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【完結】『絶対正義』の聖女は救われたい  作者: まな板のいわし
終章 浮雲たちの帰る場所
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第53話 別れの牧歌《パストラル》を口ずさみ

 エルシーを連れ、無事に教会へと帰還した。その後すぐに、今回の事件の説明や後処理で、教会や聖騎士団は慌ただしく動き始めた──アルエットを除いて。正直聖騎士として半人前の、本当は聖騎士団にいる方がおかしいアルエットはやることがなかったのだ。


 エルシーが今回の件の詳細を皆の前で語り、謝罪し、情報は世界へと発信されてあっという間に広がった。大司教のコルモランは全く無関係ではあったが、身内の不祥事であること、アルエットを処刑しかけたことを理由に引責辞任することが決まった。


 驚いたのは、コルモランがわざわざ足を運んでアルエットの元へ謝罪に来たことだった。田舎のペンペン草ごときに、丁寧かつ誠実に謝罪されてしまい、彼の“威厳がまずい”ことになっていた。



 そしてようやく落ち着いてきた頃、アルエットはシーニュと共にエルシーの執務室を訪れていた。呼んでいないはずの近衛騎士隊長の三人まで来ているのは、今日何を話すつもりなのかを察しているからかもしれない。


「単刀直入に言うよ。私はロートヴィルに帰ろうと思う」

「同じく、俺も引責という形で退団させてもらう」


 四人は無言だったが、「やっぱりか……」というほんのり落ちた空気が漂う。その空気を変えるために、アルエットは横目でシーニュを軽く睨んだ。


「その言い方、私まで引責辞任っぽく聞こえるんだけどー? 私は任務達成の栄誉ある退団で、みんなから拍手喝采を浴びながら颯爽と去る予定なんだから、やめてよねー」

「確かにそうだな、すまない。退団という点のみ同じだと訂正して詫びよう」


 軽口のつもりなのに、心底真面目な空気で返されたところで、エルシーがため息になりきらないほどの小さな息を吐いた。寂しそうにされてしまうと、少し後ろ髪を引かれる思いになる。けれど、これは一つのけじめだから仕方ない話なのだ。


「俺はまだ次の騎士団長の選定や引き継ぎでしばらくは滞在する。アルエットもまだ今日明日で帰るというわけでもない」

「それはそうですが……」


 気落ちするエルシーの背に、サイラスがそっと手を添える。彼の励ますような眼差しと寂しげなエルシーの視線が交わる。二人は順調に関係を深めているようで、もうすぐここを去る人間として少しホッとしていた。


「本当に二人はそれでいいのかい? シーニュは別に何も責任を取らなきゃいけないようなことはしてないし、アルエットにも実績がある。残留したって誰も咎めないとは思うけど」


 エルシーの思いを引き継ぐようにして、サイラスが引き止めてくる。そんなふうに言ってもらえることがありがたくて、温かくて、十分すぎるほどの餞別になっていた。


「エルシー様の『絶対正義』の効力が抑えられているとはいえ、俺の反射は確実にエルシー様に力を跳ね返す。今のように長く一緒にいない方が良いだろう」


 エルシーの『絶対正義』は、メサンジュと対峙したあの事件の後、なぜかこれまでのような強烈な影響力を発揮しなくなっていた。フィンチも、歴代聖女と同等くらいまで抑えられているのではと評価していた。


 それでも万が一の可能性とエルシーを思って、シーニュは退団を選んだようだった。それに彼は一度、死を考えたほど『絶対正義』の反射の件について思い詰めていた。距離を置くというのは、一つの正解なのだろう。またエルシーを追い詰めてしまったら、シーニュ自身、心が持たないと判断したのかもしれない。


 とはいえ、王国騎士団もほとんど引責辞任のような辞め方をし、聖騎士団もまた責任を取るような形で辞めなければならない。そんな彼に、胸が切なく締めつけられる。まるで居場所が奪われてなくなっていくような、そんな孤独が潜んでいる気がした。


「それよりアルエットはどうなんだ? 君は皆に慕われているし、残留しても良いように思うが。残りたいなら、俺からも口添えしよう」


 シーニュの申し出はありがたい。聖騎士の給金だって魅力的だ。けれどやっぱり、自分に聖騎士という職務が務まるほど実力がないことを自覚していた。


 近衛騎士たちはみんな厳しい鍛錬を何年も積み、実力を磨いて選ばれた人たちだ。『無効化』が役に立つ局面は確かにあるのかもしれないが、基本的に戦闘でアルエットは役に立たない。それを、メサンジュとの戦いで痛感したことも大きかった。


