第26話 特殊部隊突入
B山山頂に到着した特殊部隊は正午きっかり、入口の扉を蹴破り、屋敷に突入した。
突入した隊員たちはすぐちりぢりになり、窓に張られた暗幕を次々斬り裂いた。
透明な陽射しがサーチライトのように室内を照らす。
中を見わたし、髭の小隊長は間近にいる部下に尋ねた。
「やつらはいたか!?」
「いません」
「二階はどうだ?」
「誰もいませーん」
二階の回廊から顔を出した兵士の返事を聞いて、小隊長は首をかしげた。
「バケモノども我々の突入に気づいて逃げたか? いや吸血鬼は日の光を浴びたら灰になる。外へ逃げるなどありえない……」
「木島少尉」
白い着物に袴をはいた為朝が小隊長を呼んだ。
為朝は何もない壁を撫でていた。
「どうしました?」
「ご覧ください。オーム」
為朝が奇妙な呪文を唱えると、ブンッ、と鈍い音がした。
小隊長は驚きの声をあげた。
「おおっ!」
壁が消えた。
消えた壁の向こうに、地下へと続く階段があった。
「ここです。やつらは地下に隠れています」
「木島少尉。俺の分隊が行きます」
中年の分隊長が髭の小隊長に突撃を志願し、彼の九人の部下も「おう」と応じた。
「よし、行け」
「ありがとうございます! おい暗闇で銃弾は使うな。同士討ちになる。みんな銃剣を用意しろ」
分隊長に命じられ、九名の兵士は手持ちの小銃の先端に剣を装着した。
「銃剣で心臓を貫けばやつらは死ぬ。十分待って俺たちが帰らなかったら、次の分隊が突入してください。行くぞ」
「悪いな桜井、手柄は俺たちが独り占めだ」
会議室でじゃれついてきた友人にあおられ、桜井一等兵は端正な顔に笑みを浮かべた。
「つまらんことを気にするな。行ってこい」
桜井は小声で友人に喝を入れた。
十名の分隊は足音を殺し、地下へと続く階段を降りた。
十分待っても兵士は一人も帰ってこなかった。
何の物音もしない。
「木島少尉、次は我々が行きます。十分だけ待ってください」
髭の小隊長は無言で頷き、二つ目の分隊を見送った。
十分たった。
二つ目の分隊の兵士も、一人も帰ってこなかった。
「……残りは二分隊、わしを入れて二十一名の兵士だけか」
髭の小隊長は額の汗をぬぐい、その場に残った兵士に告げた。
「これより全員で突撃する。ああ、銃剣は準備しなくていい。銃弾を使え」
小隊長の命令を聞いて、兵士たちの顔色が変わった。
「同士討ちをおそれるな。今はバケモノどもを仕留めることだけ考えろ。派手にぶっ放せ。為朝殿はここに残ってください。行くぞ」
二十一名の兵士はきっと唇を噛みしめ、地底の闇に足を運んだ。
「……」
漆黒の闇に侵入する直前、桜井はそっと自分の胸を撫でた。
そのしぐさの意味が、僕はわかった。
(あの本がお守り代わりなんだ)
『子踊の豆伊』を戦闘服のふところへ忍ばせ、桜井一等兵は闇に消えた。
あとに為朝一人残った。
兵士たちが消えてすぐ、闇の奥からおそろしい銃声が轟いた。
「……」
やがて銃声は聞こえなくなり、屋敷は再び耳が痛くなるほど静かになった。
水晶玉はいったん真っ黒になった。
すぐ再開したがすでに日の光は消え、屋敷は青い月光に照らされていた。
兵士は一人もいない。
みんな死んだのか? と水晶玉を凝視していたら
(あ)
闇からヌーッと現れた。
(マダム)
青い着物を着たマダムの唇は、血で濡れていた。
目が爛々と輝いている。
マダムに続いてオー姉さんとチーちゃんが姿を見せた。
オー姉さんとチーちゃんの唇も血だらけで、やはり目が爛々と輝いている。
最後にコウが姿を見せた。
コウの唇も血にぐっしょり濡れ、目が獣のように光っていた。
コウは一冊の本を抱えていた。
(『子踊の豆伊』だ)
「……おまえがそそのかしたのかい?」
そのときマダムがカッと見開いた目をこちらに向けた。
「キャーッ」
誰かが無様な悲鳴をあげ、屋敷から逃げ出した。
画面がガクガク揺れ、もう何も見えない。
ただこんなつぶやきが聞こえた。
「ば、バケモノどもめ。この仇はきっと取る。いつか必ず……」
