。


「五郎、あんた本当にそう思うのかい?」


「はい、マダム」


 五郎と呼ばれた長髪の天才ギタリストはマダムの問いかけにたちまち怯えた表情になった。

 それでも僕を推す態度は変わらない。


「彼の声は素晴らしいです」


「この子にブルースを歌えると思うかい?」


「ブルースだけでなく、彼ならあらゆるジャンルの音楽を歌えます」


 そんな大げさな、と内心慌てていると、五郎さんはさらに妙なセールストーク(?)を付け加えた。


「闇に光は見えませんが、光に闇は見えます」


「?」


 五郎さんがいった言葉を僕はまったく理解できなかったが、マダムは自分の着物の襟をそっと撫で、そして納得した様子で頷いた。


「わかったよ。坊や、私たちの旅がうまくいくように手伝ってくれるかい?」


「はいやります!」


 僕の声がまた鳥居の柱に反響した。


「大きな声を出すんじゃないよ。じゃあさっそく今夜から働いてもらうよ」


「え、今夜から?」


 僕がうろたえていると、アコーディオンを弾くオー姉さんが笑いながら教えてくれた。


「私たち、いつも夜の間に移動するの」


 青っぽい浴衣姿のオー姉さんは話しながら自分が締めている赤い帯を撫でた。


(やっぱりこの人大きい。僕と同じぐらいだから一七五センチはあるな)


「新しい神社に移るんだよ」


 と教えてくれたのは白っぽい浴衣を着たチーちゃんだ。


「そこでまた演奏するの、楽しいよ! ね、オー姉ちゃん」


「そうね」


 小柄な相棒に笑顔で頷き、オー姉さんはまた僕にいった。


「これから荷物をまとめて境内をきれいに掃除して、それから夜が明ける前に次の町への移動を済ませなければならないから結構たいへんなの」


「車で移動するんですか?」


「ううん」


 オー姉さんが軽く首を振ると、華やかな香水の香りが闇に広がった。


「歩いて移動するの。だからいろいろ面倒なの」


「ボヤボヤするんじゃないよ」


 みんなを急かすように、マダムはぱちぱち手を叩いた。


「夏の夜は短い。急ぐんだよ」


「はい」


「はい」


 マダムにたしなめられ、オー姉さんとチーちゃんは急いで拝殿の短い階段を駆け上がった。

 どうやら拝殿に荷物を置いているらしい。

 僕も階段を上がり、賽銭箱と天井からぶら下がった太い紐の向うに見える拝殿の内部を覗いた。

 荷物があったら運ぼうと思ったのだ。

 境内で灯された裸電球の光が中まで届き、ぼんやり照らしている。

 拝殿の中を見るのは初めてだが、そこは小学校の教室くらいの広さがある板敷きの間だった。

 一座の荷物以外特に物はない。

 壁にたくさんお札が貼られ、格子天井には数面に渡って大きな龍の絵が描かれている。

 そのとき背後で「ゴトリ」と重そうな音が聞こえたので階段を降りた。

 境内に生えたケヤキの大木の前に、マダムのウッドベースを収めた大きなケースが立てて置かれていた。

 足もとに車輪がついた頑丈なタイプのケースで、それを見た僕は咄嗟に、棺桶みたいだ、と妙な感想を抱いた。

 太鼓の少女の姿は境内にない。

 彼女も拝殿で旅立ちの準備をしているのだろうと思っていたら、


「太鼓の子の名前はコウだよ」


 ギターケースを二つ両手にぶら下げた五郎さんが教えてくれた。


「一つ持ちます。ええと、コウ?」


「そう。『香』と書いてコウと読むんだ。僕は五郎、よろしく」


 五郎さんは右手を差し出した。

 僕は慌ててケースを下ろし、ジーンズの裾で汗ばんだ右手をこすると彼と握手を交わした。

 稀代の名ギタリストの手は意外に小さくて、そして真夏とは思えないほどひんやりと冷たかった。

 僕はこうして慌しく、彼らの仲間になった。


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