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太鼓の少女  作者: 森新児
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第15話 千里眼の女 御船千鶴子

 永尾剣神社を出た僕らはその足で今度は御船(みふね)千鶴子ちづこの墓を参った。

 マダムがどうしても彼女のお墓を参りたいといったのだ。


「彼女の墓丘の上にあるんでしょう? 今から登るのきついなあ」


「御船千鶴子の墓を素通りしたら罰が当るよ」


 マダムは渋る五郎さんやほかの座員を熱心に説得した。

 御船千鶴子のことを僕は少しだけ知っている。



 明治時代のことだ。

 ここ不知火町に暮らしていた若い女性千鶴子が、ある日突然「千里眼」と呼ばれる一種の透視能力を得る。

 その特異な能力を使って人の病の原因や失せものをピタリと当て、千鶴子は人々にありがたがられる存在になる。

 千鶴子は福岡県大牟田(おおむた)市で透視を行い、そこの海で鉱脈を発見しそれが後の万田(まんだ)炭鉱へと発展したという。

 千鶴子は当時のお金で二万円、現在のお金でおよそ二千万円(!)の謝礼を受け取る。

 御船千鶴子の名声は一気に高まるが、その能力を帝国大学で鑑定するさい世間の激しいパッシングにさらされ、千鶴子は哀れにも服毒自殺を遂げてしまう。

 享年二十四。

 大ベストセラー小説『リング』のヒロイン(?)貞子のモデルがこの御船千鶴子で、その名は今や全国的に知られている。



 千鶴子のお墓は小高い丘の上にあった。

 荷物を持って登るにはつらい急な坂だ。

 ギターケースを背負い、さらにマダムの大きなウッドベースのケースをゴロゴロ引っ張り上げて登る僕はたちまち全身汗みずくになった。

 うっかり力をゆるめるとケースといっしょに坂の下まで転げ落ちてしまいそうだ。

 僕は大汗をかいたが、ほかのみんなは涼しい顔で自分の楽器を抱えて歩いた。


(コウもチーちゃんもかわいい顔してすげー体力だ)


 すると一人大汗をかく僕の鼻を、閃くように打つものがあった。  

 果実の匂いだ。

 山の斜面で栽培されているミカンが、新鮮な甘い匂いを闇に放っていた。

 冷たい山水に浸したタオルを首に巻いてもらったような涼気を一瞬感じた。



 ようやく丘のいただきに辿り着いて見ると、千鶴子の立派なお墓にはまだ新しい花が添えられていた。

 さすがは全国的な有名人だ。

 マダムも持参した花をそこへ供え、手を合わせた。

 ほかの女の子たちも同じように花を供えて手を合わせ、僕も最後に合掌した。

 僕はただ無心に手を合わせただけだが、女の子たちは違うようだ。

 チーちゃんは自分の大柄な相棒に尋ねた。


「オー姉ちゃんは何をお祈りしたの?」


「『どうかあなたのような千里眼の能力をお授けください』ってお祈りしたわ」


「わたしも! コウは?」


「『太鼓の腕前をもっと上げさせてください』ってお祈りしたわ」


「ウソ! これ以上うまくなりたいの?」


「コウは向上心が旺盛なのよ」


 とオー姉さんが笑う。


「そうだよチー。あんたもコウを見習ってもっと腕を磨きなさい」


 念願の墓参りを終え、すっかり満足したマダムは晴々とした顔でチーちゃんに喝を入れ、それからコウの肩を抱いた。


「コウの太鼓にあたしたちの運命はかかっているからね。何といってもあの太鼓の音が、もっとも一つ目小僧を引き寄せる力に……」


「マダム」


 コウにたしなめられ、マダムはハッとした顔で口をつぐんだ。


(一つ目小僧?)


 一体何のことです? と僕がマダムに尋ねようとすると、


「演奏しましょう」


 と、突然五郎さんが妙なことをいい出した。


「若くして亡くなった千鶴子さんの慰霊のために」


「まあ、それはいいね!」


 五郎さんの急な提案に、しかしマダムはすぐその気になった。

 僕らはその場で楽器を取り出し、若くして亡くなった不運な超能力者の墓前で、鎮魂のブルースを奏でた。

 演奏が始まると、山の斜面で果樹がザワザワと騒ぎ出した。

 それは風に騒ぐ音ではなかった。

 山のいただきから流れてくるブルースに興奮し、木々が体を震わせているのだ。


「坊や」


 ボンボン上機嫌にウッドベースを鳴らしながらマダムがいった。


「歌っておくれ」


「はい」


 お墓の前で、僕は咄嗟に頭に浮かんだマザー・グースの詩を歌った。


「これからわたしはねむります

 かみさまたましいおまもりください

 もしめざめるまえにしぬのなら

 かみさまたましいおてもとに……」


 何故あのとき自分があんな不吉な歌詞を歌ったのか、僕は今でも理由がわからない。


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