美貌の呪術師は涙を流しながら恨み言を漏らし、深山の闇を脱兎の勢いで駆けた。
必死に逃げる呪術師の背後でマダムとチーちゃん、それにオー姉さんとコウが勝ち誇ったようにゲラゲラ笑う声が聞こえた……
「どう思った?」
水晶玉を取りあげた為朝に尋ねられ、僕はきっぱり断言した。
「彼女たちは無実だ」
「なぜそう思う?」
「手ぶらの四人の女性に四十人の武装した兵士が突撃するなんて無茶苦茶だ。マダムたちの行動は正当防衛だ」
「あいつらが吸血鬼なのは認めるかい?」
「……あの人たちは兵隊以外に人を殺したの?」
「屋敷に侵入した泥棒を三人噛み殺したことがあるようだが証拠はない。といっても八十年前の話だからもう時効だけどね。それ以外にやつらが人を殺したことはないよ」
「そうなんだ」
よかった! とホッとしていると
「大体あいつらは人の血を吸う必要がない。あいつらは吸血鬼というより吸精鬼なんだ」
「キューセーキ?」
「そう。君たちいつも神社で演奏するよね? あそこに集まった客がやつらの餌だ。音楽に興奮した客から立ち昇るエネルギーをやつらは栄養として吸収するのさ」
「あ……」
そうか、集まった聴衆がいつも音楽に無反応でボーッと立ち尽くしているのは精力を吸い取られているからか! と僕はやっと合点がいった。
「もっともそれだけではエネルギー補充が足りないときがある。大規模な鎮魂儀式の前とか、長期間の巣ごもりの前とかね。そういうときあいつらは吸血鬼らしい古典的なやり方で栄養を摂取する。直接人の血を吸うんだ」
僕の脳裏に夕刻の拝殿から出てきた、大学生らしい若い男の青ざめた顔が浮かんだ。
「血を吸われた人はどうなるの?」
「どうもならない」
「どうもならないの?」
「うん。血を吸うといってもほんのちょっぴりだし、傷あとは半日で消える。それにあいつらは何らかの術を使って相手の記憶を消すんだ。だから血を吸われた連中は自分が血を吸われたことさえ気づかず、今も元気に遊んでるよ」
「そうなんだ。よかった……」
「一座の女どもは純然たる吸血鬼だけど、十年前連中の仲間になったギタリストの五郎は元々人間だ。マダムにギターの腕前を見込まれ、『儀式』の洗礼を受けて連中の仲間になった」
「儀式? 血を吸われた人間はみんな吸血鬼になるんじゃないの?」
「違う。何らかの儀式を経て人は吸血鬼になる。その儀式がどういうものか、まだわからないけど……」
為朝は悔しそうに顔を歪めた。
「さて、僕は知ってることをすべて君に話したよ。吸血鬼退治に協力してくれるね?」
「断る」
「なぜ?」
「彼らを好きだから。それにあの人たち全然罪を犯してないじゃん。ホラー映画みたいに人を襲わないし、逆に危険な怨霊を祓って大勢の命を救ってる。そういう人たちを退治するなんてバカげてる」
「君はわかってないな」
為朝はやれやれと首を振った。
「法を犯してないとか、人の役に立つとかそういうのはどうでもいいんだ。『この恨み晴らさでおくべきか』は庶民の台詞じゃない。権力の台詞だ。
権力は一度受けた侮辱を決して忘れないのさ」
「でも大日本帝国はとっくに滅びたよ?」
「僕に吸血鬼退治を命じた存在は、帝国よりはるかに古い存在なんだ」
「その古い存在って、何?」
「それは秘密」
「君っていくつ?」
「それも秘密」
為朝は僕の最後の質問を、忌々しいほど魅力的な笑顔でかわした。
「山に入る前に、連中は大規模な宴を開くはずだ」
河原から去ろうとする僕に為朝がいった。
「たっぷり栄養を取るつもりなのさ、冬眠前のクマのように。宴の日取りがわかったら知らせてよ」
「知らせないよ?」
「いいや」
真っ黒なアゲハチョウを肩にまといつかせ、為朝は嫣然とほほ笑んだ。
「きっと君は協力するよ。
僕はずっとこの河原にいる。いつでも来て」
僕は無言で背を向け、河原を去った。
土手に上がると、ジリジリ鳴きわめく油ゼミの声が滝のように一気に僕の全身を包んだ。
河原を見おろすと神主姿の美少年の姿は消えて、黒いアゲハチョウが白い花の上を孤独に舞っていた。




