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太鼓の少女  作者: 森新児
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第25話 聖光

「連中はこの前の大震災で()を流されたんだ」


 僕らは河原の草地に腰を下ろして話をした。

 為朝は河原に生えていた白い花を一茎つまみ、手元でそれをくるくる回した。


「連中は新しい巣に引っ越すため東北からここ九州まで流れてきた。壇ノ浦で源氏に敗れた平家の落人のようにね」


 やはり河原に生えていた雑草をひとつかみむしり、僕はそれを宙に放った。

 風にあおられ、草はバラけながら川まで飛んでいった。


「連中の次の巣がどこだかわからなくて困っていたんだ。まさか熊本にあったとはね」


「何故」


 東北からこちらにくる途中で彼らを捕まえなかった? とまた草を宙に投げ為朝に尋ねた。


「旅の途中ではまだ連中も警戒心が強い。そんなときに行動を起こすのはリスクが高いよ。目的地がもう目の前というときが一番油断する。それは妖怪も人間も同じさ」


「あの人たちはいつも昼間神社で寝てるよ。そのとき捕まえれば?」


「彼らがいるのは暗い鎮守の森の中の拝殿だ。例え扉をふさいでいる暗幕をはいでも、陽射しが建物の中まで深く差し込みはしない。それに連中はたいてい拝殿の奥で眠っている。そうなると連中を捕えるためにこっちも闇に足を踏み入れなければならない。闇は連中の領域だ。リスクが高すぎる」


「あのさ」


 為朝が何度も口にする「リスク」という言葉が耳ざわりだ。


「要するに、あの人たちは、何なんだ?」


「呼び方は色々だよ。西洋の人間はヴァンパイアとか吸血鬼といってるね。僕らはシンプルに(もの)()とか妖怪と呼んでいる」


「吸血鬼?」


 あまりのばかばかしさに僕はとうとう吹き出してしまった。


「日本の妖怪は、いってみれば秋の蚊みたいなものだよ」


 僕に嘲笑されても一向にひるむ気配を見せず、相変わらず忌々しいほど魅力的な微笑みを湛えて為朝はいった。


「時代が変れば彼らも消える。日本の妖怪はそういう憐れな存在だ。でも一座の連中は違う。彼らは海の向こうからやってきた。だからしぶとい」


「海の向こうから……」


 僕はそこで卒然と永尾剣神社の展望所で、夜の海を見つめる五郎さんが口にした言葉を思い出した。


「エイに乗ってやってきたのは本当は、神ではなかった……」


 その言葉を思い出した瞬間、夢で見た幻の水滴が僕の全身に「ザッ」と冷たく降り注いだ。


「彼らが吸血鬼と納得いったかい?」


「納得なんかするわけないだろ」

 

 憤然と首を振った。

 コウがヴァンパイアだなんてそんなことあるもんか!


「そうかい」


 為朝はいきなり僕の鼻先にヌッ、と球体の何かを突き出した。


「何だい?」


「水晶玉」


 てのひらに透明な玉を載せ、為朝はまた小首を傾げてニコ、と微笑んだ。

 夏の陽射しを吸い、水晶玉は柔らかな飴色の光をその球体に湛えていた。


「覗いてみなよ」


「何が見えるの?」


 すると為朝はずっと絶やさなかった微笑みを急に消し、厳しい表情になって僕に告げた。


「連中の本性が見える」









 水晶玉にモノクロの映像が映った。

 色はないがクリアな動画だ。

 音声もはっきり聞こえる。

 白壁に囲まれた広い部屋で、軍服を着た中年の軍人が訓辞を垂れている。


「本日昭和十五年、皇紀二千六百年五月一日。

 帝国陸軍本部よりわが特殊部隊に命令がくだった」


 中年の軍人は髭をしごき、椅子に座って自分を見つめる坊主頭の若い兵士たちを見わたした。


「おまえたちも知っての通りわが帝国はまもなく米国と一戦を交える。開戦に当たって陸軍は兵士となる国民の数を正確に把握するため、先年より日本全国津々浦々に調査員を派遣し、史上最大規模の戸籍調査を行った。

 その調査で、今まで山へ逃げて把握できなかった貧民や、流浪の民や、サンカどもの数も把握できた。さらに意外な連中の存在も明らかになった。

 四人の女である」


「女、ですか?」


 若い兵士たちは互いに顔を見合わせた。


「そうだ。おい」


 髭の上官に促され、眼鏡の兵士が黒板に五枚写真を張った。

 白いお屋敷と、四名の女性の写真だ。


(マダム、オー姉さん、チーちゃん、コウ)


