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太鼓の少女  作者: 森新児
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第23話 奇妙な客

 クロスロードで奇妙なできごとがあった翌日の夜。

 僕らは山のふもとの小さな神社で演奏した。

 今夜はいつもより多い三十人ほどの聴衆が境内に集った。


「おばあちゃん」


 聴衆の中に小学生くらいの女の子がいた。

 赤いTシャツを着たその子は神社の背後に黒々とそびえる山を指差し、自分の祖母に訊ねた。


「山に明かりが見えるよ?」


「あれは『山のお人』が音楽を聞いてらっしゃるんだよ」

 

 と、こちらは赤地の派手なアロハシャツを着たおばあさんが答えた。


「山のお人? 山のお人って何?」


「山にいらっしゃるお人だよ」



 それからおばあちゃんは孫娘の耳元に顔を寄せ、ヒソヒソ何事か囁いた。

 山で禁じられている()み言葉を使うから人に聞かれたくなかったのだろう。

 女の子は真剣な表情で祖母の囁きに聞き入り、小さい顎を何度もコクコクさせて頷いた。



 みんなといっしょにプレイしながら、その夜僕は弾くべき音を何度も間違えてた。


「もう、何やってるの!」


「すいません」


 チーちゃんに頭を下げる僕を見て、コウはニコニコと何だかうれしそうに笑った。

 演奏が終ると僕らはいつものように境内をきれいに掃き清め、荷物をまとめた。


「五郎、鍵はかけたね? さ、次の神社へ向かうよ」


「あーあ」


 チーちゃんが彼女には珍しく不機嫌な表情を浮かべる。


「もうこういうことの繰り返しは厭になっちゃった」


「もう少しのしんぼうよ」


 オー姉さんが相棒を励ます。


「だってもうすぐ『山』なんだから」


 「山」と一言聞くと、それまでとがっていたチーちゃんの唇は、平べったく横へ伸びた。


「山! うん、もうすぐだね」


「そうよ、もうすぐよ」


「うれしいな、楽しいな」


 チーちゃんはその場でぴょんぴょん飛び跳ねた。


「山へ行ったら何をしようかな。カワセミと遊ぶんだ、小鹿と遊ぶんだ、山猫とも遊ぶんだ、川で泳ぐよ、木にも登るよ、洞窟探検もするよ! うれしいな、うれしいな、うれしいなったらうれしいな」


「ほれほれみんなお並び。今夜も神様に泊めてくださったお礼をするよ」


 マダムに促されて僕らは彼女の後ろに整列した。

 拝殿に向かって手を合わせ目をつむる。

 それから僕らは全員いっしょにかしわでを打った。

 ぱん、ぱんという乾いた音が暗い境内にこだまする。

 その音に誘われるように夜風が吹いて、拝殿の鈴が、しゃりん、と小さく鳴った。


「占いは吉です」


 オー姉さんがうれしそうに宣託する。


「今夜はきっといいことあるね」


 チーちゃんも笑顔になって自分の茶色い鞄を抱えた。

 僕はギターケースを背負い、マダムのウッドベースを収めたケースの取っ手を持った。

 そのとき俯いた自分の頭頂部に誰かの視線を感じた。

 顔を上げると、まだ一人だけ聴衆が立ち去らず境内に残っていた。

 白いワイシャツに灰色の綿のパンツを穿いた男性だ。

 背は僕よりずっと低いが、しかしその顔はちっとも子供らしくない。

 かといって大人にも見えない。

 子供か大人かよくわからない奇妙な風貌の人物だ。

 今夜マダムは特に「あなたよ」と、誰かを指名しなかった。

 なのに大人とも子供とも知れない奇妙な風貌の彼は、まるでそれが自分に与えられた当然の権利であるかのように、一人平然と境内に残っていた。


「さあ行くよ」


 ポン、と気合を入れるように自分の赤い帯を叩き、マダムは一座のみんなに告げた。


「もうすぐ山だ、みんな、ここが最後の踏ん張りどころだよ」


「はい」


 コウが頷き、ほかのみんなも一斉に頷いた。

 それからいつものように五郎さんが一掴みした塩を境内へパラリと撒き、最後に裸電球の明かりをパチリと消した。

 境内は闇に沈んだ。

 その新鮮な闇の底に、さっきの奇妙な客は一人ぼっちで立っていた。

 そのときになって僕はようやく気づいたのだ。


(みんな、この人の姿が見えてないんだ)


「どうしたの?」


 境内の暗がりに立ち尽くしたまま動かない僕を、コウが心配そうに振り返った。


「何か忘れ物?」


「いや、何でもない」


 僕はすぐコウに追いつき、夜の道を並んで歩いた。

 一度振り返るとさっきの彼が鳥居をくぐって短い石の階段を降り、僕らの後についてくる姿が見えた。


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