「私はシーニュに依頼されて来たから、シーニュが辞めるならここに残る理由がないからね。エルシーの友達は、退団したって続けられるし」

「アルエット……」


 エルシーは微かに息を呑み、寂しそうな眼差しのまま嬉しそうに微笑んだ。簡単には会えない関係になってしまうのかもしれない。けれど重ねてきた時間も、通わせてきた心も嘘にはならない。友情はちゃんと続いていくと信じている。


「意思は固い、ということですのね。でしたら引き止めても仕方ありませんわ。二人の未来が良きものであるよう祈って、笑顔で送り出して差し上げるしかありませんわね」

「だな。けどさすがの僕も、今回ばかりは残念かもね。シーニュは考えが合う上官だったし、アルエットの『無効化』だって、まだ面白いものが観測できそうだったのにさぁ」


 吹っ切れたようにカラッとロンディネは微笑み、フィンチは「つまんねー」と呟きながら、風術で宙に座りながら頬杖をついていた。


「俺とアルエットがいなくても、皆がいる。大丈夫だ」

「そうですね。ですが、やっぱり寂しくはなりますね」


 しんみりしてきた空気が少しだけむず痒い。どうしたらエルシーを励ましてあげられるだろうか……と考えて、一つ思いつく。


「必要なときは友達として、いつだって飛んでくるから! ね、シーニュも同じじゃない? あ、私の方は旅費払ってくれないとちょっと来られないかもしれないけど……」

「……あぁ、もちろんだ。俺の力が必要なときは必ず駆けつけよう」

「二人とも、本当に……ありがとうございます」


 冗談めかして明るく話せば、エルシーはクスッと小さく笑ってくれる。別れにしんみりされるよりも、この温かくて楽しい空気を味わっていたかった。


「ふふ〜ん、私も困ったときはエルシー呼びつけちゃおっかな〜。聖女を気軽に呼ぶ農家とか、何気にすごくない?」

「君は自重という言葉を覚えることをお勧めする」


 少しだけ賑やかさの戻った室内に、楽しい笑い声が響く。そのあとエルシーと手紙のやり取りをする約束をした。更に彼女の熱望に応え、非常勤騎士として籍を置くことを了承した。



 * * *



 シーニュと揃ってエルシーの部屋を後にする。二人して退団することが確定したものの、アルエットは一つ気になっていることがあった。


「シーニュは、辞めたあとどうする予定?」

「まだ何も決めていない。君こそどうするんだ?」

「そんなの聞くまでもないよ。また村の暮らしに戻るだけ」


 そこで会話は途切れ、沈黙が下りる。本当に言いたかったことはこんなことじゃない。


 シーニュは、本当に大丈夫なのかな?


 二度も騎士団を去ることになり、本当に彼の居場所があるのかがどうしても気がかりだった。アルエット自身一度居場所をなくし、伯父夫婦に受け入れられることで再び居場所を得た。


 けれどロートヴィル村の厄災のとき、その居場所を失いかけた。帰る場所のない寂しさと悲しみの深さを思い出すと、どうしても心配で気になってしまう。一度は「殺してくれ」と頼んできた彼が、ちゃんと真っ当に生きていってくれるのだろうか、と。


「……よかったらさ、うちの村に来てみない? 何もないとこなのは知ってると思うけど、のんびりしてていいとこだし、心を休めるのにぴったりだと思ってさ」


 少し躊躇(ためら)いながらも、思いきって提案してみることにした。かつて行くあてをなくしたアルエットは、伯父夫婦の家という帰る場所から安らぎを得た。ロートヴィル村は、シーニュの帰る場所にはならないだろう。それでも、心を休められる……静養できる場所になればと思っていた。


「あ、無理強いする気はないから。でもそうだなぁ……もし来てくれたら、自慢のチーズをごちそうしてあげる。チーズフォンデュにすると最高なんだよね」


 ちょっとした、軽い誘いのつもりだ。あまり重く受け止めてほしくなくて、努めて明るく取り繕う。


 シーニュがその提案をどう思っているのか知るのが少し怖くて、顔を見られなかった。再び沈黙が下り、まずいことを言ってしまったのかもしれないという気さえしてくる。


「……干し肉もあるのか?」

「干し肉……?」


 そんな言葉が返ってくると思っておらず、思わずシーニュを見上げる。至極真面目な顔で干し肉について尋ねられ、思わず吹き出して笑ってしまった。思えばトランチェレスティナに来るとき、伯母が持たせてくれた干し肉を食べ尽くし、絶賛していたことを思い出す。


「あはは、干し肉。あれ、そんなに気に入ったんだ? あるよ、あるある」

「そうか。なら、君の村にしばらく滞在するのも、悪くないな」


 シーニュはそっと目を伏せ、静かに笑みを浮かべると、口元が柔らかな弧を描く。やがて開いた夕闇色の瞳は、音のない夜のような紺色に温もりのある茜色の灯火を宿して揺れていた。

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