 写真を見た若い兵士たちが息を飲む気配が、こちらにまではっきり伝わった。

 四人の美しさに圧倒されたのだ。


「この屋敷に四人の女が住んでいる。おまえたちの仕事は、この四人を殺害することである」


「女を殺すんですか?」


 そのとき一人の兵士が憤然と立ち上がった。

 顔立ちは端正で甘い。

 しかし同時に意志が強く、ストイックな印象もある。

 平成の世に絶対いないタイプの若者だ。


「自分は女を殺すなんてとても……」


「桜井、案ずるな」


 抗議の意思を滲ませる部下を見て、髭の上官は苦笑いした。


「この者どもは人間ではない」


「は? 人間ではない?」


「そうだ。呪術師殿」


 そこでカメラがグルッと回転して、部屋の一番うしろに立っている人物を映した。

 兵士たちの坊主頭も一斉に動く。


(あいつは……)


 驚いた。

 今とまったく変わらない美少年の姿が、そこにあった。


「そちらの為朝殿は帝国呪術班所属の呪術師だ。凄腕だ。この写真もすべて為朝殿が撮った。為朝殿、前にきて作戦の説明を」


 白い着物に黒っぽい袴をはいた為朝は前に出て、すぐ説明を始めた。


「四人の女は西洋でヴァンパイア、俗に吸血鬼といわれる存在です。人間の血がやつらの食料です。一度吸えばその後数十年血を吸う必要はなくなり、最近の吸血被害の記録はありません。

 ただ五年前、金目当てに屋敷へ侵入した盗賊が三名行方不明になっています。おそらく怒った連中に血を吸われて灰になったのでしょう」


「……」


「連中は日中屋敷に引きこもって決して外に出ません。日の光を浴びると吸血鬼は灰になるからです。それがやつらの唯一の弱点です。十字架やニンニクは俗説でまったく効き目はありません。地元の人間は四人の女をバケモノではなく神とあがめています。四人は音楽の才能に優れ、毎年祭で演奏して人々を喜ばせるのです。

 さらに四人は怨霊を祓う才があるといわれています。

 地元の人間はしばしば連中に厄払いを頼み、神社の神官までもが彼らを崇拝し、四人を神扱いする始末です」


「あの」


 そのときまた桜井が声をあげた。


「話を聞く限り女どもに特に実害はないように思われますが……」


「桜井一等兵、それがあるのです」


 若い兵士を見て為朝はニッコリ笑った。


「実害がある? それは何ですか?」


「彼らに愛国心はありません」


「……」


 桜井はウッと詰まった顔になった。

 広い部屋を、無音の疾風が駆け抜けた。

 愛国心がない。

 昭和十五年にこの烙印は致命傷だ。


「やつらの屋敷は某県の山中にあります。そこまで私が案内します。ふだん結界が張られて屋敷に近づけませんが、私が術で結界を祓います。その後皆さんが屋敷に突入し、四人の吸血鬼を滅してください。やつらに十字架やニンニクは効きません。しかし帝国の銃弾で心臓を撃ち抜けば、吸血鬼といえども灰になります。私からは以上です」


「作戦の概要はわかったな?」


 髭の上官の言葉に、若い兵士たちは一斉に頷いた。


「はい!」


「今から列車で移動する。車中で一泊し、明日未明A県に到着する。下車後すぐA県のA山を登る。そこから山中を行軍し、県境を越えて吸血鬼の屋敷があるB山山頂を目指す。これは吸血鬼を崇拝する地元民に我々の存在を悟らせないための隠密行動である。明日正午きっかり、日の光とともに屋敷に突入する。質問はあるか?

 ……ではこれより特殊部隊一個小隊四十名による吸血鬼掃討作戦『聖光』を実行する。この一戦で帝国の内憂を一掃すべし。一同出発」





「桜井、またお前が揉め事を起こすんじゃないかとヒヤヒヤしたぞ……おい」


 部屋を出ようとする桜井が抱えた本を見て、となりに座っていた兵士は首を振った。


「またその本持って行くのか?」


「おう列車の中で読む。心頭滅却して死地に臨む。帝国兵士の心がけさ」


「あいかわらず口が達者だな」


 兵士にじゃれつかれた桜井は笑顔になり、しかしすぐ厳しい顔つきになって部屋をあとにした。

 そのとき桜井が手にしたのは白っぽい表紙の本だった。タイトルは


(『子踊の豆伊』だ)


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